第7話 お迎え

「長穂は双子の姉の葬儀があったばかりなんだ」

 兄が辛そうに言う。長穂さんは泣きそうだった。


 双子? つまり長穂さんの双子の姉が、平谷の恋人ってこと?

 そういえば長穂さんの出身は〇〇県だった。そうなのか……。

 落ち着け、落ち着け私。偶然だ。

 しかし私の目の前で死んだ人の身内がこんなに近くにいるなんて。怖かった。

 長穂さんと目が合うたびに責められる気がした。

 落ち着け私、大丈夫だ。長穂さんはなにも知らない、きっと。第一、私が殺したわけじゃないんだから。

 兄と長穂さん、早く帰ってほしかった。




「いつ仕事をするんだ」

 私が居間でチラシを見ていると父親が言った。父親と一瞬目が合ったけれども、すぐに視線をそらされる。

 明らかにイラ立ちを含めた言い方。私に言っていると分かるようにしておきながら、正面から向き合う気はない。

 昔からそうだった。父親はこうやって私に文句を浴びせ、私と目が合うとすぐに視線をそらす。


「今、なんか言った?」

 私が声をかけると聞こえないふりをする。昔からそうだった。

 あんなに怖い目に遭って、実家に戻ってホッとしていた日々。それが終わり「嫌な日常」に戻るのは一瞬だった。

 父親に呼応するように、母親のヒステリーも再発した。

 ああ嫌だ。こんな毎日がまた続くなら峰浜さんのアパートにいたほうがよかったのかもしれない。




「他人に家を教えちゃだめ」

 あの時、峰浜さんはそう言っていた。平谷は恋人をアパートに連れ込んでいたので殺されたのではないか。

 つまりアパートの場所を誰にも教えずに過ごしていたら、あの生活が保障されていたということじゃないのか。

 平谷のせいだ。平谷のせいであんな怖い場面に立ち会ってしまったんだ。あれ、待って。アパートの場所を教えちゃだめなんて住む時に言ってたかな? 言ってないよね。



 実家のインターホンが鳴る。兄はもういないし、両親は不在。今実家にいるのは私だけなので私がドアを開ける。


 あっ。

 峰浜さんだった。サングラスをかけて真っ赤な口紅。白いノースリーブのワンピースに赤いレースのストールを肩にかけている。淡いグリーンのつばの広い帽子をかぶって、足元はやっぱりハイヒールだった。


「彩未ちゃん、久しぶり。少しお話いいかしら?」

 私は返事ができなかった。捕まったんじゃないの? どうして実家の場所が分かったの? 私を殺しにきたの? 疑問はたくさんあった。


「ああ、ごめんなさい。いきなりで状況が分からないわよね。私は捕まっていないわ。お金をたくさん持っているからね、警察署長を丸め込むなんてどうってことないのよ。だから彩未ちゃんの実家の場所も家族構成もすぐに分かるのよ。それよりも、彩未ちゃんが探してきてくれた三人目の女の子は今もあの大きな家に住んでいるわよ。平谷が色々面倒を起こしてくれたでしょ? だから私、最初からちゃんとしようと思ってね。これからは私の意思をもっと細かく伝えようって決めたの。今回、悪いのは平谷よ。彩未ちゃんは何も悪くないわ。ああ、平谷は今違うアパートに住んでいるわ。罰として少し古いアパートにね。ふふ」


 峰浜さんは一気に私が疑問に思っていることを言った。

 平谷は生きているみたいに言っている。本当かは分からないけれども。とりあえず悪いのは平谷だから。私に悪意があるわけではないみたいでホッとした。


「あの、峰浜さんのお話、聞きたいです」

 峰浜さんはにっこりと笑った。


「絵が完成したの、平谷の絵だけれども。彼は彼で、なかなか度胸のある人だったわ。見に来る?」

 絵を見に行くということは多分、またあのアパートに戻ることだと思った。私はすぐには決められなかった。

 そういえばあの大きな家の大きな冷凍庫は、なんのためにあったんだっけ? 中身は本当に鶏肉だったのかな? 疑惑、迷いが生じてきた。


「彩未ちゃん、今のままでいいの? このまま実家でずっと暮らしていて、いいの?」

 そう、今の問題はそれだった。実家にいて仕事を探す。私はまた夜の街で働きたかった。けれども両親はいい顔をしないだろう。はっきりと反対はしなくてもネチネチ小言が響くのが予想される。

 それに夜の仕事をすると帰宅するのは朝方になる。一人暮らしのほうが都合がよかった。けれども私の経済状態で一人暮らしはできない。


「アパートに戻ってくるなら家賃なしでいいのよ。ただ、他人を連れてきたり場所を教えちゃだめ。条件はそれだけ」

 また夢のような話だった。

 前回はよく分からないまま毎日、ただ誰にも見つからないように住んでいた。

 今は事情が分かる。アパートの場所を誰にも教えなければいい。そうすれば家賃はなしで、夜の仕事もできる。

 もう怯えなくていいし自由に過ごせる。両親の顔色をうかがうこともない。

 峰浜さんは私に悪意を持っていない。

 疑念はあの冷凍庫だけだった。


「質問がある? 不安があるなら全部言ってちょうだい」

 峰浜さんは優しく言う。


 大きい家の冷凍庫の中身は平谷の死体ですか? そんなことを聞けるわけがない。

 それに峰浜さんは警察署長を丸め込んだと言っていた。わざわざ刺激するのはやぶへびだと思った。


「いつからアパートに戻ってもいいですか?」

 


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