第12話:ゆっくりと進もう
母親の妊娠発表から半年が過ぎ、妹たちもお腹の中ですくすくと育っていた。
一方で柚月と悠太はある壁にぶつかっていた。それは“身体の成長に伴う体調の変化”だった。特に柚月は体調を崩すことは以前よりは減ったが、今度は病院にいた期間が長かったことの反動がここで来てしまったのだ。それは、学校に入学してから仲良くなった子たちとクラスが離れてしまい、同じクラスには2人しかいないのだ。しかも、その2人も学校に登校と欠席を繰り返していて、必ず学校にいるわけではない。
そのため、彼女にはその子たち以外の友達とは関わりがあまりなく、同じクラスであっても相談できるほど関係性を構築出来ていなかった。
悠太も柚月が妹であるということを同じクラスだけではなく、他のクラスの子たちにも少しずつ知られていった。すると、悠太は同級生たちから心ない言葉をかけられることも多くなった。ただ、彼の中では“仮に周りから妹に関して何を言われても痛くも痒くもない”と思っていたのだ。
なぜなら、悠太は柚月とはお腹の中から一緒にいたため、彼女が入院したときも彼は自分が好きなぬいぐるみを抱いて寝ていた。それくらい柚月が大好きだったのだ。だからこそ、彼は「彼女が何を言われても僕が守るし、僕が彼女のために身体を張ってもいい」というくらい覚悟を決めていた。
一方で柚月は月に1回の診察日で母親と一緒に放課後は病院に行くことになっていた。その時に母親が彼女の学校生活や歩行距離が更に下がったこと、車椅子などを使うために診断書を作ってもらうことなどを話すことにしていた。
そして、学校が終わってその足で病院に行くとその日は他の科と同じようにかなり混んでいたのだ。そして、受付をして診察までの時間もいつもと比べて長く感じた。
受付をしてから20分後に看護師さんから「診察まであと20分くらいかかるのですが、今日は理学療法士の先生と臨床心理士の先生と診察前に面談をしていただきたいという担当医の先生からの伝言です。」と言われて、診察前に2人と面談し、最近の彼女の状態や行動傾向などを話した。
そして、2人との10分程度ずつの面談が終わり、先生の診察に向かった。この日は柚月の調子は元気だったが、足の調子があまり良くないため、先生と会うときは車椅子を使った。すると、柚月と2人の面談が終わって柚月だけが待合室に戻り、母親は担当医の先生からあることを告げられた。それは、“柚月さんの足ですが、左に出したレントゲンが健康な小学生の足なのですが、右に出した前回の入院時に撮った柚月さんの足をみると骨密度や骨の柔らかさが少し足りないか、成長ホルモンとなるホルモン物質が適切に分泌されていない可能性があるということになります。”と母親に告げた。
確かに、彼女の足を見ると他の子たちの足よりも細く、十分に骨が育っていないように感じるのだ。もちろん、彼女はまだ小学2年生ということもあるが、他の子たちに比べると足もそうだが、上半身もかなり華奢な印象を持った。
その話を聞いた母親は“彼女は再び歩くことは出来るのでしょうか?”と聞くと先生は“彼女の場合、骨密度は問題ないので、時間は掛かりますが、歩けるようにはなると思います。”という回答だった。
ただ、母親は現時点では保健室登校教室に通っているが、今後クラスに戻ることがあった場合にどのように対応する必要があるのか、彼女の成長と共に改善し、歩けるようになるのかはわかりにくいところだった。
そして、彼女が教室に戻ったときに以前のように心ない言葉をかけられることや動きにくい彼女が暴力を振るわれないか心配だったのだ。
そして、翌日には母親が仕事前に付き添って3人で学校に行った。
その歩く姿を見ても彼女のどこが悪いのかは分からなかったが、少し歩くと足がふらつくことや杖を持っている手が赤くなってしまうなど彼女も身長は伸びているのだろうが、それに伴って今まで支えてきた重心が更に掛かることになって、ギリギリで登校しているような状態になっていることを母親は少し同伴しないだけで感じたのだ。
母親は彼女の成長に伴って状況も変わるだろうと思っていた。
しかし、母親が恐れていた事態が起きたのはこの後だった。
悠太が週明けに学校に行くと学年でリーダー格の子たちが自分の教室の前で待っていたのだ。そのため、彼は同じクラスの男子が来るまで待ってその子の後ろに隠れて教室に入った。
教室に入ると、さっきの子達が入ってきて、「悠太くんいますか?」とクラスの子たちに呼びかけていた。すると、彼らはその場から去っていった。無事に教室に戻って良かったと思っていた。しかし、彼が下校するときに彼らが待ち伏せをしていて捕まってしまったのだ。
そして、その子たちから「お前の妹が学校来てないってことは悠太がいじめたのか?」と言われた。実際、彼女は学校には来ているのだが、今はクラスではない別の場所で授業を受けているのだ。
その事を知らない彼らはその弱みにつけ込んで、彼をいじめようとしていたのだ。彼はなぜ自分が狙われるのかを知らなかったが、そんな彼はその子たちを見ていると自分がいじめられる要因として妹と仲が良いことや他のクラスの女子たちと仲が良いことで彼らが嫉妬しているのだろうと思った。少しすると彼らの嫌がらせはエスカレートしていった。例えば、悠太の靴の中に画鋲(がびょう)を入れられる、彼の上履きを仲良くしている女子の下駄箱に入れられるなどの軽いものから上履きを水で濡らして履けなくする、泥水に沈めるなどの悪質なものまでたくさんの嫌がらせをされた。そして、その嫌がらせが友人や兄弟を巻き込んだ二次被害・三次被害につながるなど彼の中では申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
しかし、悠太は正義感が強く、柚月とは真逆の性格だったため、そういう嫌がらせをされても屈することはなかった。
ただ、そのことに対するストレスから彼は度々体調を崩すようなこともあった。そして、体調の悪化がエスカレートしてしまい、異変を感じた母親が子供心療内科へ連れて行ったこともあった。
そこで言われたのは“悠太さんはかなり精神的に疲れていて、このままいつも通りの学校生活を続けると間違いなく倒れてしまいます。そして、彼の場合はぜんそくを持っているとお伺いしたため、ストレスなどで身体に負担が掛かると過呼吸によりぜんそくと肺炎を併発する可能性も想定しなくてはいけません”というこれまで聞いたことがない文言が並んでいた。
母親はこの言葉を聞いて倒れそうになってしまった。なぜなら、悠太はこれまで数回の入院はあったが、ここまで危ない状態になることは初めてだった。そして、彼がいじめられるということは薄々感じていたが、ここまで彼の心理状態の悪化が進んでいるとは思わなかった。
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