第12話 感覚


<< Atsushi side >>


 タンクの俺の横を摺り抜けて、スケルトンに突進していった二詩織さんと凪原さんは……全然攻撃が当たらずに、苦戦していた。こうなったら、俺も前に出るしかないな。盾を前に構えてスケルトンに突撃する。


 この五日間、俺は真面目に技能スキルを練習したから解っている。技能スキルを発動すると身体は勝手に動くけど、命中するかは別の話だ。きちんと狙いを定めてから技能スキルを発動しないと、まず当たらない。


 動く相手に当てるなら尚更で、相手の動きを予想して技能スキルを発動しないと駄目だ。技能スキルの動きに慣れれば、そこまで難しいことじゃないけど……勇者の力なら当たりさえすれば、スケルトンくらい一撃で倒せる。


 俺は盾で攻撃を防ぎながら、片手剣技能を発動してスケルトン二体を続けざまに倒した。骸骨の身体が消滅すると、小さな水晶のようなものが残る……これがマイアさんが教えてくれた結晶体クリスタルか。


 おっと、そんな場合じゃない。俺が二体を倒している間に、二詩織さんと凪原さんには、それぞれスケルトンが肉薄していた。二詩織さんがバトルナイフに持ち替えているのは……俺の指示を聞いたんじゃなくて、必要に迫られたからだな。


「カバーしないと不味いな……カイエ君は?」


 視線を巡らせると……カイエ君は剣も抜かずに、後ろで見物を決め込んでいる。マジで戦闘に参加しない気だな。


「ちょ……ピンチなんだから、カイエ君も戦ってよ!」


「いや、淳士がいればスケルトンくらい十分だろ。今回は任せたから」


「な……勝手なことを言って!」


 そんなことを言っている間に、スケルトンの剣が二詩織さんに命中する。二詩織さんは無傷だけど、その代わりに彼女の頭上に表示されたバーの長さが半分になる……これがHPって奴だな。凪原さんのいつの間にか攻撃を受けたようで、HPバーが少し減っていた。


「二詩織さんは下がって! 朱鷺枝さんは、二詩織さんに回復魔法を使って!」


 俺はスケルトンを盾で押し込んで二詩織さんのカバーに入ると、突き出した剣で三体目のスケルトンを倒す。


「え……嘘……」


 朱鷺枝さんは回復魔法を発動したけど……二詩織さんを素通りして俺に当たった。俺も光属性魔法技能を持っているから解るけど、回復魔法も命中させる必要があるんだよな。これが攻撃魔法だったら……マジで勘弁してくれよ。


 もう誰の助けも期待できない。俺は凪原さんの前の四体目に突撃する。俺の動きはシンプルだ。スケルトンの剣を盾で受けたタイミングで、片手剣技能を発動すると四体目のスケルトンも消滅した。


「宮村君、ありがとう……」


 ちょっとキョドった感じの凪原さんに、俺は回復魔法を掛ける。


「ちょっと動かないで……『治癒(小)ヒール』」


 凪原さんのHPバーは全快した。


「ああ、そうやれば良いんだ。ほら、加奈子。回復してあげるから、動かないで……『治癒(小)ヒール』」


 二詩織さんのHPバーも全快。スケルトンの一撃で半分だし、『治癒(小)ヒール』で全快するのはHPが少ないってことだ……まだ1階級レベルだからな。


 それにしても……


「へえー……宮村も結構やるじゃない」


「そうね。みんな宮村君に助けられた感じだよね」


 二詩織さんと朱鷺枝さんと、後ろからカイエ君もやって来る。


「あのさあ……みんなには色々と言いたいことがあるけど。まずは、カイエ君……危なくなったらフォローするって言ったのに、何で戦ってくれないんだよ」


 俺が文句を言っても、カイエ君は悪びれもせずに笑っている。


「いや、あんなの全然余裕だろう。結局、淳士一人で全滅させたじゃないか。他のパーティーは四人なんだから、戦力的には問題ないよな」


「だけど、二詩織さんも凪原さんもHPが減ってたから……」


 HPがあるうちは傷一つ負わないけど、HPがゼロになったら瞬間に普通に怪我をするし……下手をすれば死んでしまう。


「なるほどね。淳士は解っている・・・・・みたいだな。だけどさ、みんなはイマイチ理解していないから、早いうちに気づかせた方が良いだろう?」


 カイエ君の言いたい事が俺には解ったけど……それでも納得はできない。わざと手を抜いて危険な目に合わせなくたって、説明すれば解る筈だ。


「ねえ、宮村……あんたが言いたいことは、HPがなくなったら怪我もするし死んじゃうってことよね? それくらい私も解ってるけど、階級レベルを上げてHPを増やせば良いじゃない」


 二詩織さんの言葉に、朱鷺枝さんと凪原さんが当然という感じで頷く。このとき俺は気づいた……これは理解じゃなくて、感覚の問題なんだ。


 HPに守られて余裕で戦っていたら、死ぬかも知れないなんて実感は沸かない。そんな感覚でHPを大きく削るような強敵と戦ったら、恐怖を感じる前に死んでしまう。


 だから、まだ敵が強くないうちに死の恐怖を覚えて貰う。俺はチキンだから、ちょっとしたことから自分が死ぬことを想像するけど。この感覚が解らない人には、早く解るように仕向けた方が親切だな。


「へえー……淳士も結構真面目なんだな。そこまで真剣に考えるとは思わなかったよ」


 カイエ君に茶化すように言われて、俺は自分が黙って考え込んでいたことに気づく。


「ふーん……宮村って真面目なんだ。真面目なオタクって……陰キャ?」


「いや、俺はオタクでも陰キャでもないって!」


「何よ、冗談だって……宮村、ムキになり過ぎだから」


 二詩織さんがケラケラと笑う。そんなに面白いか? 朱鷺枝さんも笑っているし、凪原さんは……微妙な顔をしている。


「まあ、淳士のそういうところ・・・・・・・は悪くないと思うけどさ。あんまり真面目に考え過ぎるなよ、おまえが全部責任を取れる訳じゃないんだからさ」


 カイエ君はそう言って、俺にデコピンする。


「痛っ……カイエ君、何するんだよ!」


「淳士、今日は全部おまえに任せるからさ。とりあえず、次にどうするか決めろよ」


 カイエ君に言われて……俺はみんなの状況を確認する。


「朱鷺枝さんは、『治癒(小)ヒール』を何回発動できるの?」


「えっと……私のMPだと、あと三回かな」


「凪原さんの魔法は?」


「ごめんなさい……もうMPがない」


 同じペースで戦ったら、あと一回……いや、安全マージンを考えたらもう限界だな。


「あのさ、みんな……今日はもう帰らないか?」


「「えー!」」


 予想通りにブーイングしたのは二詩織さんと時枝さん。だけど、ここで引き下がるわけにはいかなtかった。


「ていうか……今の俺たちの実力だと、鍛錬場でもっと技能スキルの練習をしないと。地下迷宮ダンジョンで鍛錬するのは、まだ早いと思うよ」


 このまま強引に進んで危ない目に合って、死の恐怖を覚えるのも一つの方法かも知れないけど……今のままだと、スケルトンにさえ殺される可能性がある。


「ねえ……カイエ君はどう思う?」


 二詩織さんが不満そうな顔で問い掛ける。


「俺か? 今日は淳士に全部任せたからな……」


 カイエ君は面白がるように笑いながら俺を見ると。


「当然、淳士に賛成だよ」


 結局、カイエ君の一言で、俺たちは帰ることに決めた。

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