第9話:それぞれの幸せの形

 夏休みが終わり、子供たちはたくさんの宿題を持って学校に元気に登校していった。母親は毎朝のお見送りをする度に胸が痛くなっていた。なぜなら、その輪の中に柚月だけがいなかったからだ。その姿を見て、毎日胸を痛めていた。


そして、母親は安定期に入ったこともあり、毎日意識が戻らない柚月のもとに寄り添っていた。彼女は人工心肺を使って何とか生きているが、3日前に先生から告げられたのは「柚月さんは一命を取り留めてはいますが、いつ意識が戻るかどうかはまだ予見できない状態で、日に日に数値は良くなっていますが、学校も仮に回復したとしても3年程度は車椅子で通うことになるかと思います。」と告げられた。


 母親はこの話を聞いて、「彼女が本当に意識を取り戻すのだろうか?」と疑問に思っていた。なぜなら、彼女が救急搬送されて1ヶ月経つが未だに意識も戻らない、反射も返ってこないと不安要素ばかりが目立っていた。


 そして、彼女との面会時間が終わり、バスで帰路に就いた。すると、途中のバス停で隆太が逆方向に向かっている姿を目撃した。その時ふと「あれ?隆太の家を出る時間が早いな・・・」と思った。


 今日の予定を見ると、彼は塾の日になっていたが、塾のあるバス停に向かうバスとは違う路線だった。不思議に思い、家に連絡を取ると悠太が出て「お兄ちゃんは塾に行く前に塾の友達の家にお見舞いに行くって言っていたよ!」というのだ。


 その日の夜、隆太と同じ塾に通っている友人のお母さんから連絡が来た。母親は半信半疑で電話に出ると電話口で「隆太君の様子がおかしかったみたいよ。何かあったの?」というのだ。


 母親は彼の最近の行動には特段の疑問を持っていなかったが、いくつか引っかかる事があった。まず、彼が夏休みも終盤に入った頃に「お母さん、柚ちゃんいつ帰ってくるの?」と何度も聞いてきたことがあった。その時は「すぐに帰ってくるよ!」と返したが、隆太が悲しそうな顔で「柚ちゃん大丈夫だよね?」と聞いて自分の部屋に戻っていったことを思い出した。


 この時は「柚月の事を心配しているけど、何かあったのかな?」と思っただけだったが、あとで隆太の友達に聞いてびっくりしたことがあった。それは、担任の先生が紹介してくれたある家族の家に平日は下校後に、休日は塾に行く前に一緒に通っているというのだ。


 この話を聞いて母親は「隆太に帰ってきてから聞いてみよう」と思った。


 そして、友達のお母さんとの電話を終えてから30分後に隆太が家に帰ってきた。そして、洗面所で手を洗い、夕飯の用意をしてあるリビングに来た。


 今がチャンスだと思い、隆太に「今日はどこか行っていたの?」と聞くと「桑野さんの家だよ」というのだ。母親は彼の友達に桑野さんという名前の友人も同じ学校に通っている子供の中に桑野という名字の子は知らなかった。


 そして、彼の口から「実は桑野さんは子供が5人いて、そのうち娘さんが3人いて2人は施設から引き取って育てている。」というのだ。母親はこの話を聞いたときに頭の中が真っ白になった。というのは、隆太の夢は医師だったが、なぜ桑野さんの家に行ったのか分からなかった。


 そして、翌日の連絡帳で担任の先生に紹介した理由を聞いたのだ。すると、その日のうちに連絡帳に返事が書かれて戻ってきた。そこには母親が知らなかった事実が書かれていたのだ。それは「私が隆太君に桑野さんの家を紹介したのは“人的交流”として彼に現実を見て欲しかったからです。これは、少し前に隆太さんから要望されていて、夏休みの終わりに彼が学校に遊びに来ていたので、桑原さんの家から許可が下りたことを伝えました。」という内容だった。


 この時、母親が桑原さんついて疑問に思った。それは、“子供が3人いて、なぜ施設から子供を引き取ったのだろう?”ということだった。母親の感覚としては子供が4人いて、お腹には新たな生命がやどっているとなると不安が絶えなかった。


 後日、先生に連絡を取り、予定を調整して桑原さんご夫妻に会ってお話しすることになった。母親は“どんな話が出来るのか?”やどんな方なのだろう?“と希望にあふれていた。


 そして、その話しが決まってから3日後に柚月の反射が戻ったという病院から連絡があった。


 この連絡を受けて家族全員で喜んだ。なぜなら、彼女が倒れてから母親は毎日心配で食事が喉を通らない事も多かったが、お腹にいる生命の火を消してはいけないと思い、落ち着いてから少しずつ小分けにして食事を取っていた。


