第12話

 わかりやすい人だなとカンナギは思った。

 

 本人は隠し通せているつもりかもしれないが、人の顔を見て赤くなったり青くなったり、そうかと思えば般若のような表情を一瞬のぞかせたりして。さながら百面相である。

 

 直接語らずとも、仕草、表情、語調、言葉と言葉の間、一挙手一投足が、その人の人となりや性格、考えているであろうことをカンナギに教えてくれる。早い話が、愛は素直な人だと思われた。

 

 まず、愛は蓮のことが好き――ただの「好き」ではなく、特別な愛情を伴った恋い慕う方のそれだ。


 同級生の多くが蓮に好意を抱いているが、恋愛的な意味で好きという人は意外といなかった。雲の上の存在、別世界の王子様として、手の届かない憧れの君と化しており、恋愛感情を抱くなんて烏滸おこがましい、身の程を知れ、という空気がクラス内に、学年中に漂っている。蓮をめぐって互いが牽制状態にあるので、愛も例に漏れず、クラスメイトらには自身の本心について隠している状態だ。冗談めかして「好き」と言うことは許されても、本気はご法度というわけである。 


 そして、カンナギのことは疎ましく思っている。が、それはあくまで蓮が絡む範囲においての話だ。


 学校でのカンナギに対する態度――なじったり、馬鹿にするような言葉を投げるなど――は、周囲のノリに合わせてのことだろう。素直な人というのは、時に流されやすく染まりやすい一面もある。本心から嫌ったり、蔑んでいるわけじゃない。

 それが証拠に、ルディックでの愛はカンナギに対し一切の嫌味や暴言を吐いていない。自分の祖父がいるから遠慮をしているという風でもない。言おうと思えばタイミングはいくらでもあった。


 仮に、悪意や害意を狡猾に隠せるような器用さがあるなら、気まずそうな顔はしないだろう。居心地が悪そうにしている様子からはカンナギへの罪悪感が窺い知れる。警戒の色を滲ませた雰囲気も、自身の行いに非があることを自覚しているが故のものと思われた。


 自業自得とはいえ、好きな人の前でクラスメイトに対するこれまでの心ない行いや発言を糾弾されるかもしれない状況は気が気でないはずだ。ま、僕はそんなことしないけど。


 そんなカンナギの思惑などつゆ知らず、隣に座る愛は社会学カフェへの緊急参加が決まった今もまだそわそわしている。ここまでくるとなんだか気の毒にも思えてくる。できれば今ここだけでも、社会学の話に没頭してもらいたいところである。


「僕は気にしていないぞ」と声をかけてやりたいところだが、不自然極まりない。まぁ余計な気遣いはせず、おいおい打ち解けてもらうように期待するのが関の山か。自分ができることは――社会学の面白さ、魅力を知ってもらうことだけだ。 


 ――ん? 蓮は久野さんについてどう思ってるんだ?


 恋愛感情云々について、ではない。興味がないし、馬に蹴られるのはごめんだ。  

 蓮がこの場に誘った、ということが答えだろう。もしかすると蓮もあの時の…昼休みの出来事について気づいているかもしれない。

 人にはいろいろな事情がある。


 さて、どうするか――

 カンナギは顎に拳を当てて考える。


「ゴフマンは日常における人々の相互行為に着目して研究をした社会学者です」なんてことを言っても、これではゴフマン社会学の面白さや魅力が伝わらないし、何より親切さに欠ける説明だ。


 愛は初めての社会学。蓮はゴフマンについてある程度の予備知識はあるけれど、社会学そのものについては初学者といっていい。言い換えるなら、二人とも社会学の基本的な考え方――ものの見方や着眼点の面白さ諸々についてはまだ知らないといっていい。つまりそれは、二人はこれからとても面白いもの――社会学の世界を知ることになるといって間違いない。


 かつて自身が感じたワクワクを二人にも味わってもらえるかどうかは自分にかかっているといっても過言ではない。これは責任重大である。ここまでしめておよそ二秒。カンナギはスマホを取り出し、検索エンジンに「ゴフマン 顔」と入力する。


 蓮は社会学に対してすでに興味を持ち始めているが、愛はそれほどでもない。蓮に誘われたからここにいる。


 さきほど、感情の社会学について少し話をしたときは思ったより悪くない反応であったが、あれはおそらく、愛の関心と通ずるところがあったからだろう。だとするなら、ゴフマン社会学の話は、決して愛の関心事――おそらく人間関係やコミュニケーションについて――から大きく離れることはないけれども、これから自分がやろうとしているのは、だ。退屈かもしれない基礎の話――社会学の基本となる考え方や用語について――だって、ちゃんと伝えたい。


 遠慮はしない。ただし、配慮はする。それはすなわち、今の自分にできる限りの「伝える工夫」だ。


 カンナギはスマホ画面に映ったゴフマンの顔写真を二人に見せた。


「えっと……どういうこと? ってかこれ誰よ?」


 よし、ちゃんと反応してくれた。悪くない滑り出しである。


「あ、もしかして……ゴフマン? 僕が読んだテキストには写真がなかったから初めて見たよ! わー……おでこが出てるなぁ。すごく前頭葉が発達してそうだね!」

「え⁈ ぜ、前頭葉⁈ あ、ほ、ほんとだー!」


 カンナギのスマホをまじまじと見つめる愛の声が少し上ずっている。

 さすがというか、蓮も相当珍しい注目の仕方をする。目力すごいとか、眉毛がしっかりしているとか、賢そうな顔だ、くらいの反応かと思っていたら、まさかの前頭葉とは。愛のような戸惑いはないにせよ、蓮の着眼点にはカンナギも思わず口元を綻ばせた。


