第3話 勇者たちの出会い


<< Kaie side >>


 エミルの元から戻ると、宮廷魔術士の金髪女が非難の視線を向けて来た。言いたいことは解るけど、面倒臭いから俺は気づかないふりをする。


 元の世界に戻る話を有耶無耶にした後、エミルが次に説明したのは、神によって授けられた『特別な力』――職業クラス階級レベル能力値ステータス技能スキルについてだ。


 召喚される前の能力に応じて能力値ステータスが決まり、必要な能力値ステータスを満たした職業クラスになれる。職業クラス毎に初期技能スキルがあって、鍛錬によって階級レベルを上がると、能力値ステータスが伸びて新しい技能スキルが習得できるって話だ。


 俺は『魔法解析マジックアナライズ』で解析済みだから、『特別な力』の詳細まで理解している。要するに常時効果パッシブエフェクトの組み合わせによって、勇者の力を底上げしているってことだ。


 能力値ステータスも、本人の能力そのものじゃなくて、身体強化魔法のように能力にプラスするものだ。筋力(STR)耐久力(DEF)命中力(AMI)回避力(AGI)魔法強度(MPW)魔法耐性(MDF)の戦闘能力に直結する六つの他に、戦闘中に消費するHPヒットポイントMPヒットポイントがある。


 HPヒットポイントは魔法防壁のように身体を包み込んでダメージを吸収するもので、HPがゼロになるまで本体は傷つかない。MPヒットポイントは外付けの魔力で、MPと魔法系技能スキルがあれば、自分の魔力を消費することなく魔法を発動できる。


 まあ、俺にとっては意味のないモノだけどさ……他の勇者(笑)たちの態度は、エミルの説明を聞いて明らかに変わった。


「マジで……完全にゲームの世界じゃないか!」


 さっきから感情表現の激しい奴が何か呟いているが……こいつみたいに勇者たちは人どころか動物すら殺したことがないような奴ばかりだから、力の魅力に取り憑かれたってことだろう。


 エミルは確信犯だな……このタイミングで『特別な力』について説明したのは、勇者たちの意識を元の世界に戻ることから逸らすためだ。


「説明は以上だけど……実際に体験した方が解り易いわよね」


 エミルは畳み掛けるように次の手を打つ。合図に従って宮廷魔術師たちが運んで来たのは、銀色の指輪だった。


「これはステータスリング――『特別な力』を視覚化する魔道具マジックアイテムよ。指輪を嵌めて意識を集中するだけで使えるから、試してみなさい」


 勇者たちは促されるままに指輪を嵌めて、空中に表示される各種能力値ステータスと選択可能な職業クラスに歓喜の声を上げる。


職業クラスの文字に触れれば、その特徴や取得できる技能スキルが表示されるわよ。職業クラスを選択することで、すぐに初期技能スキルが使えるようになるわ。魔術士系職業クラスなら魔法が発動できるし、戦士系職業クラスなら壁くらい簡単に壊せるわよ」


 エミルの甘い囁きに、勇者たちは興奮気味で表示される説明を読んでいる。俺はステータスリングを『魔法解析マジックアナライズ』で解析してから、全非公開モード・・・・・・・で試してみた。


 ステータスリングが表示する情報は項目毎に公開・非公開・常時公開が選択できて、非公開モードでも自分には見える。エミルが意図的に説明を省いたのかどうかは……俺を見ているあいつの表情から想像がつく。


「言い忘れていたけど……表示される情報は公開・非公開・常時公開が選択できるわ。だけど戦闘をするときは、少なくともHPバーだけは常時公開にすることを勧めるわ」


 目立つ緑色の線で表示されているのがHPバーで、公開しておかないとダメージを受けても周りには解らない。戦闘中にいちいち意識を集中してられなから、表示モードの説明は必須だ。だから、エミルも最終的には説明するつもりだったと思うけどさ……表示された勇者の情報を、宮廷魔術士たちがバッチリみていたからな。


職業クラスは後から変更することもできるけど、転職クラスチェンジに必要な能力値ステータスは高くなるし、ペナルティもあるから、じっくり選ぶと良いわ。後の細かいことは担当の宮廷魔術士が説明するから、私は失礼するわね」


