第11話:彼女の決断

 彼女が学校に行かなくなってから数日が経った。両親は“彼女を何とかして守らなくてはいけない”という気持ちをもって彼女を静かに見守ってきた。そして、他の兄弟たちも1日も早く彼女と一緒に登校したいと思っていた。


 しかし、彼女は学校に行きたいという気持ちがあっても身体が動かなくなり、声を出そうとしても声が出ないのだ。そして、彼女の頭の中には早紀ちゃんというかなり活発な女の子から「何も出来ないなら学校来るな」と言われた言葉が渦巻いていた。


 そのため、彼女の気持ちとしては“自分の居場所が学校にはない”という状態になり、家なら同じクラスの子たちとは誰とも関わることはないからストレスを感じないということで彼女のストレスは緩和出来ていたが、今まで仲良く遊んでいた子たちと一緒に遊びたいという気持ちも心の隅にはあった。


 そして、学校に行かなくなってから1週間後に柚月が両親に「明日から保健室登校なら行けると思う。」と紙に書いて伝えた。すると、両親は「柚月は良く1週間ずっと考えて素敵な判断をしてくれたね」と優しく語りかけ、彼女はまだぎこちない笑顔で両親を見ていた。


 そして、翌日になり、柚月は兄弟たちと一緒に登校し、新たな1歩を踏み出したのだった。その姿を見て、母親は彼女が少しずつ成長していると感じていた。彼女は40分かけて学校まで登校し、他の兄弟たちも彼女に寄り添いながら登校したのだった。


 学校が近づくと彼女は少し顔をこわばらせた。確かに、1週間も学校に行っていなかった事を考えると必然的な感情だと思っていたが、やはり彼女の中には「早紀ちゃんを含めた同じクラスの子たちと会わないか?」と不安に思ったのだろう。そして、学校が近づくと他の学年の児童たちもいることから彼女の中で強い不安が襲っていたことから校門まで養護教諭の先生と常駐しているスクールカウンセラーの先生、今年度から配置されたチャイルドケアの先生に迎えに来てもらい悠太は学年玄関が正面だったため、校門で別れて、兄が養護教諭の先生に休んでいる間の話しを、柚月とはカウンセラーの先生が「久しぶりの学校はどう?」と話しかけていた。


 そして、隆太は柚月を保健室登校の子供たちがいる教室に送り届け、自分のクラスに向かった。自分のクラスに向かうときも彼は少し心配だった。なぜなら、少し前に両親が深夜にリビングで話している会話を聞いてしまった。


 その話は母親が「柚月はこのまま生きられるのかな?」と言ったあとで、父親が「柚月に関して何か言われたのか?」と聞くと「実はこの前あった定期診察で『柚月さんの病気が進行していて、このまま進行すると長い距離を歩くことは難しくなり、電動の車椅子などで学校に通学する事を検討しなくてはいけない時期が来る可能性があると私は思っています。』と言われたのよね」と担当医から告げられた事を父親に話したのだ。


 その話を聞いた那月と隆太。いつも一緒に通っている彼女を見ていて、生まれた時から足の筋肉の発達が遅く、今までリハビリをしてきたが、きちんと歩けるようになるにはまだ時間が必要なようだ。

 

 そして、年齢を重ねるごとに彼女が歩けなくなっていることで母親の中では不安が募っていたことは事実だろう。しかし、他の兄弟はきちんと歩けていることを考えると彼女の気持ちは周囲が考える以上に落ち込んでいたところに同級生からのいじめが起きたことで母親は更に不安に思ったのだろう。


 その日、彼女は先週の授業で習った内容を勉強して、カウンセリングを受けて1日の授業が終わった。そして、彼女は母親が迎えに来るまで学童の子たちとは別の部屋で過ごしていた。


 その時、チャイルドケアの先生にあることを話した。それは、「私はたくさん歩けないの。だから、歩けなくなるのが恐いの。」という話しだった。その話を聞いた先生は「柚月ちゃんはもしも歩けなくなっても、優しいお友達やお兄ちゃんたちがいるからみんなが助けてくれるよ」と彼女を不安にさせないように言葉をかけた。


