第6話 異世界のダンジョン


<< Kaie side >>


 という訳で、俺は勇者たちよりも一足先に、クロムウェル王国が所有する低級地下迷宮ロークラスダンジョンに向かった。同行するのは宮廷魔術士の金髪女――ステラ・アリストスだ。


 エミルも同行すると言っていたが、近衛騎士たちに止められて渋々引き下がった。そもそも国王ではなく王女のエミルが勇者召喚を主導しているのは、国王が諸国連合会議に出席するために不在だからという理由らしいが。わざわざそんなタイミングで召喚したのは、何か狙いがあるんだろう……帰ったら訊いてみるか。


 石の壁に囲まれて地下深く階層が伸びる地下迷宮ダンジョン。俺がいた世界にも地下迷宮ダンジョンはあったけど、この世界の地下迷宮も同じようなモノなのか……俺には興味がある。


「カイエ・ラクシエル様……貴方の実力はエミル殿下から伺っていますが、初めての地下迷宮なのですから自重してください」


 口調は丁寧だけど視線は冷たい。理由は解っているけどさ……俺のエミルに対する態度と勝手な行動。それに鍛錬場に行くときも一声掛けろと言われていたけど、無視したからな。だって、こいつは真面目過ぎるから面倒臭いんだよ。


 ステラ・アリストスを一言で言えば、堅物で融通の利かない女だ。年齢は二十二歳。アリストス家は代々宮廷魔術士を輩出してきた家系で、ステラも子供のころから宮廷魔術士を目指して来た。成績もそれなりに優秀で、十八歳から宮廷魔術士を務めているらしい。以上のことは俺が質問したら、普通に応えてくれた……ホント、真面目だよな。


「自重ねえ……なあ、ステラ。俺は一人で探索するからさ、おまえはここで待っていろよ」

 

「ラクシエル様……自重って言葉の意味が解っているんですか? 下位魔法で鍛錬場を破壊するような方を、一人で行動させる訳にはいきません」


「じゃあ、技能スキルは使わないって約束するからさ」


「ラクシエル様が自分で魔法を発動できることは解っていますから、技能スキルを使わなくても同じですよね」


 引き下がるつもりはないか。奇麗な金髪で顔立ちも整っていて、ステラは知的美人って感じだけど、俺のタイプじゃないな。こいつを連れて行くと余計な時間が掛かるけど……まあ、仕方ないか。


「解ったよ、ステラ……ところでさ、おまえも技能じゃなくて、普通に魔法が使えるんだよな?」


「ええ、そうですが。技能スキルは勇者様に授けられた特別な力ですから」


 この世界の連中には普通・・に魔力があり、呪文を詠唱することで魔法を発動する。感覚的には淳士たちよりも俺に近いってことだな。俺は魔力を見る・・ことができるから、ステラが宮廷魔術士の中でも比較的大きな魔力を持っていることが解る。まあ、低級地下迷宮ロークラスダンジョンなら自分の身くらいは普通に守れるだろう。


「それじゃ、行くか。ステラ、遅れたら置いていくからな」


「問題ありません。私が遅れることなどあり得ませんから」


 俺は異世界の地下迷宮ダンジョンの探索を始めた訳だが……如何にも低級地下迷宮ロークラスダンジョンらしく、スケルトンやオークといった怪物モンスターが待ち構えていた。


「ホント、低級ロークラスだな……『雷弾サンダーボルト』!」


 放電する巨体な光の弾が出合い頭に怪物モンスターを消滅させる。肉片の一つも残らないのは、俺の魔法の威力が強過ぎるせいじゃなくて……地下迷宮の怪物は『偽物ウェイク』だからだ。


 地下迷宮ダンジョンとは巨大な魔道具マジックアイテムのようなもので、自らが持つ膨大な魔力によって怪物を生み出す。これは俺がいた世界の地下迷宮の仕組みだけど、どうやらこの世界の地下迷宮も同じらしい。その証拠に……怪物が消滅すると結晶体クリスタルが残った。


 結晶体クリスタルは地下迷宮が生み出す魔力の塊で、その魔力によって怪物の身体や能力が生成される。


「なあ、ステラ。この結晶体クリスタルを換金できるか?」


「ええ、勿論。私たちにとって貴重な資源ですから。この地下迷宮は王国の所有物ですが、勇者様が怪物を倒して手に入れた結晶体は、勇者様に所有権があります」


 完璧な説明だな、さすがは真面目なステラだ。


「それにしても……ラクシエル様の下位魔法の威力は何なんですか。もし、よろしければ……ステータスリングでラクシエル様の能力値を見せて頂けませんか?」


「その『ラクシエル様』って呼び方を止めて、カイエって呼び捨てにするなら見せてやるよ」


「……ラクシエル様、お願いします」


 ステラ、おまえなあ……まあ、良いけどね。見せて減るもんじゃないし、能力値がバレたからってどうということはない。


「……」


 ステータスリングが空中に映し出す情報を見て、ステラは無言になる。仕方ないとは思うけどさ、なんか最近このパターン多いよな。


「じゃあ、次に行くか」


「……ちょっと、待ってください!」


 真面目なステラが珍しく抵抗する……いや、そこまでステラのことを知ってる訳じゃないけどさ。


「ラクシエル様……貴方はいったい何者なのですか?」


「カイエって呼び捨てにしたら、それも教えてやるよ」


 ステラは真っ直ぐに俺を見て、暫く葛藤していたが……


「カ、カイエ……これで良いですか?」


 何故か顔が赤い。訳が解らないけど……ちょっと面白いな。


「ステラ……俺は混沌の魔力を司る魔王なんだよ」


「……ふざけないでください! 私は真面目に質問しているんです!」


「ステラが真面目なのは解ってるって。だから、俺も正直に応えたんだよ」


 再び訪れる沈黙。ステラはじっと俺を見つめながら、思惑を測ろうとしている。俺が異世界の魔王だと言っても信じる筈はないけど、事実だからな。まあ、適当に嘘をついた方が無難なのは解っていたけど、真面目に訊かれたら真面目に応える……それが俺のモットーなんだよ。


「解りました……カイエ、貴方は尋常ではない力を持った存在なんですね。でしたら……その力を、どうか魔王を倒すためにお貸しください!」


 納得したのか、ステラは深々と頭を下げる。俺を召喚したときもステラは頭を下げたけど、今回の方がもっと誠心誠意という感じで真摯な想いを感じる。


「悪いけどさ、ステラ……それは約束できない。エミルにも言ったけど、俺にはこの世界の魔王を倒す理由がないから、おまえたちの言いなりになるつもりはないよ。自分の目でこの世界を見極めて、どうするか決めるつもりだ」


 これは俺の正直な気持ちだ。たぶんこっちの世界の魔王くらい簡単に倒せるけど、そいつが悪で諸国連合が正義かどうかも俺には解らないし、悪も正義も立場が変われば入れ替わる。そもそも俺は正義じゃない……混沌の魔力を司る魔王だからな。


「はい、解りました……カイエが私たちに力を貸してくれるように、私も精一杯頑張ります」


 ステラは真っ直ぐに俺を見つめる。エミルみたいに自惚れの強い奴も嫌いじゃないけど……前言撤回だ。俺はステラみたいな真面目な奴も奴も嫌いじゃない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る