「はは、そうだな。たしかにおでこが張っているように見える。蓮、正解だ。彼こそアーヴィング・ゴフマン。出身はカナダ、アメリカで活躍した社会学者だよ。といっても、もともと理系の学生だったみたいで、大学では化学を専攻していたんだ。なんでも、高校生の時点で大卒レベルの化学の知識をもっていたらしい。


 すごい才能だけど、もしそのまま化学の道に進んでいたとしたら、社会学者ゴフマンの誕生はなかったんだ。これはもう社会学の世界にとっては凄まじい損失だよ! ゴフマンが社会学を選んでくれて本当によかった! ありがとうゴフマン! いや、待てよ。化学を極めつつ社会学に着手していたかもしれなくて、その場合……うーん、想像がはかどるよな!

 

 あ、両親はウクライナ地方出身のユダヤ人だそうでね。ゴフマンはユダヤ移民の息子として1922年6月11日に生まれたんだ。没年は1982年。そうそう、6月11日生まれだと双子座だな。双子座といえば星座占いでは頭の回転が早くて知的好奇心旺盛なんて紹介されているんだよな。うーん、羨ましい。

 

 ちなみに僕は蟹座なんだが、同じ甲殻類ならせめて蠍座の方がよかったよなーと思うこともあったりで…ん? 違う違う。蠍は甲殻類じゃなくてクモ科だったな。それで……」


「いや、あんたの星座とかどうでもいいし!」


 愛である。長広舌にも怯まない鋭いツッコミはとても好ましく、見所がある。


「蠍がクモ科なのはびっくりしたけど……って違う! そうじゃなくて」


 おお、しっかり話を聞いてくれているようだ。カンナギは嬉しさで笑みをこぼしそうになるが、あえてとぼけた表情で続きを促すように愛を見つめ返す。


 対する愛は、カンナギの目を直視することは避けつつも、訝しげな視線で


「っていうかなんで顔写真なわけ⁈ しかもなんかやたらプロフィールに詳しいし、星座紹介し始めたと思えばしれっと脱線するしで! こっちはてっきりさっきみたいにいきなり質問されるのかなとか、難しそうな話が始まるかと思って身構え……いや、心の準備してたのに!」


 と一気にまくし立てた。


 心の準備、してたのか。やはり素直な人だなとカンナギは思った。蓮も同じようなことを感じているのか、ニコニコしながら様子を見守っている。

 早口にならぬよう、できるだけゆっくり話すことを心がけて口を開く。

 

「――白状するよ。僕は君にも社会学を好きになってほしいし、せっかくの機会に退屈な時間を過ごしてほしくはない。君も身構えたように、いくら僕が面白いんだとアピールしても社会学はやっぱり学問だからさ、身近な例や興味のありそうな内容を出したとしても、専門用語を使うことは避けられない。


 まぁ、やろうと思えば、できるだけ専門的な用語や概念を使わずに進めることもできなくはないけど、それだと社会学特有の持ち味が薄れてしまう。難しい話をしてやろうなんてことは全く思ってはいないけど、ただわかりやすく話をすることだけがいいとは僕は思っていないんだ。わかりやすくしようとしすぎて、結果、もともとの意味からズレが生じてしまったり、誤った解釈をしてしまうと元も子もないからね。


 それに、ゴフマン社会学をよりよく理解するためにも、社会学が抱えているそもそものテーマ……つまり〝問い〟や基本的な考え方なんかも説明しておきたい。いちいち言葉の定義や細かいところの説明を挟むなんて、面倒だったり、退屈に感じるかもしれないけど、これが僕の誠意。そうは言っても、いきなり専門用語だらけで、そもそも社会学とは……なんて始められても、つまらないだろ? 


 少なくとも僕ならすぐ寝落ちする自信がある。だから、僕なりの緩和というのかな。ただ普通に話を始めるより、ゴフマンがどんな顔をしていて、具体的にいつぐらいの時代を生きていて、どこで生まれて、どういう背景があって、みたいなちょっとした情報があるとイメージが膨らむかもしれないかと思ってね。ああ、蓮。蓮はすでに知ってる話もするかもしれないけど、できるだけ楽しんでもらえるように尽力するから期待しててくれ」

 

 にっこりと頷く蓮にカンナギは笑みで返す。

 愛は目を丸くしていた。伝わっているといいのだが、どうだろうか。カンナギが愛の方に顔を向けると


「なんとなく……わかった。ええと、ご配慮、アリガトウゴザイマス?」

 言葉はぎこちないが、その顔は当初よりも少し和らいでいるようにも見えた。 


「ははは! いや、恩着せがましくしたいわけじゃなかったんだ。ごめん。うん、でも、こちらこそありがとう。じゃあ、覚悟してくれよ? 僕は手を抜くつもりは一切ない。互いの時間が許す限り、できるところまで語り尽くしてやるからな。そうだ。もちろん、わからないことがあれば遠慮なく訊いてくれ。それじゃ、今度こそ、始めようか」

  

 舞台は整った。show must go onショーマストゴーオン だ。


――――――――


ゴフマンの顔写真についてご興味がある方は、ぜひ検索してみてください^^


参考

 薄井明,2018「アーヴィング・ゴフマンはなぜ化学の勉強を続けなかったのか? : 北米の反ユダヤ主義がゴフマンの人生行路と彼の社会学に与えた影響に関する一仮説」『北海道医療大学看護福祉学部紀要』 (25), 1-16.

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