第5話 ネタばらし
最初に違和感があったのは、テレビのリモコンでした。
私は帰宅してすぐにシャワーを浴びて、そのあとテレビをつけます。
ニュースを見るのが習慣でした。スナックに来るお客様は情報に敏感な方が多いです。社会情勢は基本でした。
早朝に流れるニュースは新人アナウンサーが担当していることが多く、言い間違いがよくありました。
夕方のニュースはベテランアナウンサーが喋っているのでいいのですが、その時間は寝ています。私は必然的に早朝ニュースを見ることになりました。
そう、リモコンです。いつもはソファの上に置かれていました。平谷が夜、ソファに座りテレビを見ているのでしょう。
私はリモコンを、テーブルの上に置きます。そうして次の日の朝、帰宅した時にリモコンはソファに置かれています。その繰り返しでした。
けれども最近、リモコンがずっとテーブルに置かれています。
平谷が私に合わせたのでしょうか? いいえ、そんな男ではありません。
今年になって、私は夜のお店を休んでいます。無駄遣いをしないのでしばらく働かなくても暮らしていけます。
朝起きて日中は家にいて、夜に寝る生活をしています。それでも平谷に会うことはありませんでした。
もしかして私が寝ている時間に家にいるのかと思いました。
けれども考えてみると、時々床に置いてあった週刊のまんが雑誌を見かけなくなりました。ごみ箱を覗いても私の捨てたごみだけがあります。
平谷はこの家に戻ってきていません。恋人の家に住んでいるのでしょうか? 私は平谷の連絡先を知らないことに気づきました。
〇〇
「それで、そのままここに住んでいます」
私は正直に話した。峰浜と名乗る女、長身のせいか迫力がすごかった。嘘をついても見抜かれそうだった。
「ふふ、正直でいいわね」
峰浜と名乗る女は、サングラスを外した。
「平谷は今、私が経営するアパートに住んでいるわ。その前に二階の鶏肉を片づけてくるわね」
峰浜と名乗る女は、私に居間で待つように言い、二階に上がっていった。
三十分後、居間には私と峰浜さんが向い合せで座っていた。峰浜さんはココアをだしてくれた。緊張の連続だった私には嬉しい甘さだった。
峰浜さんは、全ての事情を話してくれた。
この家に住んだのは平谷が一人目で、私が二人目だということ。
峰浜さんは画家らしい。人間の奥深くを描きたいと言っていた。そのためにこの大きな家に「なんとなく住んでしまった」状態を作り上げたいと言った。
「通常だとありえない状態を過ごした人間の顔を描きたいのよ」
その感覚は全然分からないけれども、私はたいそう助かっていたし不満はなかった。
そして今回ネタばらしをしたので、私にも今後アパートに移ってほしいと言われた。
家賃はいらないと言われた。条件として、この家に住む三人目を探してほしいと言われた。三人目が見つかったらアパートに移ることになった。
平谷も同じ条件で二人目を探して、私を見つけたらしい。
ハローワークやネットカフェを探すといいと言われた。確かに私もネットカフェで寝泊まりしていたところを平谷に見つけられた。
次の日から私は三人目を探し始めた。スナックの仕事はまだ休むことにした。その間の生活費は保障すると峰浜さんに言われた。
ハローワークに行ってみた。若い人も若くない人もいた。誰に声をかけていいか分からなかった。
いきなり「大きい家に住めますよ」と言われて信じる人はいないだろう。平谷が私にしたように、最初は一部、共同生活をするという設定で声をかけるのが無難だと思った。それならば女子にしようと思った。
ネットカフェにも行ってみた。二週間ほど見ていたら、目星がついてきた。
「新しい冷凍庫が届くから」
峰浜さんはまた鶏肉をさばくらしく、大量の鶏肉を保管するために大きい冷凍庫を買ったと言った。
峰浜さんは違う家に住んでいた。お金持ちで、アパートをいくつか持っているようだった。
それから少しして、峰浜さんはさばきたての鶏肉を持ってきた。峰浜さんはその場でから揚げを作ってくれた。おいしかった。
「冷凍庫に入れておくから、たくさん食べてね」
そう言ってたくさんの鶏肉を置いていった。
三人目を見つけた。仕事を探している二十歳の女の子。
私はスナックの仕事に戻ったので、家のなかで三人目の女の子と会うことは少なかった。
冷凍庫の鶏肉を調理することはなかった。
しばらくして、私もアパートに移った。平谷は隣の部屋に住んでいるが接触しないようにと言われた。
逆らったらアパートを追い出されるかもしれない、私は従った。
二階建ての、新しいアパートだった。
私の部屋は二階の端から二番目だった。平谷は、一番端の部屋らしい。
もう怯えなくていい。夜に電気をつけられるし、カーテンを開けて光を入れられる。窓を開けて換気もできる。こんなに開放的な気分になれる日が来るとは思わなかった。ありがとう、峰浜さん。
隣の平谷の部屋から物音がすることはなかった。今までそうやって生活してきたからだろう。
私もついくせで、テレビの音量を下げたり窓際に行かないようにしたりしていた。
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