第7話:新生活が始まる

 柚月と悠太は無事にこども園を卒業し、来週からは区立小学校に通うことになっていた。ふたりは今から小学校に通えると思ってワクワクしていた。


 しかし、柚月に関してはどのように対応するかを学校と協議しなくてはいけなかった。なぜなら、彼女が区立小学校に通うには介助・補助が必要な児童を受け入れる際の規定に学校内では補助員さんが、登下校時には介助員さんがそれぞれ必要になるこという区の教員構成規定で決まっている。そのため、彼女を児童として入学させるにはこれらの条件を満たしてかつ施設の定期的な安全点検が必要になるなど学校の負担が重くなるのだ。そして、現段階では両方の担当者が見つかっておらず、場合によっては今年度から二人の通う小学校に着任することになっている別の小学校からの異動者の先生の中に勤続5年目の特別支援学校の研修経験のある女性の教諭の先生がいた。その先生は特別支援学校の教員免許を保持しているため、今年度から彼女の担任になる予定になっている。そのため、担当者が見つかるまでは区の教育委員会に配置人員の兼務について特例認定を申請するしか方法がなかった。


 その話合いが4月2日に予定されていて、父親は仕事の関係で有給休暇が取得できなかったため、話合いが父親の退勤時刻に合わせて18:30に開始することになっていた。そして、父親は出勤時に部長に話して、定時退勤の了承をもらい、本日処理しなくてはいけない退勤後に提出された書類に関しては関本主任と本倉主任補佐がまとめて社長室のデスクに置いてくれることになった。


 そして、退勤時間になり、挨拶を済ませてから急いで電車に乗って学校に向かった。途中で取引先の営業部長さんに会うなど遅刻しそうになったが、乗り換えのホームに着いた時に電光掲示板を見ると特別快速が先発だったため、最寄り駅まで2駅しか停車しない事が幸いし、なんとか話合い開始10分前に学校に到着し、母親と合流した。


 そして、職員室(教員室)の横にある受付で受付を済ませて来客用の玄関から二階の会議室に通された。すると、校長先生と教頭先生、養護教諭の先生、教育委員会の主査さんなどすごい方々が座って待っていた。


 そして、校長先生から入学に関する説明を受けて、次に教育委員会の主査さんから特例入学許可証などが入った封筒を渡され、中に入っている書類の説明をした。この中には学校と家庭の連名提出する書類や学校に提出する書類など入学前に必要な申請に関する書類が入った封筒を1度持ち帰り、全ての書類を書いて入学式の時に再提出することになった。


 この時、母親の心中は「入学許可はもらったが、果たして柚月は小学校でやっていけるのだろうか?」と不安になっていた。実は彼女が数日前に歩けなくなるという異変が起きていた。そのため、小学校では通常歩行で生活出来るだろうという担当医の診断書を提出したが、もう一度担当医の先生に会って、所見の変更をしてもらおうかと考えていた。


 そして、入学式当日になり、悠太は前の日から用意していた制服に着替えていた。しかし、柚月は着替えられたものの足に力が入らなくなり、車椅子で学校に向かうことになった。


 そして、昇降口のところで受付を済ませて中に入った。2人のクラスが柚月は1年3組、悠太は1年1組だった。まず、柚月を3組の教室の前で車椅子から降ろして彼女の席に連れて行った。すると、周囲の子供たちや保護者の人から白い目で見られているような視線を感じた。確かに、彼女のように歩けるときと歩けないときがある同級生と過ごした経験のある子は少ない。そして、彼女の席は移動に配慮して1番後ろの席になっていた。そして、ロッカーも彼女の導線を考えて上段になったことで不公平感を持った親御さんがいたのだろう。


 彼女をクラスに着席させて、悠太の様子を見に行くと昨日までとは違い、すでに周りの子と打ち解けていた。その姿を見て両親は安心していた。


 入学式前にクラスでの顔合わせと教科書配布、担任の先生からのお話などを聞いてから入学式の会場になっている体育館に整列して向かうことになった。しかし、柚月は朝からは症状が軽くなってきたが、万が一に備えて1番後ろで副担任になった村川先生と手を繋いで入場するか、全員入場終了後に横の入り口から彼女の席に座らせるかギリギリまで先生との話し合いが行われていた。というのは、今朝の健康チェックで彼女の足の状態が思わしくないことが分かり、仮に花道を歩けるかどうか分からない状態だった。そして、彼女が入場では歩けたとしても退場で歩けるという確証を得られなかったため、担任の先生である蒲田先生は入退場の時に補助の先生を付けて横で歩いてもらう事を提案したのだ。