 そして、担当医と担当看護師で協議した結果、彼女と面会の許可が下りたのはその週の土曜日だった。その日は家族みんなで彼女に会いに行くことにしたが、不安要素としては一部記憶が戻っていないため、彼女が家族のことを思い出せるかということだった。そして、仮に今は家族を思い出せなかったとしても段階的に記憶が戻っていくことで思い出すのではないか?と先生たちも彼女の回復に期待をしていた。


 そして、土曜日になり、家族全員が集まれる最後のチャンスになるかもしれないということで全員のスケジュールを合わせて彼女に会いにいった。


 すると、母親が前に見たときよりは繋がれている管の数は減ったが、彼女の身体はさらに痩せ細っていて、見る影もなくなっていた。そして、最初は動かなかった彼女の目がうっすらと家族来たときに開いた。ただ、完全に意識が戻っているというよりも無意識の反射で見ているという感じで握り返す手にも力がなかった。


 約2時間の面会時間が終わり、姉は塾とバレエへ、兄は塾へと向かうためそれぞれの場所に送り届けることにした。


 妹たちは姉の痛々しい姿を見て車に乗っても「ゆーちゃんかわいそう!」・「ゆーちゃんと遊びたい!」と車の中で大泣きしていた。


 母親は「ゆーちゃんはちゃんとお家に帰ってくるから心配しなくて良いよ」と妹たちに優しく語りかけた。


 そして、1ヶ月後に柚月の意識は戻ったものの、後遺症の記憶障害や呼吸障害などが残っていたため、家族のことも勉強したことも断片的に覚えている程度で呼吸も一定のリズムではなく、かなり不安定な呼吸になっていた。そのため、病室内で誰かに支えてもらいながら歩いてみたものの、身体にも足にも力が入らず、頭がぼーっとした状態が続いていた。


 その頃、母親の定期検診があり、お腹の中にいる赤ちゃんの性別と人数が分かる事になっていた。母親は産婦人科で検診を受けるためにバスに乗って病院に着いた。


 すると、前回と違ってチェックイン機の前に現在の診察状況と待機人数がかいてある電光掲示板が新しく創設されていた。


 受付が終わり、産婦人科に向かって歩いていると小児科の看護師さんが前から歩いてきて軽く会釈をした。ただ、看護師さんが笑顔で通り過ぎていったため、「何か良いことでもあったのかな?」と思ったのだ。


 産婦人科の受付に着き、予約票と保険証など必要なものを渡して、壁側の席の後方に座った。というのは、その日はいつも座っている前列がかなり混んでいて、座る席がなかったのだ。


 そして、待つこと20分。ようやく順番が来て診察室に呼ばれた。中に入り今の状態や体調の変化などを話してエコー検査をする診察ベッドにゆっくり横になった。


 そして、先生が大きくなったお腹に機会を当てるとお腹の中にいる子供の姿が見えてきた。彼女は見えた瞬間、目から涙がこぼれ落ちていた。そして、先生から「順調に育っていますね!」と嬉しい言葉をかけてもらいホッとした。


 そして、先生から「お腹にいるのは双子の女の子ですね」と告げられた。そして、今回も前回と同じ一卵性だという。


 母親はびっくりしすぎて腰が抜けてしまった。なぜなら、前回も双子で今回も双子というのは何かの巡り合わせがそうさせているのではないか?と思ったのだ。


 そして、エコー写真を先生が渡してくださり、家族に報告するのが楽しみだった。そして、診察が終わり、晴れやかな気持ちで家に帰っていたときのことだった。突然、携帯が鳴った。表示された相手は学校だった。この時、一瞬“少し前の悪夢”が蘇った。急いで、電話に出ると先生から「隆太君が熱中症になりまして、現在は学校医の先生の到着待ちですので、お迎えが必要な場合には再度ご連絡します。」という連絡だった。その報告を聞いてホッと胸をなで下ろした。


確かに、その日はちょっと動くだけでかなり熱いと感じる日ではあったが、水分を取っているなら問題ないと思っていた。


 その後、連絡は来なかったため、彼は友達と一緒に歩いて帰宅した。


 そして、帰宅してすぐに彼が「桑原さんの家に行ってきます」と言って自転車で出ていった。


 母親は熱中症になったと聞いて少し心配だったが、静かに見送った。


 2時間後に隆太が帰ってきて「桑原さんの家の優菜ちゃんと僕は同い年だって。初めて知った。」と嬉しそうに話していた。

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