③特別

「ま、この辺りで良いだろ。これより奥は危険だ」

「そうですね。予定より浅いですが」

「ぬぐっ……」


 一行は巨大な岩がボコボコと出ている地帯へやってきた。視界は狭く、馬車もぎりぎりの道だった。


「わたしに気遣ってるのよ」

「へっ」


 今、荷車にはマルとシアのふたりが座っていた。他のメンバーは外で警戒している。もう、猛獣が出る地帯なのだ。馬車の速度もそれに合わせて遅い。この速度なら、まだシアも酔わないらしい。


「エフィリスって、冒険は凄いけどそれ以外てんで駄目だからね。『女の子』のことを何も知らないし、知ろうとしない。なんか勝手に神聖視してて、わたしが身籠ったと思ったら急に優しくなるんだもん。なんかキモい」

「…………はは」


 苦笑いが出た。ぷりぷりと文句を言うマルは、シアから見ても年下だと感じる。そんな子が、もう母親になるのだ。とても不思議な感覚がした。


「……ごめんね。身重なのに無茶させちゃって」

「ううん。シアは悪くないし問題ないわ。出産寸前まで未開地潜ってた女性ハンターなんて普通に居るし。わたしだって特級ハンターだから。……まあ銃は何があっても絶対に撃つなってサーガに厳しく言われたけど」


 窓から、外を見る。エフィリスが一番先頭に立って居た。あの男が父親になるのだ。それも不思議だった。


「そりゃ銃は反動が凄いもん。赤ちゃん可哀想だよ」

「……でも、もしわたしが撃たなきゃエフィリスが危ないなら……」

「駄目駄目。赤ちゃん最優先だって。その時は私が庇うから」

「それこそ駄目だよ。シアは、わたし達と違う。世界でひとりなんだから」

「…………マルちゃん」


 先程マルが言った、『なんかキモい』。不思議と共感したシアは、その原因を理解した。


「あのねマルちゃん。私もそうだし、貴女も、エフィリスさんも、赤ちゃんも『世界にひとり』だからね。皆特別だから」

「……!」


 過保護なのだ。過剰に。皆が、自分をお姫様のように扱う。

 姫では無いのに。


「出たぞ! ガルバウルフだ!」

「!」


 外が騒がしくなった。猛獣が出たのだ。見ると、熊より大きな狼がこちらを睨めつけていた。


「……クリューさんっ」

「ああ。安心しろ。よく見ていてくれ。馬車の中――俺の後ろに居れば、大丈夫だ」

「!」


 馬車と猛獣の直線上に、クリューが立った。銃を抜き、構えて、躊躇なく引き金を引いた。


「!」


 その光景を。シアは一生忘れないだろう。この旅の一番の思い出となった。象徴的だった。戦いはクリューの『前方』で行われており、彼の『後方』へは何も影響を及ぼしていない。全くの平穏が、そこにはあった。


「……群れは!?」

「向こうにもう1匹見えた! マル――は、あれか! 俺が行く!」


 そして素早く、彼らが全滅させた。今日の肉が手に入ったと喜ぶ姿が見えた。


「…………『あれか』って何よ。まったく」


 ぶうぶうとマルが頬を膨らませていたが、シアはまだ感動していた。そして彼女の中で、クリューの評価がさらに上がったのだった。


「ま、この辺が限界だな」

「うん。すっごく楽しかった! 皆、本当にありがとう!」


 自分は戦えない。だから、お荷物になるような所までは行けない。そもそも命に関わるような冒険は、マルが居る以上できない。シアにとっても、思い出が作れたらそれで良かったのだ。彼女だけ、後から加わったのだから。


「え、サーガ。お前国に妻子が居るのか?」

「ええまあ」

「はあ!? え、俺お前と組んで7、8年経つぞ!? その間……」

「帰ってませんね。まあいつ帰るか分からないと告げていますので問題は無いでしょう」

「はぁ〜!? お前、俺にあーだこーだ言いながら自分はなんだそれ!」


 夜。ガルバウルフの焼き肉パーティをしながら、何やらサーガの話題で盛り上がっていた。


「……ふぅん。サーガさん結婚してたんだ。じゃあ私達全員リア充だねえ」

「『りあじゅー』? なんだそれは」

「あー……。古代語。多分伝わんないや」

「そうか」


 当たり前のように、隣にクリューが居た。だが別に、キモくは無い。孤独を紛らわせようとしていることだと、分かっているからだ。


「さっき、かっこよかったよクリューさん」 「ああ。ありがとう」

「好き」

「…………」

「あは。照れた。私も照れたクリューさんを見るのが好きだよ」

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