第16話:天国と地獄

子供たちは順調に成長していったが、一方である心配もつきまとっていた。


 それは、“柚月が成長に伴う肺の成長が不十分で、このまま肺が大きくならないと常時吸入器を付けないと彼女の呼吸が止まってしまう可能性があります”と言われたのだ。


 そのため、両親は彼女の肺をどのように大きくするかを先生と考えていたのだ。そして、悠太も肺は成長しており、彼女ほどは深刻ではなかったが少しの運動で息が上がることもしばしばだった。


 そして、いつも仲が良かった万梨花が2学期の終わりに父親の転勤の都合で県外に転校することになり、琴華が両親の離婚で新しい家の完成を待つため、一時的に母親の実家に戻ることになり、県外の小学校へ年度内の転校をすることになるなど周囲の環境もかなり変わっていた。その後、転入生も来たが、彼女は特別学級に在籍することになり、彼女のクラスではなかったが、どこか親近感を感じていた。


 そして、父親の会社が急成長し、父親の取引先も増え、各エリアに支社を構える計画や支店の出店計画などを進めようとしていた。


 しかし、両親が危惧していた彼女の体調の悪化が現実のものになってしまったのだ。


ある日、学校から帰った柚月が床に倒れているのを部活が終わって帰ってきた那月が見つけた。その日は悠太が友達の家に遊びに行っていたため、悠太は家にいなかった。その光景を見た那月は「柚月しっかりして!どうしたの?」と慌てて駆け寄るが彼女はすでに意識がもうろうとしていて、声が出なくなり、姉の足を両手で叩きながら助けを求めていた。


 那月はすぐに救急車を呼び、救急隊員が家に到着したときにはすでに彼女の意識はなくなっていたため、一刻を争う事態になっていた。そして、救急隊員の人から状況を聞かれたのだが、姉は家に帰ってきてからしか分からず、弟の悠太も遊びに行くときはリビングでピアノを弾いていた姿は見ていたが、それ以外は見ていなかった。ちょうど友達の家から帰ってきた彼だが、彼女がストレッチャーに乗せられて救急車の中で治療を受けている姿を見て顔がどんどんこわばっていってしまった。


 そして、全く動かない彼女を見て2年前の悪夢を思い出した。それは、彼女が2ヶ月間目を覚まさなかったことだった。


 当時は“意識レベルは正常ですが、呼吸が不安定で、このまま心拍が安定しないと場合によっては人工心肺を付けないと生存率が下がっていく可能性もある”と医師から告げられていた。しかし、母親は“柚月の身体は傷つけたくない”という理由で人工心肺を付けることに対して躊躇していた。そのため、悠太と隆太がお見舞いに行ったときもアラームが鳴ることや急に体温が上がるなどかなり彼女の体調があまり良くないということは幼いながらに痛感していた。そして、その時から2年が経ち、彼女は少しずつ体力も戻り、何とか学校生活に慣れてきたときで、保健室登校教室にも以前は週に5日通っていたが、3年生になると週に3日になり、少しずつ彼女の心がクラスに戻れるようになってきたのだろう。そして、今度の担任の先生は女性の先生で2年生の時の担任の先生は人事異動で別の中学校に異動することになり、彼女のことを細かく書いて引き継ぎ簿を置いていったという。


 その引き継ぎ簿のおかげで彼女が体調を崩しても、保健室に運ばれても慌てることなく対応できていたのだ。


 だからこそ、今回彼女が倒れたことに対してあの時のような思いはしたくないが、彼女が病院に運ばれた事で悠太も隆太も「もっと柚月に優しくしておくべきだった。」と自分を責めていた。


 そして、祖母と那月が彼女に付き添い、隆太は両親に電話し、悠太と美月・彩月をベビーカーに乗せて後から病院に向かった。この時、隆太は気丈に振る舞っていたが、心の中では「柚月が助からないことがあるのか?」と再びの奇跡を信じていた。


 そして、病院に着くと救急待合室に両親と付き添っていた姉と祖母がいて、「柚月は大丈夫なの?」と隆太が聞いた。すると、「とりあえずは大丈夫そうだけど、搬送中に血圧が急に下がったからなんとも言えないと思う。」と言われて、隆太は覚悟を決めた。彼は彼女が何かあると覚悟を決めるが、その覚悟を決めたことで彼女が好転するというジンクスを持っていた。だからこそ、今回も自分が覚悟を決めることで彼女が早く回復するのではないか?と思ったのだ。