 彼女は“1度しか歩くことが出来ない入学式の花道を柚月に歩いて欲しい”と思った。しかし、彼女は未だに速く歩くことが難しいため、他の子たちと同じように歩くことが出来るか分からなかった。そして、彼女は歩きたいと思ってもいきなり足が動かなくなることもあるため、歩きたいと思っていても彼女は途中で歩けなくなるのではないかという不安も併せ持っていた。


 そして、入学式本番になり、入場前にクラス毎並んだ。悠太は1組で最初に、柚月は3組のため、前のクラスが全員入場した後に入場が始まるため、少し時間が空くのだ。その間、彼女は椅子に座った状態で待つことにした。


 そして、「入学生入場」という宮間先生のアナウンスがあった。そして、少し遅れて体育館の入り口のドアが開き、目の前にたくさんの在校生と保護者の人たちが見えた。


 まずは悠太のいる1組が体育館の中に入ってきた。両親は何とか一番見える位置を取れたが、一番の心配が柚月だった。なぜなら、式が始まる前に担任の蒲田先生から“柚月ちゃんは歩こうとはしているのですが、少し歩くと力が入らなくなってしまうようで、ギリギリまで座らせて様子を見ます”という報告を受けていた。


 その報告を受けて母親は“彼女は無事に入場できるのか?”と不安だった。


 そして、順調に2組まで入場が終わり、3組の入場が始まった。母親は一生懸命柚月を探した。すると、一番後ろで村川先生と手を繋いで手を振りながら入場してくる彼女を見て一安心したのか、肩の荷が下りてホッとした様子だった。


 順調に式が進み、新入生紹介が始まった。名前が呼ばれて1人1人起立していった。そして、彼女の名前が呼ばれた。その場に立って返事はしたが、起立してすぐに座った。隣の子は立っているが、彼女は立つことが出来なかった。その後も呼名は進んでいくが、彼女は座ったまま「新入生男子45名、女子55名、計100名」と学年主任が最後を締めた。


 そして、新入生退場になり、1人ずつ退場していくなか、彼女は中央の花道ではなく、座っていた席から立って、横の通路からゆっくり歩いて退場していった。


 その姿を見た両親はホッとしたのも束の間で、彼女の学校生活に対して不安を感じてしまったのだ。


 式が終わり、2人で正門のところにある入学式の立て看板の前で家族写真を撮った。そして、その日の予定が終わり、お昼は入学祝いを兼ねて家の近所にあるおそば屋さんに行った。


 おそば屋さんに着いて、順番表に名前を書くとおそば屋さんに行くといつも対応してくれる若い学生さんが「今日はどうされますか?」とこっそり聞いてきた。実は彼女にだけ柚月がテーブル席しか座れない可能性がある事を話していて、毎回確認にきてくれるのだ。


 彼女はおそば屋さんから15分くらい離れた大学に通っている学生さんで彼女は教育学を専攻していて、以前から柚月の事を心配してくれていた。彼は「今日はテーブルの方が良いけど空きそうですか?」と聞くと彼女は「本日はお客さんが多いので、ご案内まで20分から30分くらいかかると思います」と答えた。その話を父は了承し、近くにある駐車場の車の中で待っていた。


待っている間、柚月は落ち着いているようだったが、どこか落ち着かないような部分もあり、ご飯を食べられるか心配だった。


 そして、順番になりお店の中に入ると壁側の席を用意してくれていた。この時、父親は彼女の配慮には頭が上がらなかった。


 そして、いつも通りおそばを食べて家に帰った。すると、彼女は疲れてしまったのか、自分の部屋ですやすやと安心したような表情で寝ていた。一方の悠太も明日から始まる学校に胸を躍らせて教科書やノートに名前を書きながら夕飯までの時間を過ごした。そして、夕食の時間になり、みんながリビングに呼ばれた。


 家族6人で夕食を食べるのは久しぶりだった。なぜなら、今年から那月が6年生になったこともあり塾では中学校の学習が始まり、彼女が習っているバレエではチームキャプテンに選ばれ、今年度は毎回練習に参加と多忙な日々を送っていた。そのため、他の家族と一緒に食べられることは数多くなかった。


 そして、両親からある発表があった。それは母親の身体に赤ちゃんを身ごもったというのだ。まだ、性別や人数は分かっていないが、来年の春には新しい家族が増えることになる。


 その話を聞いた柚月と悠太は嬉しそうにしていたが、隆太と那月はどこか複雑な表情を浮かべていた。


 2人が複雑な顔をしたのにはある過去があった。


 そして、一夜が明けてみんなで登校するために玄関に集まり、一斉に飛び出していった。


 今日から新しい1ページが刻まれる。

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