番外 英雄の日常編

①感謝

「………………」


 マルは溜め息を吐いた。こうなることが分からなくて、いつも通りに門をくぐったのだろう。


「……! ……!」


 玄関の方から喧騒が聴こえる。彼が、問い詰められているのだ。


「ほら行ってこいボケ!」

「ぐぁっ」

「………………はぁ」


 皆に殴られ、貶され、ボロボロになったエフィリスが、部屋に入ってきた。

 ここは孤児院。エフィリスとマルが育った場所だ。尤もマルがここに引き取られた時には、エフィリスは既にトレジャーハンターをやっていたが。


「どうだった?」

「……死ぬほど怒られた。あのババアまじで元気過ぎんだろ……」


 ここはルクシルア共和国。その法律では、結婚は男女共に20歳からとされている。当然ながら、この世界に快楽目的の避妊という概念は一般的ではない。つまり性交渉自体、20歳からという風潮がある。

 マルは今、16歳である。そのお腹には、エフィリスとの子が居る。この場合どうなるか。

 法律として、勿論結婚はできない。つまり父親に責任が生まれないのだ。現に貧困層ではそういった社会問題が発生している。孤児院で預かる子供も、そういった経緯で産まれてしまった子供が多い。

 それをお前が繰り返したのかと、エフィリスは責められたのだ。半分以下の年齢の少女に、何をしているのかと。30を過ぎた、国が誇る英雄、特級ハンターが、と。


「……わたしが怒ってる理由は分かる?」

「え。……えっと。未成年に」

「バカそこじゃない」


 今、マルは孤児院の一室を貰って安静に暮らしている。クリュー達と別れて、もう2週間が経っていた。そして今日、エフィリスは帰ってきたのだ。


「わたしがエフィリスを好きだったんだから、この子を授かったことは幸せなの。法律なんか関係ないの。……エフィリスにとっては、遊びだったのかもしれないけどね」

「いや、そんなことねえよ! 一生守るぜ!」

「じゃなんで2週間、どっか冒険行ってたの」

「ぅ……!」


 マルと同じ世代の子達は吃驚しただろう。ハンターをやっていた彼女が、妊娠して帰ってきたのだ。


「……だって、また怪獣がよ……」

「こっち来て」

「!」


 マルはエフィリスをベッドに呼んだ。彼は居心地悪そうに、彼女の隣に座る。身長差がある。歳の離れた兄妹のようだ。マルが年齢の割に幼顔な為親子でも通じるかもしれない。


「あのね。大事な話を聞いて」

「……お、おう」


 マルは、エフィリスの手に自分の手を重ねた。

 ぴくりとした彼を見上げて、視線を合わせる。


「わたし、すっごく不安なの」

「……!」

「わたしがまだ子供だし、身体も同年代の子と比べて小さいし。ちゃんと産めるかなって」

「…………マル」

「産んでからもね。きちんと育てられるかなって。まともな教育も受けてないしさ。まあ多分、ここで他の子と一緒に育てることになると思うけど。院長先生も手伝ってくれるけどさ。……ちゃんと『お母さん』できるかなって。胸も小さいし、ちゃんとお乳出るかなって」

「…………」


 小さい。

 マルは小さいのだ。重ねられた手も。顔も。身体も。


「不安なんだよ。……分かってくれる?」

「…………おう」


 エフィリスとしては。

 自分を好いている女が居た。抱いた。子ができた。なら結婚だ。

 その程度の認識だったと問われて、100%の否定はできない。分かっていなかったのだ。

 自分が。マルが。孤児院の子供達が、『どのように』産み落とされ、孤児院へ流れ着いていたのか。きちんと考えてはいなかった。その場その場で生きていた。前だけ見て。


「じゃあせめて、この子が産まれるまでわたしから離れないでね。ずっと側に居て。わたしね。不安だらけだけど……。エフィリスに撫でられてると、安心するから」

「……!」


 特級トレジャーハンター『炎のエフィリス』は、一度立ち止まる時が来た。己と周りを見詰めて、考える時が来た。


「分かった。悪かったな。4年後はちゃんと結婚して、家も建てよう。マル」


 その機会をくれたこの女性に、感謝せねばならない。望み通り、いつものように頭を撫でてあげた。いつものように、彼女は心地よさそうに撫でられた。


「うん。ありがとう。大好きよエフィリス」

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