第6話 誰の部屋

 ピンポンが鳴った。誰だろう。新聞の勧誘は来ないようになっているしNHKの受信料も町内会費も峰浜さんが払っている。

 今までピンポンに対応したことがない。けれども今は堂々とドアを開けられる。そう思ったら少し強気になった。私は少しわくわくしてドアを開ける。


「あ……」

 女の人だった。知らない人なんだけれど、どこかで見たことがある気がした。

 誰だろう。金髪でウェーブのかかった髪の毛が肩くらいの長さだった。つけまつ毛をして、アイラインがとても濃かった。


「あの、どういったご用件で?」

 思い出せないけれど、多分見たことがある顔だった。万が一知り合いだった時のために「どちら様ですか」は言わないでおいた。


「あの……ここ、平谷淳弥の部屋ですよね?」

「えっ? 平谷は隣の部屋ですけど」

 女の人も私も、同じように驚いていた。


「いえ、私は何度もこちらに来ています。間違えるはずがありません。最近淳弥と連絡がつかないので直接来てみました」

 ここが平谷の部屋? 私が来る前はこの部屋に住んでいたのだろうか? そしてわざわざ端の部屋に移ったのか?

 しかしこの女の人、十中八九、平谷の恋人だろう。平谷の部屋にいる私を浮気相手などと疑わないのは平谷をよく知っている余裕からだろうか。


 どさっ。女の人が倒れた。えっ?

 女の人の後ろから、峰浜さんが現れた。

「だめよ、他人に家を教えたら」

 峰浜さんは女の人を抱えて、平谷の部屋へ入って行った。女の人の腰から包丁の柄らしきものが見えていた。


 あれはなに? 峰浜さんが今刺したの? なんで? どういうこと?

 目の前で起こったことがあまりにも現実離れしていて思考が「?」だらけだった。がくがくがく、足が震えてきた。


「彩未ちゃんも、他人にこの場所を教えちゃだめだからね」

 隣の部屋から顔だけをだして、峰浜さんは笑顔でそう言った。そしてすぐに隣の部屋へ消えていった。


 本能的に私も自分の部屋へ逃げ込んだ。

 どういうこと? あの女の人の言う通り、ここが平谷が住んでいた部屋だったの? 

 私が来るまでこの部屋に住んでいたとして、そのあと平谷は本当に隣の部屋に住んでいたの?

 隣の部屋から物音がしたことはなかった。

 今までの私は、他人の空き家に勝手に住んでいたのだから気配を消して生活していた。平谷もそうだと思っていた。

 でも違う。平谷は、一人目だった。たぶん直接、峰浜さんが見つけた人間なんだ。

 つまり事情を知っていた。それなら物音を気にして生活するくせなんてなかったはずだ。


 がつん、がつん。峰浜さんが入って行った部屋から音がした。なんの音?

 恐ろしい想像が浮かんだ。

 あの冷凍庫……。私はふと、あの大きい家に届いた大きい冷凍庫を思い出した。

 鶏肉を何羽さばいたら、あの冷凍庫が埋まるの? どうしてあそこまで大きい冷凍庫を買ったの?

 考え出したら想像はとまらない。私は耳をふさいだ。隣の部屋の音を聞きたくない。そうだ、外出しよう。


 私はネットカフェに来た。

「警察に連絡したいので電話を貸してくれますか」

 すぐに受付の店員にそう言った。

 私のスマホだと盗聴の仕掛けがあるかもしれない。あの大きな家もアパートも、峰浜さんのものだ。合鍵はもちろん持っているだろう。いつでも細工できるはずだ。


 ネットカフェの店員は戸惑っている。

「私が警察と話します。こちらのお店に迷惑をかけることはありません」

 店員はいぶかしげにしながら電話を貸してくれた。


「もしもし警察ですか。私はある人に脅迫されています。警察に連絡したのが分かると殺されるかもしれません、私服で来てもらえますか」

 店員にここの住所を聞き、警察に伝えた。


 しばらくしたらジーパンにパーカを着た女性がネットカフェ入り口の自動ドアを入ってきた。その少し後ろを、Tシャツを着た男の人が歩いている。

「石野彩未さんはどちらに?」

 パーカの女性は受付でそう言った。

 助かった……。そう思ったら涙が出てきた。



 私は警察に保護された。事情聴取を受けて全て話した。

 峰浜さんのこと。女の人が刺されたこと。大きな冷凍庫のこと。

 ただ、あの大きな家に関して、空き家という単語は使わなかった。

「平谷の親戚の家で、住んでもいいよと言われた」

 そう言った。

 その日は警察署に泊まり、次の日実家に帰った。


 両親に会うのは少しどきどきした。けれども峰浜さんのほうが怖かった。人を殺したかもしれない。いや、たぶん殺したよね……。

 そのうえ……考えたくなかった。

 両親は、警察から連絡がいったので驚いていた。けれども警察官が私を守ってくれた。

「娘さんは巻き込まれた」

 そう言ったので、私は被害者だったことが証明された。



 実家に戻り二週間ほど過ぎた。

 事件のショックが大きくて私はずっと家にいた。仕事を探す気になれなかった。

 そんな時、兄が家に来た。

 兄に会うのは一昨年のお盆以来だった。もともと兄に会うのは一年に三度ほどだった。両親から話を聞いているのか、事件のことには触れてこなかった。


 少し経ったら兄の妻が来た。確か名前は、長穂ながほさんだったよね。

 結婚式から会っていない気がする。あいさつだけでもしておかなくては。


「遅くなってごめんなさい」

 

 え……? 二週間前、私の前で倒れた人だった。キャラ変してる?

 黒い髪の毛をまとめて、おとなしい印象になっていた。それよりも……。


「彩未は長穂に会うのは結婚式以来か? お互い顔忘れてるかな」

 兄が言う。

 そう、目の前にいるのは平谷の恋人だった。どういうこと?


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