 全ての検査が終わり、彼女が救急処置室から出てきた時に彼女の周囲を見て家族は心配になった。それは、彼女の周りには酸素吸入器と点滴、人工心肺装置などのさまざまな機器と心拍数などの表示される機器が装着されていたため、前回の入院よりもかなり深刻な状態であることは間違いなかった。


 そして、彼女は個室の病室に移され、家族も一緒に彼女の病室に向かった。後から付いていったが、その病室までの道のりがやけに長く感じた。そして、妹たちはスヤスヤ寝ていたため、父親が彼女の病室の階にある家族滞在のために使う部屋に連れて行き、布団を敷いて寝かせて再び彼女の病室に戻った。


 彼女の病室に戻ると安定した数値が出ており、容態が安定し始めた事を示しているのだろう。しかし、よく見ると血圧の数値が彼女の通常値が“110/70”前後で推移しているのだが、この時は“75/50”と彼女の血圧が急激に下がっている事が分かり、彼女のベッドに付いている点滴にも血圧を上げるための薬が装着されていたが、彼女の血圧に変化が出なかった。そのため、この日の夜は様子を見て、そこで効果が出なかった場合にはもう少し強い薬を使わないといけないのだが、彼女の場合は心臓と肺が強くないため、あまり強い薬を使う事は慎重にならなくてはいけない事を考えると先生にとっても決断をするためにはかなり難しい判断を迫られる事になっていた。


 そして、彼女の容態が安定したことを確認し、家族全員で帰宅した。その時は彼女が早く帰ってこられると思っていたが、以前の入院期間を考えると長期化しそうな予感もしていたのだ


 翌日、担任の高山先生に連絡し、彼女が入院をしたことと退院日は未定だということを伝えた。すると、先生は「今回はかなり症状が重いのですか?」と母親に尋ねた。すると、母親は「症状は重くないとは思いますが、先生からの所見を見ると“合併症を併発している可能性がある”ということを話された」というのだ。その話を聞いて、彼女の1年生の時から引き継ぎ簿を見て先生は彼女が年々症状の重篤化が進んでいるように感じたのだ。


 そして、翌日は両親が仕事だったため、お見舞いはいけず、子供たちだけでいこうとしたが、全員未成年のため、両親のいずれかが同伴しないとお見舞いなどは出来ないのだ。


 その事を知ってショックを受けたのは隆太だった。なぜなら、彼は柚月と遊べていたことが当たり前だと思っていて、症状も完治に向かっていると聞いていただけにショックは隠せなかった。そして、桑野さんの息子さんも先日交通事故に遭い、命には別状はないが、全治3ヶ月の骨折と頭を強打しており、現在入院している。そのため、現在は桑野さんの家に遊びに行けなくなっていることを考えると彼は学校に友人が多くはいなかったため、遊ぶ相手が多くない。そして、彼の同級生の多くは受験をするために今は塾に行っており平日は1人で宿題をするか、妹たちと遊ぶかしかなかったのだ。


 彼は今まで仲が良かった子とも受験が終わるまでは遊べないことに悔しさを覚えただけでなく、彼自身は現時点で区立中学校に通うことが決まっていたため、受験などを意識することが必要なく、周囲に比べると大きなストレスは少なかったが、隆太の学年は区立中学校に進学する子が6割・私立中学校に進学する子が4割と他の小学校に比べると多くはなかったが、彼の友達で区立中学校に進学するのはわずか20人で、その子たちは遊んでいるというが、彼が遊びに行くには学区を越えなくてはいけないため、教育委員会の決まりで保護者もしくは20歳以上の兄弟が送迎をしないといけないのだ。


 しかし、彼の家には20歳以上になる兄弟はいないし、隆太のおばあちゃんたちもここからバスで30分の所に住んでいるが、ひいおばあちゃんの介護などがあり、毎回気軽に来られるわけではないのだ。


 そこで、週末だけ彼らと遊び、平日は学校の勉強や読書をして過ごすことにしたのだった。

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