第2話 変化
それから私は短大に無事入学して、卒業した。
隣の市の保育園に就職が決まった。園児に好かれず、他の職員とも保護者ともコミュニケーションがとれず、私は仕事を辞めた。
辞めたきっかけはクリスマス会だった。職員がサンタの格好をして、園児たちにプレゼントを配っていた。園児たちは好きな先生のもとへ駆けだす。人気の先生はプレゼント袋がどんどん軽くなっていった。
私のもとには一人も園児が来なかった。プレゼントをまだ貰っていない園児がきっと来る、そう思っていた。けれども誰も来なかった。そうしているうちにプレゼントを貰っていない園児と職員がざわつき始めた。
職員のなかで一番人気のある先生が私に言う。
「彩未先生、私プレゼントなくなっちゃったから貰っていいかな? あ、あとほかの先生の分も貰えるかな?」
可愛い顔で、きらきらした笑顔だった。この人はきっと善人だろう。私はプレゼント袋をそのまま渡した。
その日のうちに園長に辞めると言った。たいして驚かれもしなかった。有休消化の名目で次の日から休んだ。
帰宅して、両親に仕事を辞めたことを伝えた。母親はいつも通りヒステリーを起こした。父親はいつも以上にゆがんだ顔をした。
それが二年前のこと。
そうして私は去年からここに住んでいる。住んでからちょうど一年が経った。
一人暮らしは最高だった。もう両親に怯えなくてもいい。お風呂の時間もごはんの時間も寝る時間も自由だった。
料理も掃除も洗濯も全て自分がしなくてはいけないけれども、それ以上に自由が嬉しかった。
今日はひな祭りなのでケーキが売っていた。ひし形のケーキを買った。
私は子どもの頃、ひな祭りのお祝いをした記憶がないので自分で祝うことにした。
ひし形のケーキは一人で食べるには少し大きいくらいだった。
ケーキは仏間に置くことにした。きちんと仏壇に供える。まだ寒いので冷蔵庫に入れなくても大丈夫。
晩ごはんのメニューはちらし寿司にした。ちらし寿司のもとを買ってきて混ぜただけ。
はまぐりのお吸い物は私には合わない気がしたのでやめた。フリーズドライのみそ汁を添えた。
晩ごはんを終えて、仏間にケーキを取りに行く。もう暗くなったので電車が通過したあと、仏間に行った。
仏間の真横が線路だった。夜は絶対に窓の外を見たくなかった。線路の怪談はよく聞くでしょう。
もし線路で事故が起こったとして、破片が飛んできたらどうしよう。人か車か積んでいるものか。それが一番怖かった。
だって仏間の窓はガラスだから。破片や「何か」が飛んできたら割れてしまうだろう。「何か」が何なのか分からないので警察に連絡をしなくてはいけない。仏間に来るといつもそんなことを考えてしまう。
ケーキにへこみなどがないか確認する。大きな家なので、使っていない部屋に誰かがいたとしても気づかないだろう。こんなふうに他人が入り込んでいないか確認するくせがついていた。よし、誰もいなかった。
インスタントの緑茶を
一人で全部食べてしまうのでお皿に移さずケースに入れたまま食べる。おいしい。
〇〇
暖かい時期になってきた。ニュースでは入学式の報道がされていた。市内の小学校が映されていた。知らない小学校だった。
日中の気持ちよい春の陽気に誘われて、私は仏間の窓に近づく。カーテンを静かに開ける。明るい時間だと怖くない。
電車の時刻表は持っているので電車が通過しない時間を狙ってカーテンを開ける。異常がないか、不審者がいないかを確認する。
五月の連休も終わり、世間は平常モードに戻って行った。晴天が続いていた。
あまりに晴れているので、二階のカーテンをレースカーテンだけにしてみる。お日様がぜいたくだ。ストーブがなくても暖かい。
念のために外から見えないよう、私は床に寝転ぶ。きちんと掃除をしているので清潔だ。気分がいいので外出しようと思った。そろそろ食材を買いに行こうと思っていた。
一階に下りると電話が鳴っていた。座布団をかぶせているので小さい音だけれど、構えてしまう。少し長く鳴っていて不安になったけれどようやく鳴りやむ。ホッとした。
続いてピンポンが鳴る。びっくりした。危なかった。物音を立てないくせをつけていたので助かった。早くいなくなってくれ。
まだ鳴りやまない。いつも以上にピンポンを鳴らす人だ。しつこい。
あまりにしつこいので誰だろうと思った。私は二階のカーテンを少し開けて、こっそり覗いてみた。どきっとした。一人じゃない、何人かいる。
何人かいるなかの一人がこちらを指さしてなにかを言っている。見つかった。
一人が裏庭に走った。そっちには勝手口がある。私は再び一階に下りる。
ピンポンはまだ鳴っていて、勝手口からはどんどんどん、と乱暴な音がする。
「叩くのはやめてください。玄関を開けますのでそちらへお願いします」
私はドア越しでも聞こえるように少し大きい声で言った。
そして玄関に向かう。鍵を開けて、ドアを開く。
女の人が二人、立っていた。先ほど勝手口のドアを叩いていたと思われる男の人が一人、走ってきた。
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