第4話 被害者B


<< Atsushi side >>


 ヤ、ヤバかった! まさか『エミルたん』って声に出して言ってたとは……『たん』とか聞かれたら、オタクバレするだろ。いや、俺はオタクじゃないし……アニメもラノベもゲームも好きだけど、それくらい今どき普通だよな。うん。


 それにしても、カイエ君のコミュ力が高いのは良く解った。会話を始めて五分で、女の子と名前呼びしてるんだから。エミルたんが特別視するのも解る気がする……自分で言って空しくなるけど。いやいや、カイエ君はそもそも色々と反則だから。でも、おかげで俺もみんなの仲間に入れたんだから、感謝しないとな。


 カイエ君は、周りに集まって来なかった残り五人の勇者にも挨拶していた。相手の反応はまちまちだったけど、俺も便乗して……ていうか、カイエ君に後押しされて全員に自己紹介した。


 宮廷魔術士や騎士の人たちはカイエ君を厳しい目で見てたけど……いきなり王女のエミルたんを呼び捨てにして、魔法まで使ったみたいだから仕方ないか。カイエ君は全然気にしてないみたいだけど……それにしても、カイエ君は職業クラスなしで魔法が使えるんだよね。


 カイエ君がいた世界では普通に魔法が使えるそうだから、元々ファンタジー世界の住人ということだね。いや、実はカイエ君だけじゃなくて、他にも初めから魔法が使える勇者がいたんだ。カイエ君以外の十二人は全員日本人だけど……同じ日本に住んでいた訳じゃなかった。


 所謂いわゆる並行世界って奴なのか、ちょっと話したら、俺たちはお互いの常識がズレていることに気づいた。その中に……魔法が実在する日本から来た奴がいたんだ。現代ファンジー万歳! そっちの世界に召喚されたいって思っちゃったことは、内緒にしておこう。

 

 とりあえず、話を戻すと……結局、俺たちはその日のうちに職業クラスを決めることができなかった。宮廷魔術士の人たちも俺たちが迷うことは解っていたようで、職業クラスのことは後で良いからと、この世界での日常生活について説明してくれた。


 王宮の別棟にある宿舎には、勇者それぞれに個室が用意されていて、食事も宿舎の食堂で三食用意される。個室は照明にシャワーと水洗トイレ付きで……全部魔道具マジックアイテムらしいけど。ネットがないことを除けば、元の世界と大差のない生活ができる。アンテナの立たないスマホに愕然としたけど……さすがに仕方ないよね。


 宿舎には男女別の大浴場まであって、食事も旨くて、炭酸飲料はないけどジュースや冷たいデザートまである。ホント、至れり尽くせりだけど……これって勇者に対する期待がメチャメチャ高いってことだよね。うっ、プレッシャーが……


 まあ、こんな軽口が言えるくらいに快適な生活を送りながら、俺たちは時間を掛けて職業クラスを決めることができた。職業を決めた順に鍛錬を始めるけれど、本格的な鍛錬は全員が職業を選んでからということだった。


 俺は二日間悩んだ挙句に……中位職業クラスの『聖騎士』にした。


 聖騎士は一般的なRPGのイメージそのままで、剣や槍など近接戦闘技能スキルと乗馬技能、そして光属性魔法技能を持っている。下位職業の『戦士』に比べて階級レベルが上がりにくいし、中位魔法までしか使えないけど、攻守のバランスが良いし、光属性は唯一回復魔法が使える属性だ。


 階級レベルついては、これもゲームと同じで経験値が貯まると上がる。経験値を得る方法は鍛錬で、自己鍛錬でも少しは増えるけど、怪物モンスターを倒した方が多く得られる。


 そうだ……結局のところ、勇者の本格的な鍛錬とは怪物モンスター倒すことで、怪物がいるのは地下迷宮ダンジョン。つまり、俺たちは鍛錬と称してゲームと同じことをする訳だ。以上……ここまでは俺の担当宮廷魔術士のマイアさんが教えてくれた。


※ ※ ※ ※


 俺は聖騎士になると、早速技能スキルを試すために王宮にある鍛錬場へ向かった。そこは宿舎とは違う別棟の地下室で、すでに一人の勇者が鍛錬をしていた。


 明るい色のショートボブで、モデルのようにスレンダーな体形の彼女は――凪原結城なぎはらゆうき。エミルたんに元の世界に戻れるか質問して、黙ってしまった女の子だ。


「や、やあ、凪原さん……き、君が最初に職業クラスを決めたみたいだね」


 カイエ君みたいに、いきなり名前呼びは俺には無理だった。


「み、宮村君……だよね?」


 派手な見た目に反して、凪原さんは奥手な感じだ。気楽に名前呼びしないのも共感できる。


「う、うん。俺は聖騎士にしたんだけど……な、凪原さんは、どんな職業にしたの?」


 俺としては精いっぱいのコミュ力で話をすると……


「違うわ……」


 え? 違うって何が? 俺如きが質問するのは間違ってるってこと?


「私が最初じゃなくて……カイエ君の方が先に職業クラスを決めてたみたい」


「ああ、そういう事か……」


 俺はほっと胸を撫で下ろす……嫌われてなくて良かった。


「でもさ……カイエ君は鍛錬場に来てないみたいだね。そう言えば、宿舎でも見掛けなかったけど……」


 もしかして……いや、まさか……エミルたんと?


「それなら……カイエ君は地下迷宮ダンジョンに行ったみたい」


「え……地下迷宮に行くのは、全員が職業クラスを決めてからじゃないの?」


「私もそう思ってたけど……カイエ君とエミル王女が話をしているのを聞いていたから」


「え、カイエ君とエミルた……」


 同じ失敗を繰り返しそうになって、俺は両手で自分の口を塞ぐ。凪原さんは不思議そうな顔をしているけど、とりあえずはバレなかったみたいだな。


 凪原さんの話では、カイエ君は初日のうちに職業クラスを決めて、二日目の朝に鍛錬場で凪原さんと居合わせたらしい。そしてカイエ君が発動した技能スキルが……鍛錬場を破壊してしまったそうだ。そう言えば昨日地震があったけど……


「騒ぎに気づいたエミル王女がここに来て……カイエ君が鍛錬場を使うのは危険だからって、特例で地下迷宮に行くことを認めたみたい」


「でもさ……別にどこも壊れてないよね?」


 鍛錬場には壁にも床にもひび一つなかった。


「それは……カイエ君が魔法で直したから。エミル王女に口止めされたけど……私、見ちゃったの」


 凪原さんが遠い目をしている。え……マジかよ?

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