第8話:吉報と悲報

 一緒に登校を始めてから3ヶ月が経ち、柚月と悠太は学校に慣れ、那月と隆太は新しい学年で新しい立場に少しずつではあるが慣れてきたようだった。


 2人は初めてのプール学習や校外学習など今までもやってきたが、小学1年生になり、今までも体験・経験している事にも違う視点で楽しもうとしているのだろう。そして、今までのように“ただ、楽しむ”のではなく、“目的を持って頑張る”という学校ならではの考え方を新しく体験・経験することになる。


 ただ、柚月はすでに挫折しているような印象だった。なぜなら、最初は普通に歩けていた距離が何かの支えがないと歩けない状態になり、体育でプールがあるときも見学する回数が増えていた。


 そして、食欲も落ちてしまい、給食は食べられるが、その後動けなくなってしまうことがしばしば起きていた。


 夏休み前に担任の蒲田先生から連絡があり、その電話口で“柚月ちゃんの体調が入学当初から見ると悪化しているように感じる。”という話しだった。母親が家での様子を先生に話すと“そうですか・・・”と言ったあとで小さくため息をついた。


 この時、母親はすでに妊娠3ヶ月で絶対安静が求められる状況だったため、仮に学校から呼び出されても行くことは出来ない状態だったのだ。何かを察知した彼女は友隆に連絡を取って事情を話し、その日の14時と15時に予定されていた会議2件を夜の18時と19時にそれぞれリスケジュールして学校に向かった。


 すると、校門のところで学年主任の川村先生が待っていてくださり、面談室に通された。そして、帰りの会が終わった蒲田先生と村川先生が合流し、彼女の学校生活の状況を説明してもらいながら話合いを持った。


 そして、蒲田先生が見せてくれたのは彼女が総合の時間に七夕の短冊に書いた願い事だった。そこには“私はあるけないです。でも、みんなとあそびたいです ゆずき”と書いてあった。


 父親は彼女がそんなことを思っていたとは思ってもみなかった。なぜなら、彼女は歩けなくても松葉杖を使うと歩くことが出来たため、友達と遊ぶには問題ないと思っていた。しかし、現実は彼女がみんなと同じ事が出来ないということで柚月に対するいじめ・いじりと直接的な暴言がここ1週間で確認されていて、担任の先生は彼女が夏休み明けに学校に来られるのか不安だったという。そして、副担任の先生もこのようなことが起きる度に精神的なフォローはしてきたというが、先生は「彼女の落ち込みかたがすごくなり、学年主任と担任と話合いを持った結果、今回ご両親にご相談という形で来ていただきました。」と事情を話した。そして、あと3日で夏休みに入るため、担任の先生から「この件に関しては家でもフォロー出来る範囲でフォローしていただき、何か異変があった際には平日に関しては学校に出勤しているので、ご報告いただきたいです。」とお願いを受けて父親は会社に戻った。


 面談が終わり、母親にメールで今回の面談の内容を伝え、急いで電車に乗って会議に急いだ。


 その頃、家でメールを受けた母親はショックを隠しきれなかった。なぜなら、彼女からこれらの件に関しては話を聞いていなかったため、父親からのメールを見て初めて知ったことが多かったからだ。


 特に、学校でいじめ・いじり行為が起きていたことはいつも遊びに行っている実優ちゃんのお母さんから聞いてはいたが、まさか自分の娘がそういう事をされていたという事実をにわかに信じがたかった。


 そして、そんなことを知らない彼女は1学期の終業式にも参加し、夏休みを迎えた。


 夏休みになり、彼女は朝もゆっくり起きられるようになったことや普段はやらせてもらえないことをやらせてもらえるなどいろいろと変わった生活を楽しむ様子はまるで、今まで心の中に溜まっていた悲しみを解放するかのような姿だった。


 そして、悠太はその日の宿題を終わらせ、友達の家に遊びに行った。母親は普段は週に1回しか遊びに行ったことがなかった彼が夏休み初日から遊びに行ったことに感心していた。


 ただ、1つ心配なことがあった。それは“柚月がご飯の時以外降りてこない”ということだった。


 彼女のことだから入院中も持っていった子供向けの小説やゲームをしているのだろうと母親は思っていた。しかし、リビングの上が彼女の部屋なのだが、動いている音がしないのだ。


