②ますたーリディ

 ある、休暇の日。


「…………ん……」


 さわさわと風が窓から入ってきた。それで目覚めたリディは、目をこすりながら上体を上げる。


「…………あたしより早起きなのムカつく」


 もう既にオルヴァリオは部屋に居なかった。ムカつくので、もう少し布団にくるまることにした。裸なので、風が少し寒いのだ。どうせ彼が開けたのだろう。


『リディ様。おはようございます』

「…………んん」


 そこへ、サスリカがやってきた。


「……今日は休みよ、サスリカ」

『皆で朝食をと、ますたーが』

「………………分かったわよ」


 サスリカは、古代の機械人形だ。つまりロボットである。所有者マスターに付き従い、その手伝いをする。現在は、彼女を1万年振りに起動させたクリューを『ますたー』としている。


「おはようリディ。寝癖凄いぞ」

「……良いのよ。家族同然のあんたらに気を遣う必要なんて無いし」

「それはそれでどうなのだろう」


 屋敷の主もクリューだ。彼の隣に、朝食を運んで並べ終わったシアが座る。自分の隣には、朝のトレーニングを終えたらしいオルヴァリオが座った。


「……クリュー、あんたさ」

「ん?」


 まだ、瞼が半分ほどしか開いていないリディが、じとりとクリューを見た。


「あたしが見付けたサスリカのマスターになって、エフィリスが見付けたシアを娶って。やりたい放題よね」

「………………」


 クリューは、目を丸くして。シアと見合わせて。オルヴァリオとも見合わせて。サスリカとも同じく。


「…………凄い」


 言葉に詰まって。


「ことを言われたぞ今。俺。リディ。正直吃驚しているぞオルヴァ」

「どうしたリディ。……まあ割りといつもそんな感じだけどよ」


 吃驚した。


「別に、ただそう思っただけよ」

「……確かにサスリカのことは、悪いと思っている。あの時は、誰でも可能性があった。リディが起動していればリディがマスターだった訳だ」

「……まあ確かにな。シアのことは?」

「それは俺の努力だ」

「…………!」


 シアの頬が染まる。


「それに、今の生活や環境は俺の努力と、皆の助けがあって叶えたものだ。決して、何の代償も払わず楽をして得た『幸せ』じゃない。リディも知ってるだろ」

「……そうね。そうだけど。……ちょっと、羨ましくなっただけよ。嫌な気分にさせたらごめん。忘れて」

「…………リディ」


 今日のリディは少し変だ。オルヴァリオも肩を竦めた。


『……では、替えますか?』

「え?」


 キュインと、もはや聞き慣れた駆動音と共に。サスリカが提案した。


『ますたーが許可なされば、「ますたー」の変更は可能です。……こんなこと、不和の元になるのであんまり提案すべきでは無いと思いますが。この世界の基準では、ワタシの所有者は第一発見者。即ちリディ様になるのでしょうし』

「…………」


 再度、全員がお互いを見合わせる。


「……不和の元、か。今更俺達に不和も何も無いだろうに」

『ハイ。ですから提案しました』

「じゃあやってみるか。なあリディ」

「ふぅ。分かったわよ。そうね」

「お?」

「(別にクリューにもオルヴァにもシアにも文句なんか無い。あたしだってやりたい放題してやるわよ)」


 あんな失礼なことを言われても、ポカンとしている。ウチの男共はつくづく、変人だ。

 リディは朝食を掻き込んで、席を立った。


「ご馳走さま。じゃ支度してくるわ。サスリカ。あんた今日一日あたしがマスターよ。買い物付き合いなさい」

「!」

『ハイ。ますたーリディ』


 するともう、いつも通りのリディだった。男性陣は再度顔を見合わせる。


「あとシアもよ。たまには女子だけでショッピングするわよ」

「え! やった! わーい。あっ。家事は」

「そんなの男にやらせなさい。今日くらい」

「わーい」

「ぷっ」

「なによ」

「(……俺の我儘に付き合って貰い続けているからな。リディ自身も無意識に、精神的な疲れは溜まっている筈だ)」


 オルヴァリオが吹き出した。つられて、クリューも笑った。


「ああ、羽根伸ばして来いマスターリディ」

「茶化すな」


 リディも笑った。

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