第3話:愛の力

悠太は3歳になり、活発な男の子に、柚月は体調を崩すこともしばしばだが、みんなと仲良く園の生活を送っていた。


 ある日、園の行事としてクラス内交流を兼ねたお楽しみ会が行われた。この交流会は何度かあり、最初は同じクラスの子供たちと、2回目以降は全体で行われることになっている園の行事なのだ。しかし、このイベントで起きては欲しくない事が起きてしまった。それは、2人でそれぞれのお楽しみ会に参加したのだが、柚月が突然フラフラし始めて、顔面の蒼白が少しずつ進み、次の瞬間“どん”と鈍い音がして倒れてしまった。この時、先生は別の子を見ていたため、柚月が体調の変化に気がつかなかった。


 鈍い音を聞いた先生が振り向いたときには彼女はぐったりしていて呼びかけに反応しない状態になっていた。そこで、園に常駐している養護教諭の先生を呼んできて、応急処置を試みた。しかし、彼女は全く意識が戻らず、心停止状態になっていたことから救急車で彼女が以前に入院していた総合病院に救急搬送された。彼女が救急搬送されることが決まったときに父親と母親両方に連絡を取り、病院に来てもらうことにした。


 そして、柚月が病院に到着してすぐにストレッチャーからベッドに移され、検査室に向かった。そこで、いくつかの検査を行い、発症の原因を探った。そして、全ての検査が終わり、担当医の所に結果が届いた。そして、両親が呼ばれて今回の検査結果などの話をした。最初に担当医から“心臓からの血液の循環速度がかなり遅く、肺も機能はしているものの、きちんと酸素で満たされておらず、呼吸する際にきちんと膨らんでいかない。”と両親に告げた。この話を聞いたときに両親は「柚月は助かるのですか?」と何度も聞き返した。先生は「今回は症状が症状なのである程度は覚悟が必要になる可能性があります。」と告げた。そして、先生はこれらの症状から“小児性肺炎”や“急性心筋梗塞”などを疑ったが、急激な血圧の低下も発生していることから要因が別にあるのではないかと感じていた。その1つに出生時に起こした低血圧を再発している可能性がある。


 彼女が意識を失ってから5時間が経過した。しかし、未だに彼女の意識は戻らない。状態確認に来た担当医の先生は彼女の横に付いている機械に表示されているバイタルサインを確認すると心拍はある程度安定をし始めたが、血圧が少しずつ下がり始めていて、非常に危険な状態になっていた。


 すぐに看護師にエマージェンシーバッグを持ってくるように指示し、同時に彼女の血液検査も行うように指示を出した。


 彼女が入院しているのはPICUという小児集中治療室だったこともあり、容態が急変してもすぐに対応することは出来るが、彼女のように症状が安定していない子供は他にもいて、PICUに入院している子供たちの担当医は病院に泊まり込んで不眠不休の対応をしていた。


 そして、柚月は2週間後には意識レベルも回復を始めたが、まだ予断を許さない状態であることは間違いなかった。


 そして、彼女は一命を取り留めたものの時より目がうつろになってしまう、会話が出来なくなるなど後遺症のような症状が顕著に表れるようになってきた。


 本当は近日中に一般小児病棟へ移る予定になっていたが、予定を延期せざるを得ない状態になってしまった。そして、家族とも久しぶりに会えると思っていたが、これまで通り面会制限が継続されることになった。


 その頃、家では悠太を含めた他の兄弟たちが柚月の回復を願っていた。実は彼女はしばしば入退院を繰り返していたことはあったが、ここまで長期の入院になったことはないし、これまでは普通に面会も出来ていたため、彼女に会得ない時間がこれだけ長いと兄弟も不安で仕方がなかった。


 そして、彼女が入院してから3週間後に再び両親が病院から来て欲しいという連絡を受けた。それは、柚月の後遺症や今後の治療計画などを両親と共に話し合いたいということだった。


 この話を聞いて両親はかなり動揺してしまった。なぜなら、彼女は生まれた時からいきなり意識を失う、つかまり立ちを始めたころから足下がふらつくなど異変を相次いで確認することがあった。しかし、その症状も数日で治まり普通に歩いていたのだ。


 そのため、今回のように長期間の入院や容態の不安定などこれまでは順調に回復していたことが順調にいかなくなっていることを考えると両親は彼女がいなくなってしまうのではないか?と以前よりも不安に感じることが多くなっていった。


 そして、担当医の先生と約束した日になり、病院に向かった。その日は真っ青な空が広がっていて、両親は“先生から前向きな話が聞けるのではないか?”と少し気持ちを楽にする事が出来た。


