第18話:僕はどこに向かうのか
隆太は6年生に進級するにあたって進路に悩んでいたのだ。なぜなら、両親に迷惑をかけないように姉のいる区立中学校か、両親に頭を下げて自分の夢である医師になるために家を離れて寮生活をする有名進学校の附属中学校で揺れていたのだ。
そして、彼の同級生は小学校を卒業すると区立中学校に進学する子、区外に出て私立の有名進学校に進学する子とそれぞれの道を進んでいくことになる。
しかし、彼の中には“柚月の病気”・“美月と彩月の笑顔”など他の兄弟・姉妹に我慢をさせたくない。という気持ちが先行していた。
そこで、彼が考えたのは“特別選考試験”を受験することだった。この試験は3ランクある区分に入るとそのランクに応じた優遇措置が受けられるのだ。彼はその中の“学費免除・寮費免除”のトップ・アカデミック・ペイメントを狙っていた。これは入試で合格者上位5人に入ると自動的に6年間の学費と寮費が無料になり、教科書代なども特別割引価格で買えるという彼にとっては願ってもみない好条件だった。しかし、昨年度は上位5人の平均点が3科目で297点と彼にとっては異世界にいるような感覚だった。そして、今年は例年その学校に合格者を送り込んでいる流川学院小学校から50人受験するというが、この児童たちの平均得点は285点と高得点だが、学年1位の子は298点とかなり秀才で、この学校の学年1位の子はこれまで85%が医学部コースで首席合格とトップ・アカデミック・ペイメントを獲得している。そのため、受験生たちは流川学園の児童を“モンスター”と呼び、他の受験生から恐れられていた。
その事を知っていた隆太は“打倒!流川学園!”で来年からは頑張ることにしたのだ。
実は彼がこの学校を受験し、医師を志したのにはいくつかの理由がある。1つ目は“妹・柚月の病気を自分が治してあげたい”と思ったからだ。
彼は小さい頃から柚月の事を見てきた。そして、彼の中には彼女が小学校に上がる前に家で呼吸困難になり、彼しか家にいなかったときに何もしてあげられなかったこと。彼女が床に倒れてしまい、柚月は必死に隆太に助けを求めていたが彼はパニックになり何も出来ずに救急隊員の人たちに運ばれていく妹を見ているしかなかった。あの時の後悔が彼の中で医者になるという夢を後押しするきっかけになった。
そして、普段から彼女が部屋に戻るときも彼女に寄り添って、転ばないように、落ちないように悠太と一緒に支えながら彼女の部屋に連れて行くことも日課になり、彼の中には彼女の病気を理解する事が出来るようになったことで彼女の見方が変わり、彼女に寄り添うためにはどうするべきかを毎回考えて行動に移せたことで彼女の心情の変化を肌で感じたこともあるだろう。
2つ目は“桑野さんとの交流”だ。隆太は桑野さんとの交流を通していくつかのことを学んでいた。それは“子供たちを大切に思うことは自分の活力に繋がる”ということだった。実は桑野さんが引き取った琉愛は心臓に病気を持っていて、柚月と同じように激しい運動は出来ない。そのため、隆太が遊びに行くといつも他の子たちが庭で走り回っている姿を横目に絵を描いていたのだ。ある日、彼は桑野さんの家に遊びに行っていて、彼女と一緒にリビングで絵を描いていた。すると、彼女が手で胸の辺りを押さえていきなり倒れたことがあった。このときは彼も柚月の時の経験を活かそうとしていたが、どうするべきか分からず身体が動かなかった。
その時、異変に気が付いた桑野さんが救急車を呼び、救急車が到着するまで心肺蘇生を試みたのだ。しかし、彼女の顔は次第に青ざめていき、脈も少しずつ弱くなっていた。桑野さんが通報してから5分後、救急隊が到着して、彼女を救急車に乗せて病院に搬送していった。
その光景を見て、隆太は「自分がもっと強くなって動けるようにならないといけない」と心で思っていたのだ。しかし、彼は普段から頭では分かっていても実際に行動する事はかなり難しかった。
そのため、隆太に対して周囲からは「医者を諦めるべき」や「その学校に行くのはお金の無駄遣い」など心ない言葉が飛び交っていた。
