第2話 魔王カイエ


<< Kaie side >>


 崩壊した都市。絶望する人々。終わり行く世界……こんな状況を作り出した奴らを倒すために、俺は自分の魔力・・・・・を暴走させて消滅した筈だけど――気がつくと知らない場所にいた。


 仄かな光に照らし出される床に描かれた魔法陣。魔法陣の中心に立つ俺は、金糸で装飾された豪華なローブ姿の集団に取り囲まれている。


「なあ……ここは何処だよ?」


 俺の問い掛けに、銀の錫杖を持った金髪の女が恭しく頭を下げる。


「ようこそ、クロムウェル王国へ……異世界の勇者様」


 異世界の方は、まあ良いとしてさ……勇者とか笑わせてくれるよな。俺は混沌の魔力を司る・・・・・・・・魔王・・だから。


 女は俺の知らない言葉で喋っているのに、意思疎通ができるのは魔法効果マジックエフェクトのせいだ。俺が『魔法解析マジックアナライズ』を発動させると、常時効果パッシブエフェクトが複数発動していた。職業クラス階級レベル能力値ステータス……何なんだよ、これは?


 魔法を掛けられたんじゃなくて、俺の身体に変化が起きたということか。異世界というのも、あながちデタラメじゃないみたいだ。


「おまえらさあ……何を勝手なことをしてくれたんだよ」


 常時効果パッシブエフェクトの方は解析済だから、いつでも解除できるけど。元の世界に帰る方法なんて俺には解らない……まあ、構わないか。やれることは全部やったからな、後のことはあいつら・・・・に任せても問題ないな。


「勇者様を召喚したことについては、本当に申し訳ございません。ですが……」


「ああ、解ってるって。文句は言ったけど、おまえたちにも事情があるんだよな? 話くらい聞いてやるからさ、責任者のところに案内しろよ」


 俺は消滅することを・・・・・・・覚悟していた・・・・・・からさ、今生きているのはオマケみたいなものだ。だから……とりあえず、今は異世界って奴を楽しむことにするか。


 宮廷魔術士だと名乗った金髪の女に連れられて、俺が向かったのは王宮の広間だ。他にも宮廷魔術士らしいローブ姿の集団と、そいつらが連れている場違いな格好の奴が十二人……肩や胸元が露出した服を着ている奴なんて、俺くらいだと思っていたよ。


 広間の奥にある玉座には、近衛騎士を従えた如何にも王族という感じの女が、片肘を突きながら俺たちを眺めていた。


「私はエミル・クリステリア、クロムウェル王国の第一王女よ。異世界から召喚した貴方たち勇者には、この世界を救うために魔王と戦って貰うわ」


 エミルが言うには、クロムウェル王国を含む諸国連合は魔王軍と百年以上も戦っていて、戦況を打開するために異世界から勇者を召喚したそうだ。何処かで聞いたような話だけどさ……


「なあ、エミル。それって、おまえたちの勝手な都合だよな」


 俺はエミルの目の前に立って、琥珀色アメジストの瞳の奥を覗き込む。誰も止めなかったのは、瞬間移動・・・・したからだ。


「エミル殿下! 貴様……勇者だからと、何をしても許されると思うな!」


 近衛騎士たちが一斉に剣を抜いて、宮廷魔術士たちが慌てて呪文の詠唱を始めるが……エミルが片手を挙げて止めた。


「貴方は……召喚される前から魔法が使えたってことよね? なかなか優秀じゃないの……不躾が過ぎるけど、私は嫌いじゃないわよ」


 エミルが余裕たっぷりなのは王族だからじゃなくて、自分の力に自信があるからだろう。魔力を見る・・ことができる俺には、エミルが持つ魔力が宮廷魔術士の五倍以上だということが解る。


「ねえ、貴方……名前を教えてくれない?」


「カイエ・ラクシエルだよ。俺もおまえみたいな奴は嫌いじゃないけどさ……そっちの勝手な都合で召喚した癖に、魔王と戦えって命令するのか?」


 エミルは口元に笑みを浮かべる。


「そうね……確かにその通りね。訂正するわ……勇者カイエ・ラクシエル、どうか私たちを救うために力を貸して下さい」


 これで良いわよねと言いたげで、全然人にモノを頼む態度じゃないけど。話が進まないから突っ込むのは止めておく。


「魔王と戦うかどうか決める前に……エミル、質問に応えてくれよ。おまえが俺の知らない言葉で喋ってるのに意志疎通ができるとか、俺の身体に起きた変化とか……これって誰の仕業だよ?」


 俺の身体に仕掛けを施すなんて、並大抵の奴にできることじゃない。犯人が知りたいから、俺はストレートに訊いた。エミルは一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに面白がっているように笑った。


「もう全部気づいているなんて……カイエ、貴方って本当に優秀よね。良いわ、教えてあげる……正直に言えば、私も理屈で理解してる訳じゃないけど、異世界から召喚した勇者には、神様が『特別な力』を授けるって言われているわ」


「へえー……言われている・・・・・・ってことは、おまえも神様に会って直接確かめた訳じゃないんだよな?」


「当たり前じゃない。神様に会える筈がないでしょ?」


 エミルは訝しげな顔をするが、大体の状況は解ったから質問を切り上げる。本当の仕掛け人が誰なのか、そんな奴が存在するのかも、エミルは知らないってことだな。


「ねえ、カイエ……結局のところ、貴方は魔王と戦ってくれるの?」


 ミルクティーベージュの艶やかな髪と琥珀色アメジストの大きな目に、ピンクの形の良い唇。エミルは自分が美少女だと自覚して武器にしているけど……俺には通用しないからな。


「そうだな……とりあえずは保留だな。俺には魔王って奴と戦う理由がないから、おまえの言いなりになるつもりはないよ。まあ、この世界に興味はあるし……自分の目で見極めから、どうするか決めるよ」


「良いわ……カイエ、貴方が私のために・・・・・戦ってくれるように、絶対に懐柔してみせるから」


 自信があるのは悪いことじゃないけど……エミル、せいぜい頑張ってくれよ。


「話の腰を折って悪かったな。訊きたいことは訊いたから……エミル、あいつら・・・・に説明の続きをしてやれよ」


 完全に置き去りにしていたけど、ここには俺以外に十二人の勇者(笑)がいる。場違いな格好の奴らが召喚された勇者だってことは、俺と同じ常時効果パッシブエフェクトが発動しているから解っていた。


 俺が近衛騎士と宮廷魔術師士たちの敵意に満ちた視線を素通りして、金髪女のところに戻ろうとすると、エミルは肩を竦めて説明を再開した。


 勇者には魔王と戦うための『特別な力』が授けられている。その力が開花すれば魔王すら倒すことが可能だが、開花させるためには鍛錬が必要だ。鍛錬の方法は教えるし、鍛錬する場所も提供するから、まずは鍛錬に励んで欲しい。そして魔王を倒した暁には、望むままの褒賞を与えるという……


 つまり……予想はついていたけど、エミルは俺たちを元の世界に帰す方法を知らないってことだな。知っているなら、真っ先に交渉条件として提示する筈だから。


 他の勇者も俺と同じことに気づいたようで、どうしたら元の世界に戻れるのかと質問していた。


「貴方の質問の意味が解らないわ……魔王を倒せば、私は望むままの褒賞を与えると言ったわよね?」


 エミルは帰還させる方法については一切触れずに、後でどうにでも言訳できる形で応える……これって、詐欺の常套手段だよな。


 だけど、王女のエミルに凄まれると、勇者たちはそれ以上追求できなかった。


 おまえらさあ……自分のことなんだから、もっと頑張れよ。

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