 エミルは近衛騎士たちを従えて広間を退室しようとするが、俺と目が合うと意味深な笑みを浮かべて、こっちにやって来た。


「ねえ、カイエ……貴方って大胆な行動をする癖に、意外と用心深いのね」


「いや、そうじゃなくてさ。人に踊らされるのが嫌いなだけだよ」


 俺の不躾な態度に近衛騎士と金髪女が文句を言わないのは、エミルが身振りで黙らせてたからだ。俺が『特別な力』やステータスリングの機能について事前に知っていたことに、エミルも疑問を懐いている筈だけど……ストレートに訊かないのは、自分なら俺をどうにでもできると侮っているからだな。


「なあ、エミル……してやったって感じだけどさ。あいつら・・・・だって、全員がおまえに踊らされるとは限らないからな」


 エミルの視線を勇者たちの方へ促す。


「あら、人聞きが悪いわね……そんなことは考えていないわよ。私は一番思い通りにしたい人を、どうやって懐柔するかで頭がいっぱいだわ」


「ふーん……じゃあ、俺が手を貸しても構わないよな?」


 何か余計なことを言うつもりなのかと、エミルは訝しげな顔をする。


「別に構わないわよ……カイエ、貴方がどんな世界から召喚されたのかは解らないけれど、他の勇者たちは貴方とは違うわ」


 俺以外の勇者たちは、ぬるま湯のような世界で生きて来たのだろう。そんな奴らを手玉に取るなど容易いと、エミルは笑う。


「だけどさ、あいつらも自分の頭で考えるべきだし。少し考えれば……これまでに召喚された勇者がどうなったのか、気になるんじゃないかな」


 説明の仕方が手慣れているから、今回初めて勇者を召喚した訳じゃないだろう。だけど、説明の中に過去に召喚した勇者の話はなかったから、意図的に隠していると思うのも当然だよな。


「カイエ……貴方は私の邪魔をするつもりなの?」


 表情は変わらないが、エミルの目から笑みが消える。


「そんなつもりはないよ。俺はエミルみたいな奴は嫌いじゃないって言っただろう」


 琥珀色アメジスト瞳が俺を見定めるように煌めく。


「良いわ……私も貴方みたいな優秀な人・・・・は嫌いじゃないって言ったわよね?」


 エミルは俺と肩が触れないギリギリの距離で横を通り過ぎると、広間を出て行く。


 そんな一部始終を……さっきの感情表現の激しい勇者がガン見していたことに、俺もエミルも初めから気づいていた。


「それで……おまえは随分とエミルに興味があるみたいだな」


「うわわわわわ!!!」


 背後から声を掛けると、そいつは呆れるほど慌てまくる。瞬間移動したんだから、驚くのは仕方ないけどさ。あまりの大声に、周りの連中が注目している。


「俺はカイエ・ラクシエルだ、よろしく。おまえは?」


「お、俺は……宮村淳士みやむらあつしです」


 自分の大声のせいで注目を浴びているのに、淳士は非難の視線を俺に向けて来た。


「ラクシエルさん……っで呼んで良いんですよね?」


「いや、淳士。カイエって呼び捨てにしろよ。あと、敬語も禁止だ……俺とおまえは同じくらいの年だよな」


 見た目だけは……なんて、いちいち説明するつもりはない。


「いきなり呼び捨てって……俺は十七だけど、カイエ君は?」


「だから、淳士。『君』もいらないって……俺は十八だよ」


 同じ年だと言っても良かったが、淳士はガキっぽいからな。年上設定の方がしっくりくるだろう。


「じゃあ、年上だからやっぱりカイエって呼ぶことにするよ。ところで、さっきの話だけど、エミルた……」


 そこまで言い掛けて、淳士は周りに他の勇者たちが集まっていることに気づく。


「あの……私もカイエ君って呼んで良いですか?」


「私は二詩織紗枝にしおりさえ。カイエ君、よろしく!」


 いきなり派手にやった俺のことが気になるけど、派手にやり過ぎたせいで勇者たちが躊躇ためらっていたのは解っていたから……淳士に声を掛けた理由の半分は、この状況を作るためだ。


「ああ、カイエって呼び捨てで良から。紗枝さえもよろしく」


 女子の方が積極的だが、こんなものか。俺は集まって来た他の六人の勇者たちと互いに自己紹介しながら、淳士を促して会話の輪に加える。とりあえず、一通り自己紹介が済む。


「なあ、淳士……」


「うん? どうかした、カイエ君?」


 ちょっと打ち解けたタイミングで淳士に訊く。


「さっき言い掛けてた……『エミルタ』って何のことだよ?」


「……な、何でもないから!」


 淳士は真っ赤になって否定するが……大体想像がついたから、突っ込むのは止めておいた。

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