②帰還
ゴトゴト。ゴトゴト。
「……ちょっと慣れてきたかも」
「それは良かった。冒険はもうしないとは言え、馬車に乗る機会は多いだろうし」
「うーん……。まだ遠くを見てなきゃちょっとヤバいかも」
『ご無理なさらず。シア様』
馬車に揺られる。3人。街まで御者を個人で雇った為、貸し切りである。金があるということは、贅沢ができるということだ。
「……オルヴァさんとリディさんは、何年かしたら帰ってくるんだよね」
「ああ。それまでに俺達の屋敷を建てておかなくてはな。……まあ一度、結婚式で会うが」
『居場所を特定する意味でも、おふたりがギルドに登録するのは都合が良かったですね』
「ふむ。確かにな」
会話はあるが、昨日までと違って騒がしくは無い。8人から一気に3人になったのだ。クリューもサスリカも静かで大人しい為、それがより際立っているとシアは感じた。
「…………クリューさんのご家族って、どんな感じなの?」
「父母は健在だ。歳の離れた弟妹が居てな。母はそれに付きっきりな為、あまり会話をする機会が無くてな。専ら父とばかり話していた」
「へえ、きょうだい居るんだ。何人?」
「弟がふたりと妹がひとり。まあ普通だよ」
「……普通なんだ。大家族じゃん」
「そうか? どこも大体3〜4人じゃないか」
「(あ。カルチャーショック。そっか。この世界のこの時代だと、私の知る平成日本の倍くらい産むんだ)」
シアは、クリューの実家に近付くにつれて緊張感が増してきていた。父親が大商人とは、聞いている。怖いのだ。もしかすると認められないのではないだろうかと。彼女は身元不明で、身分を証明するものが無い。正に『どこの馬の骨とも知れない女』なのだ。
「……え。私も、そのくらい産む、の?」
「…………」
緊張で、つい。ぽろりと、そんなことを訊いてしまった。直後に、顔が赤く染まった。
「……シアの、負担にならないような計画をきちんと立てよう。産むのはシアだ。腹を痛めるのはシアだ。『古代の基準』で問題無い」
「…………ぅん。ありがと……」
クリューからは、真面目に返答が返ってきた。変なことを想像してしまったシアは、さらに輪をかけて恥ずかしくなってしまった。
「どうしよう。大丈夫かな私……」
「何も心配しなくて良い。『俺が』選んで連れてきた女性だ。誰にも文句は言わせないさ」
「……ぅん」
ただでさえ。
相手の両親に会いに行くなど、想像を絶する緊張を伴うのだ。それなのに。シアは。
『中世ヨーロッパのような異世界』の『大商人の長男』と結婚するため、『馬車』で『屋敷』に向かっているのだ。
「(私なんて、この世界の常識とかも知らないし、身体も大きくないし、何も無い。本当に大丈夫かな……)」
何を言われるか分かったものではない。
『シア様』
「えっ」
サスリカが。いつの間にか握り締めていた拳を機械の手で包んでくれた。
『クリュー様は好きですか?』
「…………そりゃ。大好きだよ」
『なら、大丈夫です』
「!」
いつの間にか俯いていた視線を上げると、にっこりと微笑むサスリカが映った。
『遥か古代でも、シロナ様とレオン様のことは、全世界が反対してましたから』
「…………なにそれ。そうだったっけ」
『ちょっと盛りました』
「……もう」
少しだけ、気が楽になった。隣に、クリューが居る。反対側に、サスリカが居る。
確かに大丈夫そうだ、と。
数時間後に、彼らは到着した。シアの目の前に、巨大な門と外壁が現れた。
「…………ここが、クリューさんの実家?」
「ああ」
普通、と彼は言った。中流だと。別に大きくは無いと。
「……洋画じゃん」
「ヨーガ?」
「古代語っ!」
シアの感覚ではこれは豪邸である。確かにここまで来る途中に見掛けた大屋敷達よりは小振りであるが、完全に豪邸である。グランドの中心に校舎があるような広さであった。
「……行こう。早くシアを紹介したい」
「………………ぅ、うん」
この屋敷に嫁ぐのだ。シアの心臓は跳ね回っていた。
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