 その後、母親が仕事を終えて柚月を車で迎えに来た。本当は隆太と悠太が一緒に帰ってきてくれると嬉しいが、隆太は塾がある日だったため、悠太1人で彼女と下校できるか分からなかった。そして、今の彼女は歩くことが出来てもすぐに止まってしまうため、悠太の力では支えられないのではないか?と不安になった。そのため、隆太と一緒に帰れるときは一緒に帰って、隆太が塾のある月曜日、水曜日、金曜日は母親が迎えに行くことになった。父親も迎えに行けないわけではないが、今は繁忙期で父親も帰宅が夜10時を越えることが多くなっていたため、頼むことは難しかった。


 そして、母親が迎えに行ったときに保健室登校クラスの担任の先生が彼女と一緒に出てきた。その先生を見た母親が“どこかで見たことがあるような気がする・・・”と思った。そして、先生に「以前、どこかでクラス担任されていませんでしたか?」と尋ねると、先生は「3年前に4年生の担任と学年主任をしていました。」というのだ。なんと、保健室登校教室の担任の先生は3年前那月の担任の先生だったのだ。母親はこの展開にびっくりしていた。なぜなら、先生は周囲から異動したという話は聞いておらず、別の学年で担任をしているのではないか?という話だったが、まさかこんな場所で会うとは思ってもみなかった。


 先生と話をして、今日の様子等を聞いたのち母親と一緒に帰宅した柚月だったが、少しぎこちない様子だった。そして、隆太と悠太が心配した様子で家に入ると待っていた。


 そして、柚月は自分の部屋に荷物を置きにいくために階段を手すりにつかまりながらゆっくりと上っていった。この時、リビングにいた兄二人が母親に今朝の彼女の異変について話していた。隆太は「今朝、家から少し行ったところにある坂のところで転びそうになって、僕と悠太で支えながら歩いて行ったけど、途中で歩けなくなって僕がおんぶして、悠太に器具とランドセルを持ってもらって学校に行った。」と話していた。悠太も隆太が話し終わった後に「僕もゆーちゃんと一緒に帰りたいけど・・・」とどこか彼女と別れてしまっていることに対して寂しい気持ちがあるのかもしれない。


 確かに、悠太にとって今は一人しかいない妹であり、入院する度に病室のベッドの横で「ゆーちゃんと学校一緒に行きたいよ!」と毎回話しかけていた。そして、やっと一緒に行けると思っていた彼は2年生になって2ヶ月程度しか柚月と登下校が出来ていなかったため、柚月と一緒に帰れるようになりたいと思っていたようだったが、彼女と一緒に帰るには彼女が歩けなくなったときに対応できないと難しいのだ。そのため、悠太がもう少し身長が伸びて、力が付かないと一緒に帰るにはハードルが高かった。


そこで、学校と下校方法に関して検討したが、今の母親のお迎えと隆太と一緒の下校以外の他の方法としては彼女の副担任である村川先生が2人の下校班に同伴し、彼女のサポートをするという方法と車椅子の使用許可を教育委員会からもらい、登下校時に車椅子を使えるようにすることだった。しかし、両親は少し悩んでいた。なぜなら、彼女は買い物などに行くときは車椅子を使っているが、学校に車椅子で行くこと本人に対するいじめと悠太に対するいじめが起きるのではないかということだった。当時、学校では彼らの学年ではなかったが、兄弟・姉妹のことでいじめが起きていた。その学年というのが学級崩壊を起こしている4年生だった。この学年は1年生の時から問題行動が目立ち、悠太と柚月の学年と同じようにクラスで休む子が増えていた。しかし、3年生までに長期欠席者が学年の児童数である81人の内6人、短期欠席者が9人とクラスで5人ずつ欠席していて、4年生の学年主任と担任は頭を抱えていた。


その中で高松君という女子から人気のある男の子がいた。その子の妹はこども園の幼稚部の年長さんで、来年この学校に入ってくることになっていた。彼の妹はかなり可愛いのだが、すぐに過呼吸を起こして倒れてしまう子だった。そして、彼が妹を介抱しようとすると彼の家に遊びに行っていた子は普通の行動だと思っていたが、一部の男子からは冷ややかな視線を浴びせられ、強い嫉妬を覚えたことで彼のデマを流すことや妹を可愛がっていることで「彼はシスコン(=シスター・コンプレックス)だ」と噂を流すなど女子からのイメージダウンを図ろうとしていたというのだ。


 この話を隆太の友達のお母さんから聞いて、判断をためらっていたのだ。なぜなら、今、通っている保健室登校教室は中央教室棟の1階にあるため何かあっても車椅子を使ったとしても問題ないが、彼女が元のクラスに戻る場合、彼女のクラスは東教室棟の3階であることから車椅子では登校できない。

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