 母親は身重の身体で彼女の部屋に向かった。そして、部屋のドアを開けると、彼女がベッドの上で寝ていた。


 最初はご飯を食べて1時間だったため、おなかいっぱいで眠くなったのだろうと思っていた。


 しかし、寝ているにしては様子がおかしかった。なぜなら、母親は彼女に「薬を摂取してから2時間は起きていないとだめだよ」と入学してから伝えていたからだ。


 彼女に恐る恐る近づいてみると、彼女の顔が青白くなっていて、全身から血の気が引いていたのだ。


 母親は久しぶりにパニックになった。というのは、隆太は3時まで塾の夏期講習でいないし、那月はバレエの大会に行っているため、帰ってくるのは夕方になってしまう。父親も休日出勤で帰りは17時頃になると言っていた。つまり、救急車を呼んだとしても母親が同伴できるか不安だったのだ。なぜなら、最近母親も貧血を起こしてしまっていて、つわりも酷くなっていることから長時間家を離れることが出来るか分からなかったのだ。そこで、母親は救急車を呼び、事情を説明して了承をもらった。


 そして、休日出勤で会社にいる父親に連絡し、彼女の様子がおかしいということを伝え、「今から彼女と私が救急車で病院に向かうから会社から病院に向かってほしい」と伝えた。


 救急車がすぐに到着し、彼女の部屋にストレッチャーが入れなかったため、子供用の担架に彼女を乗せてゆっくり救急車へ運ばれた。運ばれている間にも彼女の意識が戻ることはなく、彼女の手を握っても反射は起きなかった。


 そして、彼女を救急車の前に置いたストレッチャーに乗せて、救急車の中に乗った。そして、脈拍、心拍などを測るチェッカーなどを繋いでみると酸素飽和度こそ93%あったが、意識レベルが低く、心拍に至っては55~70を行き来し、血圧も95/55と低い値が出ていた。これは彼女の体力を考えると時間がないと思い、いつもの病院に救急搬送承認を取り、救急搬送した。


 救急搬送中も「ゆず!ゆず!」と母親が声をかけるが、彼女からは何の反応もない。そして、病院に着くと担当医の先生がちょうど病棟当直医として出勤していたため、救急センターに駆けつけてくれて入り口で待機してくれていた。


 後ろが開いたときに情報を救急隊の隊員さんが彼女の状態や心拍などを伝えていたが、先生はかなり焦った様子で彼女を処置室に連れて行った。


 そして、病院に着いてから3時間後に治療が終わり、先生が救急の診察室に両親を呼んだ。そこで告げられたのは「柚月さんは一命を取り留めましたが、人工心肺を使わないと心臓の鼓動が弱く、十分な血流を確保出来なくなり、最悪の場合は死に至る可能性もあることを理解してください」ということだった。


 過去にも彼女は何度も入退院を繰り返していたが、ここまで彼女の状態が悪いことはなかった。そして、彼女のいるPICUの先生と会い、彼女の血圧はまだ上がらないと言うが、心拍も人工心肺を利用しているからだろうか95まで上がっているという。


 母親は不安でいっぱいだったが、父親に支えられながら帰路に就いた。


 その日は那月のバレエチームの全体練習があり、そこでレギュラーメンバーと帯同メンバーが発表されることになっていたため、こちらも母親としては心配だった。というのは、彼女の他にも最近になって頭角を現してきたメンバーがいて、少し前に那月が「その子たちに抜かれちゃうかも」とこぼしていた。


 夕方になり、那月と隆太がバレエと塾から帰り、悠太も友達の家で遊んで帰ってきた。


 そして、バッグを床に置いてリビングにいる母親のところにきて「お母さんやったー!私今度の遠征でナンバー3になった。」と喜びのあまり泣きそうになっていた。


 それもそのはずだった。彼女はキャプテンでありながら今まで2列目が多く、周囲からも「那月さんをメンバーから外すべきでは?」と言われた事が多かった。なぜなら、今までの歴代のキャプテンは全ての遠征でセンターであるナンバー1に立ち続ける事が求められていた。しかし、彼女は最初2つの大会ではナンバー1だったが、その後はいろいろなポジションを転々としていて、メンバーのモチベーションがどんどん下がっていった。そして、チームの成績も右肩下がりになり、キャプテン交代もささやかれていたほど追い詰められていた。


 そこで、彼女はバレエの練習がない日にも自主練習をして、自分の短所を磨いて、少しでもキャプテンらしい演技が出来るように努力していた。


 その結果が実り、レギュラーのナンバー3に任命されるまでになった。


 母親は那月の吉報を喜びたい反面、柚月の事が心配で心中は複雑に揺れ動いていた。


 ただ、彼女の努力が実ったのだから素直に褒めるべきだと思い、素直に褒めることにした。

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