第5話:異変

 彼女が退院してから2ヶ月が経ち、少しずつ以前の生活に戻りつつあった。そして、まもなく夏を迎えることから通っているこども園から二人分の着替えを持ち帰り、春物と夏物を入れ替えていた。


 週末になり、初日は家族全員でプールに行くことになっていた。その日は朝から兄弟・姉妹全員で水着を選ぶなど朝からワクワクが止まらない様子だった。


 そして、出発時間が近くなり、父親が先に玄関を出て車のエンジンをかけて、車内を冷やしていた。車を冷やしている間にみんなで用意した荷物を車のトランクに詰めていった。


 数十分後、荷物の積み込みも終わって、後は出発するだけになったときのことだった。突然、母親が家から顔を真っ青にして走ってきた。そして、父親に“柚月と悠太の体温が急に下がって寒がっている”というのだ。父親は急いで悠太と柚月の所に向かうと悠太はぐったりしているだけだったが、柚月はぐったりしている上に反応が薄くなっていた。


 父親は急いで救急車を呼び、救急隊が到着後、状況を説明し、いつも通院している病院に2人とも救急搬送された。


 その車内では柚月に母親が、悠太には父親がそれぞれ付き添い、子供に対して声かけをしながら病院に向かったが、車内に設置されている機器に映っている数字を見るとやはり心拍は安定していても呼吸や血圧が急激に下がっている事が見て分かった。


 救急車で搬送されてから10分後には病院に着いたが、この時、悠太は血圧が低いだけで何とか反応はしていたが、柚月は繋がれている機器から測定値異常を知らせる警告音が出ていた。


 2人は急いで救急処置室に入ったが、悠太と柚月は別の場所で治療を受けることになった。


 両親は二人が助かることを信じて処置室の前でひたすら待っていた。


 そして、看護師さんから“もしもお子さんがご自宅にいるのならどなたかに連絡して一緒にいていただいた方が良いかもしれません”と家族を心配する声かけがあった。


 この時、父親は急いで親戚に連絡をしたが、仕事などですぐに来られる親戚はおらず、最後に連絡した隣の県に住む弟に連絡をしたところ、“今日は休みだから、子供たちを連れてそっち行けるよ!”と言ってもらい、遠路はるばる来てもらうことになった。


 搬送されてから数時間後、悠太は少しずつ回復したものの、血圧などが一定範囲内で安定しないことから経過観察が必要と判断されて、1泊することになった。一方の柚月は酸素吸入器と点滴を付けられた状態で眠るようにベッドに寝ていた。


 その後、2人の治療を終えた医師から説明があるということで看護師さんから先生の待つ診察室に案内された。


今回は病状説明と今後の治療と完治率について先生から話があるという。


 そして、先生の待つ診察室の前に来ると母親は少し涙目になっていた。その横で「二人は強い子だから大丈夫だよ」と父親が一生懸命慰めていた。


 その後、診察室に入ると先生の様子がいつもと違っていた。その姿を見た両親は“まさか・・・”と最悪の事態を予見してしまった。そのため、母親が更に泣き出し、収拾不能になっていた。


 少しして母親が落ち着いたことから、先生が今回の病状を説明し始めた。先生は“今回は悠太さんが低血圧と低酸素状態になった事による呼吸困難、柚月さんが軽度の低酸素脳症と低血圧でした。現在は二人とも回復には向かっていますが、柚月さんのほうは回復速度がかなり遅いため、前回、救急搬送された際に疑った”小児性肺炎“を併発している可能性も否定できない状態です。”と言われた。


 この時、両親は“今日、プール行くなんて言わなければ良かった。”と後悔していた。


というのも、最近は悠太も柚月もプールでは浮き輪を使う必要はあるが、先週には塾に行っているお姉ちゃん以外で近くの温水プールに行って遊んでいた。そこで、嬉しそうに浮き輪で遊んでいた子供たちの姿を見て、“これは大丈夫そうだな”と思ったのだ。そこで、父親は柚月の退院祝いに日帰りではあるが、少し遠くにある海水浴場に行こうと思っていたのだった。


 先生の説明が終わり、母親が“柚月は元の生活に戻れるのでしょうか?”と聞いた。すると、先生は“元の生活には戻れますが、一部の激しい運動などは心肺機能が一定程度回復しないと難しい可能性が高い事は理解していただきたいです”と言った。


 その後、二人が入院している病室に向かい、二人の寝顔を見て両親は後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。


 両親が家に帰ると弟が自分の口に指を当てて「やっと寝たから静かにして」と小声で友隆に話した。そして、子供たちの部屋に行くと那月と隆太、弟の娘である好華と穂華、息子の俊太郎で仲良く寝ているところだった。


 そして、リビングに降りて5年ぶりに兄弟水入らずの時間を過ごした。


 その時に、「今日の結果はどうだったの?」と弟である光太朗が友隆に聞いた。


 少しうつむいたあとで「悠太は大丈夫だったけど、柚月は予断を許さない感じ。」と告げた。


 実は光太朗は悠太と柚月とは生まれてから写真では見たことがあったが、今まで直接会ったことはなかった。予定では今年のお盆に5年ぶりに帰省することになっていたため、その時に会えると思っていたのだ。しかし、甥っ子と姪っ子が入院してしまい、お盆に実家に行ったときに会えるかどうかはかなり難しい選択になっていた。


 そして、悠太は翌日退院することになったが、柚月はもう少し回復には時間が掛かると言われて退院予定日が1週間長くなった。


 月曜日になり、園に柚月の今週いっぱいのお休みを伝えた。


 実は彼女がこども園に通い始めて2年が経つが、ここまで短いスパンで入退院を繰り返した年はなかった。そのため、先生たちも彼女の体調が心配になってきたのだ。


 その日の夜、柚月がまだ完全ではないが、反射が戻り始めたという連絡があり、回復までそこまで時間は掛からないと思っていた。


 しかし、翌日の朝突然悠太が起きようとしても起き上がれなくなり、抱っこして起こしたこともあった。この時、悠太は身長が93.5センチで体重が15キロと順調に成長していて、お母さんには起こすのがやっとだったが、毎朝の健康チェックでは問題ないにも関わらず、月に数回は翌日起き上がれない、まっすぐ歩けないなど原因不明の症状が彼を襲う事が増えていった。


 その姿を見て、母親は不安になり、病院に連れて行くことにした。しかし、病院に連絡をすると「今は7月の上旬まで予約でいっぱいなのですが、いかがなさいましょうか?」と言われたのだ。今は6月の下旬だったが、7月の中旬だと約2週間も待たなくてはいけない。そして、7月の中旬になると那月は夏休み前で学校にある物をいろいろ持って帰ってくる、隆太も那月と同じように持って帰ってくる。そして、二人の通っている学校では夏休み前に保護者との面談が行われるなどかなりドタバタしている頃だったため、そこまで悠太の症状が悪化しないとは言い切れないし、今の状態も最近ではあまり見られない症状であることから心配は尽きなかった。


 少し考えて「万が一その予約より前に症状が悪化したときには診てもらえますか?」と聞いた。すると、「担当医の先生の許可が必要ですが、診察終了後なら問題ないと思います。」と言ってもらい、予約が完了した。


 そして、当時は高価な子供用の血圧計を買って、毎日彼の血圧を測った。すると、通常の3歳児の標準血圧よりも低く、心拍数もかなり低い状態だった。そこで、以前に入院していたときに処方された一時的に血圧を上げる粉末の薬を飲ませて様子を見ることにした。

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