第10話 暗躍するカイエ


<< Kaie side >>


 三日ほど時間を遡って二日目の夕方。下級地下迷宮ローレベルダンジョンから戻った俺とステラは、王宮の奥にあるエミルの『庭園』にいた。


 天井がガラス張りの温室のような空間には、室内だというのに薔薇の生け垣が植えられている。昼間は直射日光か降り注いでいるのに室内が涼しいのは、魔道具マジックアイテムによる空調のせいだ。


「それで……カイエは半日も掛けずに下級地下迷宮ローレベルダンジョンを攻略したってことね。ステラ、一応確認するけれど、宮廷魔術士の貴方が手助けしたり、攻略ルートを教えた訳じゃないのよね?」


 気品漂う白いテーブルの両側に、白い革を張ったゆったりとしたソファーが二つ。エミルはソファーに凭れ掛るように片肘をついて、俺を睨んでいた。


「はい、エミル殿下……私は一切助力などしておりません。カイエは一人で地下迷宮ダンジョンを制覇しました」


 ステラの応えに、エミルは顔を顰める。


「ステラ……貴方はいつからカイエを呼び捨てにするようになったの?」


「エミル殿下、申し訳ございません……ですが、呼び捨てにすることが、私が同行するためにカイエが提示した条件なのです」


 どういうことと、エミルは俺の方を見る。


「ああ、その通りだよ……だから、ステラに文句は言わないでくれよな」


 ステラの頬が何故か赤いことを、エミルは怪しんでいるようだったが。


「まあ、良いわ……カイエ、貴方の実力を考えれば下級地下迷宮ローレベルダンジョンを攻略したことくらいで驚かないけど。半日って……どんな魔法を使ったら、そんなに早く地下迷宮を攻略できるのよ?」


 『多人数飛行マストラベル』と『加速ブースト』を使ったことは報告済みの筈だけど、ステラの説明じゃ上手く伝わらなかったみたいだな。


「だからさ、飛行魔法で迷宮を駆け抜けただけだよ。面倒だから玄室の扉は全部破壊したけど、エリザベスが修復した筈だから問題ないだろ」


 地下迷宮の主ダンジョンマスターには迷宮を修復する能力がある。今頃は俺が破壊した玄室の床も完全に塞がっているだろう。


「そのエリザベスって……地下迷宮の主ダンジョンマスターだって言ってたけど。最後の玄室にいる怪物モンスターとは違うのよね?」


 どうやら、王女であるエミルも本物の地下迷宮の主ダンジョンマスターの存在を知らないらしい。まあ、普通に地下迷宮を攻略しているだけじゃ、地下迷宮の主ダンジョンマスターに会うことなんてないからな。


 俺は地下迷宮ダンジョン地下迷宮の主ダンジョンマスターについて説明する。内容は俺の世界の地下迷宮に関することだけど、この世界の地下迷宮も、少なくとも仕組み・・・は同じことが解っいいる。


地下迷宮ダンジョンは世界を創った者たちが残したって……それって神様のことなの?」


「いや、神様って奴がこの世界を創ったのか、俺は知らないから何とも言えないけど。少なくとも人には、地下迷宮ダンジョンをゼロから造るのは不可能だからな。それに地下迷宮ダンジョンを機能させるためには相当な魔力が必要だから、地脈の上に造られている可能性は高いと思うよ」


 地下迷宮ダンジョンを造ること自体が目的という可能性もあるけど、だったら何のために地下迷宮ダンジョンを造ったのかという疑問が残る。


「結局のところさ、下級地下迷宮ローレベルダンジョン一つくらいじゃ、検証する材料として足りないんだよ。だから、もっと沢山の地下迷宮ダンジョンを調べる必要がある。クロムウェル王国にはあと四つの地下迷宮ダンジョンがあるんだよな? とりあえず、俺が攻略しても構わないよな」


 クロムウェル王国に存在する地下迷宮ダンジョンについては、ステラが教えてくれた。俺が攻略した下級地下迷宮ローレベルダンジョン以外に中級地下迷宮ミドルレベルダンジョンが四つ。別に俺には王国内の地下迷宮ダンジョンに拘る必要なんてないけど、とりあえずはエミルを無視して他国に行く理由もない。


「カイエが地下迷宮ダンジョンを攻略すること自体に異存はないけど……」


 エミルの琥珀色アメジストの瞳が、真っすぐに俺を見る。


「私は他の勇者たちを育てたいのよ。だからカイエ、約束してくれないかしら……彼らが地下迷宮ダンジョンに行けるようになったら、一緒に攻略してくれるって」


 特別な力を与えられた勇者は、この世界の基準で言えば優秀な戦力だ。エミルも含めて、この世界では呪文を詠唱して魔法を発動するのが常識だが、勇者たちは魔法の名前を叫ぶだけで発動することができる。


 無詠唱で魔法を発動できる俺には面倒だけだが、名前だけで発動できるのは無条件で詠唱短縮できることに等しい。さらに勇者たちは上位魔法もそれなりの・・・・・鍛錬を積むことで使えるようになる。


「解ったよ、エミル……おまえの条件を飲むから、俺は明日から他の地下迷宮ダンジョンを攻略させて貰うよ」


 エミルは気づいていないみたいだが……勇者たちが地下迷宮ダンジョンに挑むまでの時間があれば、俺が地下迷宮ダンジョンを攻略するには十分過ぎる。


「なあ、エミル……もう一つ教えて欲しいことがあるんだけとさ。わざわざ国王が不在のタイミングを狙って、勇者を召喚したおまえの狙いは何だよ?」


 唐突な質問にエミルは目を細めて、ステラが凍りつく。魔王を倒すための勇者召喚を国王ではなく王女のエミルが主導しているのだから、違和感を覚えるのも当然だろう。


「何度も言ってるけど、俺はエミルみたいな奴は嫌いじゃないんだって。内容次第じゃ、協力してやっても良いよ」


 大よその想像はついていることを悟ったらしく、エミルはゆっくりと語り始めた。


※ ※ ※ ※


 そして五日目の午後。一番最後に職業クラスを決めた勇者のペースに合わせて、淳士たちは後二日ほど鍛錬場で技能スキルを試すということになった。俺も少しは鍛錬に付き合うけど、大した時間は掛からないから……


 再び訪れた王宮の奥にある『庭園』で、今日もエミルは不機嫌な顔をしていた。


「それで……クロムウェル王国の地下迷宮ダンジョンを全て制覇したという話は本当なのね?」


「はい、エミル殿下……昨日までの二日間で、カイエは四つの中級地下迷宮ミドルレベルダンジョンを攻略しました」


 ステラが誇らしげなのが、イマイチ意味が解らないが。勿論、ラスボスを倒したというレベルじゃなくて、俺は四人の中級地下迷宮ミドルレベルダンジョンマスターを服従させた。


「二日間で地下迷宮ダンジョンを四つ攻略するとか……どう考えてもあり得ないわ」


 エミルは凄みを効かせて俺を睨んでいるが、事実だから仕方がない。


「まあ、エミルとの約束は守るよ……三日後には勇者たちとパーティーを組んで、俺も地下迷宮ダンジョンに行くからさ。何の問題もないよな」


 エミルの狙いも解ったことだし、利害が対立する訳じゃないから協力してやるよ。淳士たちと一緒に地下迷宮ダンジョンを攻略しながら、俺は空いた時間で好きなようにやらせて貰う。


 とりあえずはエミルとクロムウェル王国を優先するから……別に構わないよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る