第15話 初めてのお出かけ3
「……デートか」
そう、デートである。世の彼氏彼女がすなるというアレである。
しかし、問題があった。
(デートってなにしたらいいんだ?)
結城にはその辺からあまりイメージができなかった。基本は二人でこのショッピングモールを歩いて回ればいいというのは分かる。だが、それだけでいいのだろうか? 世のデートというものは、もうちょっと色々他にやることがあるイメージなのだが。
(まあ、知らないことを考えてもしょうがない。とりあえず、一つやることを決めよう。そうだな……)
結城が自分の心に問いかけると、一つのイメージが浮かんできた。
ああ、手をつないで歩きたいな。
それは、自分と初白が指を絡めあって歩いている姿だった。
うん。いいな。なんかこう、温かくなるわ。ちゃんとデートっぽいし。
そんなことを考えながら結城は初白が待っている喫茶店にやってきた。
そこそこ混雑している店内を見回すと、初白の姿はすぐに見つかった。
「ま、待たせたな。初白」
初めて普段とは違う格好を彼女に見せる不安のせいで、若干上ずった声が出てしまった。
「あ、結城さん。どうでした……か……」
顔を上げて結城の方を見た初白の返事が途中で
「……お、おい。どうしたんだよ」
少し放心したような表情だった。久しぶりの外出で疲れて体調でも崩したのだろうか?
そう思った結城が顔を
あ、もしかして……。
「あれか……そんなに似合ってなかったか」
そこそこいい感じになったと思っていたのだが……無念である。
「あ、いえ……そうではなくて。むしろ……」
初白がこちらの方に向き直る。その顔はほんのりと赤く染まっていた。
「……かっこよくて、思わず目そらしちゃいました」
「……そ、そうか」
結城も一緒になって顔を赤くする。
こう、いつもと雰囲気の違うかわいさを出している初白にそう言われると、一段と気恥ずかしかった。
「あ、そうだ……大谷、門限あるから先に帰るってさ」
「そ、そうですか……また今度お礼を言わないとですね……」
「そうだな……」
「はい……」
クソ。
なんか会話が続かねえ。
しばらく、二人共顔を赤くしたまま黙っていたが。
「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
結城のほうがいたたまれなくなって、一時撤退した。
◇
「クソオオオオオオオオオ、なぜあそこでヘタレた俺えええええええ」
結城は男子トイレの手洗い場の前で頭を抱えていた。
いける雰囲気だったじゃん
あのまま、右手差し出して「……行こうぜ、初白」って言えば、手をつないで歩けたじゃねえか
「くそ、このパナソ◯ック製め 微妙に乾いたか乾いてないか分からないくらいの半端な風送りやがって」
完全なる八つ当たりである。彼に罪はない。
ちなみにこのトイレに設置されているのは型の古いモノで、最新のモノは短時間で結構しっかりと乾く。技術の進歩は偉大である。
「……ふう。待て待て、まだ慌てる時じゃない」
結城は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「よし」
せっかくの初デートである。
◇
などと意気込んでいた結城だったが。
「ねえ、いいじゃん。暇なんでしょ?」
「この近くにオシャレな店あるんだよね。晩ごはんまだでしょ?
