③スタルース家

 広い庭があって。


「クリュー坊っちゃん!」

「アーリャ。父上は居るか」


 メイドが居て。


「わ……」


 巨大な玄関と、廊下には絵画。天井にはシャンデリア。床は高級そうな絨毯。


「やば……」


 ヤバい、という言葉ではクリュー達には伝わらない。だが呟く事しかできない。田舎者のように、キョロキョロとするしか。


「父上。ただいま戻りました」

「…………クリューか」

「!」


 あれよあれよと、その部屋へ入っていた。クリューの父、レアダスの書斎である。


「……驚いたな」

「!」


 レアダスはシアを見て、そう呟いた。商人の『品定め』をするような鋭い目付きに充てられて、彼女は硬直してしまう。


「13年前と変わらない容姿だ。……上手く解かせたのだな。クリュー」

「はい。私の目的はここに達成されました」


 クリューが、シアの背中をぽんと突いた。彼女は硬直したまま、ぺこりとした。


「シア、です……。よ、よろしく、お願い、します……」

「彼女は私の求婚を受け入れてくれました」

「ふむ……」


 レアダスの記憶では、彼女は氷漬けだった。それが、今こうして。目の前で動いて喋っている。


「……『古代人』も、緊張するのだな」

「…………!」

「ふっ」


 ある種神秘的な、神々しさすら感じていた『芸術品』という認識だった。それが。解けて見れば。

 ただ、恋人の親に会って緊張している普通の町娘なのだ。レアダスはそれが可笑しかった。


「シアさん」

「は、はいっ」

「私はレアダス・スタルース。クリューの父親だ。……クリューから聞いているかもしれないが、商人をやっている」

「はいっ」

「『ネヴァン事件』について詳しいことはまた聞くとして。……クリューは好きか?」

「!」


 シアからすれば。大きな屋敷を持つ大商人で、殆ど貴族のようなイメージをしていた。格式高い感じで、クリューの旅に反対していていもおかしくないと。訳の分からない自分を受け入れはしないかもしれないと。

 だがその表情は。穏やかで、優しい、気の良い『おっちゃん』だった。


「……好きです。えっと。……私、最初は言葉も分からなくて。独りで、不安だったんですけど。クリューさんが、ずっと付いてくれていて。……この人と居たら、不安は無くなるんです。優しくて、強くて。好きです」

「…………」

「……ぁっ」


 言ってから。はっとして口を抑えた。自分は緊張して何を口走ったのかと。


「……『古代人だ』と、身構えていた私が馬鹿みたいだな。クリュー」

「ええ。彼女はとても魅力的です」


 だがレアダスは、嬉しそうにそれを聞いていた。


「ならばシアさん。君も身構えなくて良い。今日からこの屋敷は、君の家だ。スタルース家一同で、歓迎しよう」

「…………!」


 緊張し過ぎて。恥ずかし過ぎて。嬉し過ぎて。

 シアはぺたんと座り込んでしまった。


「ぅうっ……!」

「おいおいどうしたんだ」

「彼女はよく泣きます。どうやら我々より、彼女達古代人は情緒が豊かなようなのです。【心】が、とても豊かなのです」

「…………なるほどな。で……」


 一緒にしゃがみ込んで、背中をさすってやるクリュー。レアダスは続いて、もうひとりの少女に目をやった。


「君も来たのか」

『ハイ。ワタシはますたーであるクリュー様のお手伝いロボットですから』

「ふむ。勿論歓迎しよう。クリュー。今晩は全員で食事を催そう。クレア達にも、紹介してやらねばならぬしな」


 結婚を認める、認めない。親が持つその権限は大きい。少なくともこの時代のラビア王国ではそうだ。だが、レアダスは商人である。『時代は移りゆく』ということを最前線で知っている人種なのだ。自慢の息子が選んだのであれば、家柄など不問だと。そもそも古代人だ。興味は尽きない。何よりシア自身が、その出自に関係なく『可愛らし』かった。


「仕事の話は明日だ。クリュー」

「はい。……さあシア行くぞ。屋敷を案内する」

「…………ぅん……」


 歓迎された。

 それだけで、シアは充分だった。

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