第8話

 カンナギには少し気になる点があった。

 ふとした時の蓮の視線、表情、口元の動き、声色、会話の間、エトセトラ……断定するには決め手を欠くものの、自らに抑圧を強いてきた人間特有の振る舞いというべきか。


 とはいえ、蓮の佇まいは総じて爽やかである。他者からの好意を一身に受けて育ったような煌めきがある。自分とは正反対の存在といっても差し支えない。実際、クラスメイトからはそのように位置付けられている。


 しかし――煌めいているからこそ、ほんの少しの陰りが色濃く映る。そしてカンナギには、「陰り」の方に蓮の本質があるように思えた。


 話すことに熱中しながらも、カンナギはずっと「観察」を続けている。特別意識をしてやっているわけではない。物心がついた頃にはすでにそうあった。


 心に訴えかけてきたり、引っかかるようなものがあれば自然と情報を集め、照査し、思考を巡らせてきた。そういうものはほとんどの場合「正解」がなく、答え――なり得るものも含め――が幾通りもあったりするので簡単に解決しない。しかしその複雑さがカンナギの探究心を尚のことくすぐった。視点を変え、発想を変えゆく過程で、思わぬ発見も得られる。代わりに、賛同者は全く得られずにきたわけだが、それはそれで仕方がないと割り切る術もとうに身につけていた。


 ただし、心に訴えかけてくる――つまり気になる――対象が「人」であるときは、配慮を要する。頼んでもいないのに詮索されて、知らぬうちに分析を進められて、好ましく受け止める人はまずいない。カンナギだって独りよがりに深読みをして、勝手な思い込みや決めつけをするのには抵抗がある。自分がそんなことをされたらと思うと不愉快でしかない。自分がされて嫌なことは人にもしないと強く心に決めている。


 それでも、「観察」を封印したところで人の顔を見ていると大体の感情や心の動きは読めてしまう。数年前に亡くなった祖父も洞察の鋭い人であったが、多くの人から慕われていた。大好きな、祖父だった。カンナギはグラスの水を飲み干し、何とはなしに宙を見上げた。

 

 「ごめん、ちょっと待っててね。読んできた本の中で印象に残った点をいくつかメモしてきたんだけど……」

 蓮がこの日のために用意したという「社会学用ノート」をパラパラとめくっている。「読んできた本」とは、先日蓮が入手した社会学の基礎知識をまとめた入門書のことだ。まだ読了していないとの話であったが、この短期間でパラパラとめくれる分量のノートを取っているのはさすがだなぁと思った。


 真剣な面持ちでノートに目を通す蓮は大変に絵になる。

 すっと通った鼻梁、切長の目元、形の良い唇にニキビ一つない美しい肌。褒めるところしか見つからないその見目は、生身の人間というよりCGで創られたキャラクターを彷彿とさせる。人柄よし、器量よし、家柄もよし。誰がどう見ても蓮は社会的に優位な立場にあり、その人生は順風満帆に映るだろう。外面上は。


 傍から見て恵まれているからといって本人が幸せであるとは限らない。

 大なり小なり、皆人知れずままならない思いを抱えて生きているものだ。それは子どもと大人の別なく変わらないとカンナギは思っている。


 ――っと、だめだだめだ。

 自動で余計な詮索と深追いを始める脳に慌てて待ったをかけ、居住まいを正したところで、蓮がちょうど口を開いた。

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