彼はこの心ない言葉を「隆太すごい」・「隆太頑張ったな!」などと明るい言葉に変えてやりたいと思っていたのだ。
そして、悠太もみんなの事を見返すために何かしなくてはいけないと奮い立っていた。
翌月、3人の学校で各学年の授業参観・学年懇談会が行われ、隆太に父親が悠太と柚月に母親と父親の弟がそれぞれ参加した。
すると、隆太の授業を見ていた父親はある異変に気が付いた。それは“彼の授業に対する姿勢”だ。彼は今までの授業参観では積極的に授業に参加することなく、ひたすら授業を聞いているだけだったのだ。しかし、今日の授業では積極的に授業に挙手で参加し、自ら意見を言うなど彼の成長した一面を見られているような印象だった。
一方の悠太と柚月は3年生全体で学習発表会をやっていた。実は母親は悠太の授業参観には何度も来ているが、柚月の授業参観は3年間で初めてだった。そして、悠太のクラスの発表が終わり、次は柚月のクラスの発表だった。アナウンスが終わり、クラスのみんなが出てきたが、柚月の姿が見えなかった。実はクラスのみんなから“動く役は難しいから何か別の役を作ってみよう!”と提案してもらい、ナレーターなど身体の負担にならないように配慮された配役になっていた。その姿を見て悠太はすごく嬉しかった反面、彼女が他の子たちと一緒に出来ない事がもどかしかった。
2人の授業参観が終わり、母親は悠太と柚月の頭をなでて、“今日はよく頑張りました。今夜はご褒美にお外でご飯を食べましょう!”と言った。
その後、クラス懇談会には隆太のクラスに父親が、悠太のクラスに父親の弟が、柚月のクラスには母親がそれぞれ参加していた。悠太のクラスはすでにクラス役員が決まっていたため、問題はなかったが、問題は隆太のクラスだった。それは、“受験生の親は必ず役員を受けなくてはいけない”のような空気だったのだ。もちろん、後にも先にもそのような伝統や暗黙の了解もなかったのだが、今年はクラス内の空気に違和感を覚えた。
そして、隆太の父親はクラス役員こそ免れたものの、どこか周囲の目線が辛かった。
そして、柚月のクラスでは役員はすんなり決まったが、ある問題について徹底的に議論しなくてはいけないと同じクラスの子供の父親が提案したのだ。
それは、“個性とは何なのか?”ということだった。この話を聞いたときに大多数の親たちからは“そんなこと個人的にやるべきだ”・“この時間に話すことではない”と議論を拒否するように仕向ける言動が多かった。
実はこの父親こそ柚月の友達である菜々ちゃんのお父さんだった。実は菜々ちゃんはいじめられた後遺症で一時期学校に来られなくなり、普通に過ごしていてもちょっとしたことに過敏になり、好きだった絵も描けなくなった。最近は学校に来ることは出来るが、クラスには入れず、保健室登校教室に通いながらクラスに復帰できるように彼女の中で頑張っているのだった。
なぜ、父親がいきなりこの話題を出したのかというと、彼女が父親に打ち明けたこの学年特有の問題に対して問題定義をしなくてはいけないと思ったのだ。
すると、学年のリーダー格である健彦のお母さんが「うちの子がいろいろやっているという話があるが、問題なのはきちんと出来ない子たちなのだから全体の問題とされることに意義を感じないし、見出せない」と言った。
この話を聞いて、柚月の母親は他の人から見えないところで強く手を握りしめていた。なぜなら、彼は柚月が歩けないことをバカにして、彼女の杖や椅子を隠すなどして柚月が不登校になった原因を作った張本人だったのだ。彼は2年生までクラスが別だったのだが、今年はクラスが一緒になり、母親はかなり不安になっていたのだ。
授業参観が終わり、6人で車に乗り、父親の妹夫妻と那月と美月と彩月の待っている家に向かった。その道中で悠太が「今日は5年生最後の授業参観かぁ・・・」と言ったのだった。
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