 そして、受付で先生とのアポイントを伝え、先生が外来診察を終えるまで先生の診察室の前で待った。


 病院に着いてから1時間後、先生の外来診察が終わり、両親が診察室内に通された。まず、先生から柚月の病状に関する話があり、その後で今後の治療計画などを説明していただいた。この話を聞いた両親は“娘に会うことは出来ませんか?”と先生に聞いた。すると、PICUの看護師さんに連絡を取り、彼女の状態を確認した。すると、“彼女は今、投薬治療をしていて、起きているので、ガラス越しなら大丈夫だと思います。”という回答だった。その回答を受けて、両親を彼女にガラス越しに合わせるために彼女のいる部屋の前に連れて行った。


 すると、両親を見つけた彼女は言葉を発することは出来なかったが、口で“ママ”・“パパ”と力を振り絞って呼んでいた。そして、久しぶりに見る両親の姿を見てにっこり笑っていた。


 そして、先生から“彼女が口を動かせるようになったのですね”と言われて両親は首をかしげたのだ。


 そこで先生に“それはどういう意味ですか?”と聞くと、先生は“先日、僕が柚希さんの診察に行った時には首を振るのが精一杯で会話が出来なかったのです。なので、2日でここまで回復するのかと思ってびっくりしました”というのだ。


 そして、彼女は順調に治療をこなしていき、入院してから1ヶ月後からちょっとずつリハビリとしてベッドの上で足をマッサージして足のむくみを取るなど一般病棟に移る準備を始めた。


 そして、彼女が倒れてから1ヶ月ちょっと経った時に担当医も看護師さんたちもびっくりするほど彼女の容態が安定したことからPICUから一般小児病棟に移ることの許可が下りたのだ。この時はこの判断をした担当医の先生もPICUの看護師さんたちもホッと胸をなで下ろした。


 彼女が運び込まれてきてから今日までいろいろな危険な山を迎えたが、看護師さんたちの努力の甲斐もあって無事に乗り越えてきた。


 家族も彼女が病棟を移る事が出来たと知って心から喜んだ。もちろん、まだ容態が安定しない事も想定しなくてはいけないが、まずは退院に向けて歩を進めた。


 その頃、悠太も妹が順調に回復していると知って心から喜びを爆発させていて、毎日のようにこども園の先生にも「ゆずちゃんがお家に帰ってくる!」と興奮したように伝えていた。


 そして、彼女の容態が安定しているときは週に1度だけだが、面会も出来るようになっていた。面会制限が解除になって初めての面会日に家族みんなで彼女に会いにいった。すると、久しぶりに会ったからなのか柚月はじーっとみんなの顔を見ていて、言葉を発するときは文字のない声を絞り出すように話しかけていた。


 この時、那月は柚月の変わりようにかなり動揺していた。なぜなら、前は一緒に遊んでいるとお姉ちゃんにべったりだった彼女が少し会わないだけでここまで変わってしまうというのは9歳になったばかりの姉としてはショックを隠しきれなかった。


 そして、面会時間が終わり、柚月と別れたあとで那月がお母さんに「ゆーちゃんは大丈夫なの?」と何度も確認していた。


 確かに、彼女にとっては世界に1人しかいない妹で家ではお兄ちゃんと弟は遊べるのに、自分だけが遊べないという孤独感を感じていたのだ。


 そして、入院してから半年後、柚月の正式な退院の見通しが決まり、退院に向けて歩行訓練などのリハビリや覚えた言葉を思い出すための言語療法が始まったのだが、これまで彼女が出来ていたことが出来なくなったことによるショックで失語症や場面緘黙のような症状が随所に見られ、先生としてはどのようにリハビリや言語療法を進めるべきか頭を抱えていた。


 そして、言語療法を始めて2週間後にやっと“あ”や“い”といった平仮名が読めるようになったが、別の子や人の近くでは声が出なくなってしまっていた。


 先生はこの状況になることは想定外で、言葉は分かっていても感情表現が難しくなるというのは彼女が病院を退院して、集団生活に戻ったときに人間関係を構築する上で大きな支障になってしまうのではないか?と危惧していた。


 そして、彼女の退院予定日の前の週になり、最後のリハビリと言語療法が終わった。

今回は本来の目標まで到達しなかったため、あとは通院で少しずつ進めていく方針に切り替える事にした。


 そして、退院する事を正式に決めるために検査が始まり、彼女は退院できることに胸を高ぶらせていたが、先生の元に届いた検査結果を見ると彼女の血圧や赤血球、白血球などの量は問題なかったが、ヘモグロビンの量が不安定で血中酸素濃度も波が出来ていた。


 ただ、酸素吸入をしないといけない値ではなかったため退院を承認することになった。


 そして、その週の土曜日に彼女は退院し、家族の待つ家に半年ぶりに帰った。

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