③家族

「名前?」

「うん。まあ男の子か女の子かも分からないけどさ。ちょっと考えておいた方が良いかなって」


 もう随分と、お腹は大きくなってきていた。いつ産まれてもおかしくない。この頃になるとエフィリスは、一日中マルに付きっきりだった。


「そりゃ、かっこ良い名前だろ。勇ましい、雄々しい感じで」

「だから、女の子の可能性もあるってば」

「なら無茶苦茶可愛らしい名前にしねえとな。思い付かねえけど」

「だから今のうちに考えとくの」


 エフィリスは不器用ながら、あれやこれやと世話を焼いてくれている。彼の努力とマルの弁護もあって、もう彼を蔑む視線は院内には無くなっていた。『夫』『父親』として、なんとなく雰囲気が出始めていたのだ。


「……名前か。俺なんか適当に付けられたらしいからな。拾われた時も親の名前すら分からなくてよ。実は誕生日とか年齢も適当なんだよな」

「わたしも似たような感じだよ。小さいからマルだって。実の親なんて、顔も知らないし今どこで何してるか知らないけど」


 孤児院には、暗い過去を持つ子供も少なくない。エフィリスにとっては、もう30年以上前の事になるが。


「トレジャーハンターはさせるだろ?」

「それも自由でしょ。この子が好きに選んだら良いわ」

「……そうだな。自由。希望。未来。そんな名前が良いかもな。明るい感じで」

「うん。エフィリスが考えてよ。わたしより大人なんだから沢山言葉知ってるでしょ」

「ふむ。分かった。まあ任せとけ」

「それとね。これは4年後なんだけど。結婚するなら、ファミリーネームも考えないと」

「……!」


 エフィリスは、今までで一番マルとの時間を過ごしている。吃驚することが沢山あった。知らなかったのだ。いつも自分の後ろを付いてきていた少女が、こんなにも色々考えているということを。


「……そうか、ファミリーネーム」

「ふふ。なにその顔。そうよ? わたし達、家族になるんだからね。今気付いたの?」

「……家族っ」


 逆に、あまりにも考えてなさすぎなエフィリスを見て、マルは可笑しくなった。


「そうよ。家族。孤児院の皆とかじゃない、血の繋がった家族。わたしと、エフィリスの、本当の家族ができるんだから」

「…………そうか。もう、独りじゃねえのか」

「……そうよ」


 噛み締めるように言うエフィリスを見て、涙が滲んできた。独り。これは孤児の誰もが悩むことだ。どこまで行っても、自分は天涯孤独であると。院の職員がどれだけ優しくても、孤児の仲間とどれだけ仲良くても。事実として、誰とも血縁が無い。関係無いと言うことはできるが、変えられる事実ではない。そこから抜け出す唯一の方法が、自身の子を産むことだ。


「じゃあ、これはわたしが考えるね。エフィリスにプレゼントしてあげる」

「…………おう」


 しっかりしている。本当に自分の方が年上なのだろうか。エフィリスはそう思った。


「……ごめんね」

「あん?」

「冒険、ほんとはやっぱり行きたいでしょ」

「…………あー」


 マルは色んな所に気が付ける子だ。自分が頼んだとは言え、エフィリスをここに縛り付けているという負い目があるらしい。


「たまにゃゆっくり過ごすのも悪くねえよ。どうせまた出るしな。それに、ここでガキ共を育てることもできる。次世代のトレジャーハンターをな」

「……うん」

「や、だからお前がそんな申し訳無さそうにすんなよ。自分の女が子を産むって時には男は側に居るべきだろ。お前が正しいって」

「……うん。わたし、エフィリスの女なんだね」

「なんだそりゃ。違うのかよ」

「ううん。えっとね、わたしエフィリスは好きだったけど、憧れが大きくって。どこか、遠い雲の上の存在みたいだったっていうか」

「……今はもう違えだろ。お前は俺の女だ」

「…………うん。嬉しい。ねえキスしてよ」

「はあ?」


 目が合った。エフィリスの眉はひん曲がってしまった。


「何言ってんだ」

「今誰も来ないって。ねえ。わたしは好きだけど。エフィリスからは無いじゃん今まで」

「あのな……。ガキじゃねえんだから」

「ガキだってば、わたし。そんなガキを孕ませたの誰よ」

「……ぬぐ」

「……それとも。『好意持たれたから1回くらい抱いてやるか』って?」

「…………何、言ってんだ」

「『できちまったから一応責任は取るが、本当は――』」


 ひん曲がったまま。


「――……」

「………………」


 マルの。


「……減らず口が」

「…………わたしはエフィリスの女で、世界でわたしだけがエフィリスの女だよ。そこんとこ、ちゃんと頼むからね」

「…………ああ。分かってるよ」


 作戦勝ちだ。

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