トイレから戻ると大学生くらいの髪の毛を脱色した二人組が初白に声をかけていた。
初白は
しまったな、と思った。
今の初白は彼氏の欲目を抜きにしても相当に美少女である。それも普段の制服姿のようにひっそりとたたずむような雰囲気でなく、明るい色でコーディネートされたファッションのためやたらと目立つ。一人でいれば、目をつける男の一人や二人はいてもおかしくない。
「ねえ、さっきからなんで黙ってるの? 感じ悪くない?」
いや、どう見ても
結城は急いで歩み寄ると声をかけた。
「おう、待たせたな初白」
「なんだお前?」
二人組の一人が結城を
「邪魔すんなよ。さあ、いこうぜ。外に車止めてるからさ」
そう言ってもう一人が初白に手を伸ばす。結城はその手を
「なにすんだ……いでででで」
あ、強く掴みすぎたか。
バイトの荷物運びで鍛えられた結城の握力は結構なものである。
「すまんすまん」
「何しやがんだテメエ」
マズいな。と結城は思った。
下手に刺激してしまった。
なにせ結城は特待生である。
その時。
「あれ? 結城じゃん」
結城たちの背後から声が聞こえた。
人当たりがよく野球部のエースにして定期試験学年十位以内を常にキープする
今日はユニフォームでも制服でもなく普段着である。結城は自分の目に自信があるわけではないが、私服のセンスはいいと感じる。衣服の種類は分からないが全体的にシンプルで嫌みがなく
「んー」
「な、なんだオメエ。こいつの仲間か?」
大学生たちは、藤井の百九十センチの長身を前にしてやや腰が引けつつも威嚇してくる。
藤井は結城たちの様子を見ると、うんと
「お兄さんたち、ここは収めてください。ちょっと待っていてくださいね」
そして、近くの席に座っていた三人組の女子高生のところに歩み寄って声をかける。
「ねえ、君たち。僕とそこの大学生のお兄さんたち、今ご飯食べるの付き合ってくれる女の子探してるんだけど、よければどう?」
特にひねりの無いストレートな誘い方だったが、俳優やタレントが
「というわけで、彼氏持ちの子相手にするよりも彼女たちと遊んだほうがいいと思いませんか? 僕もご一緒することになっちゃいますけど」
そう言ってニッコリと笑う藤井。
大学生たちはお互い顔を見合わせると、
「でかしたぞ、高校生」
「よし、支払いは俺たちに任せろ あ、それから、お前その子の彼氏だったんだな。すまなかったな。これで
そう言って大学生はテーブルに財布から取り出した五千円札を置く。
少々短気なだけで、気前のいい男たちだったようだ。
そして、大学生二人は意気揚々と女子高生たちの席に突撃していく。
結城はすぐに初白に声をかける。
「大丈夫か初白?」
「……あ、はい。少し緊張してしまいましたけど。その、ありがとうございました」
そう言って藤井に頭を下げる初白。
「ああ。俺からもありがとうな、藤井」
「いやいや、大したことじゃないよ。結城は僕の恩人だしね」
藤井は手をひらひらさせながらそんなことを言う。
恩人、と藤井は言ったが、結城にはそんなことを言われるような記憶が無かった。
一年の時から意味も分からず言われているのである。しかも、藤井は聞いても何のことだか教えてくれない。
「それにしても、藤井、大した手際だったな」
「別に大したことないよ。あの三人組一通り遊んで飽きて誰かに声かけられるの待ってたみたいだし……それよりも」
藤井は初白の方を見る。
「君が、結城の彼女?」
「は、はい」
こくりと
「へえ、こりゃ驚いた。結城がかわいいかわいい言ってたからどんなもんかと思ってたけど、聞きしに勝るレベルの高さだ」
大谷と同じ反応をする藤井。
「そうだろそうだろ。初白はかわい」
「ねえ、結城なんかじゃなくて僕に機種変更しない?」
ヘラヘラと笑いながらそんなことを言う藤井。
「おい、こら」
「……えっと」
初白は少し困ったように言う。
「お気持ちは嬉しいですけど、結城さんは私にはもったいないくらい素敵な彼氏ですから……」
「お、おう……」
ストレートな誉め言葉を聞いて、赤面する結城。
「な、なんで赤くなるんですか……」
初白も恥ずかしくなったのか顔を赤くする。
そんな二人を見て、藤井はプッと吹き出した。
「はははは、冗談だよ冗談。僕には
そう言って藤井は結城の肩を叩いた。
「初白ちゃんだったっけ? いい彼女だね」
「ま、まあな」
「じゃあ、僕は向こうで楽しんでくるから。二人もゆっくり楽しんでねー」
藤井はそう言い残すと、先ほどの大学生と女子高生たちの方に歩いて行った。
◇
「……凄い人でしたね。藤井さん、ですか」
ナンパ大学生と藤井が去った後、初白がそう呟いた。
「ああそうだな。アイツはすげえやつだよ」
「それに結城さんと仲がよさそうでした」
「ああまあ、よく話すほうではあるな」
と言っても学校では休憩時間すらほとんど勉強している結城は、大谷と藤井くらいとしか話さないのだが。
「ちょっと
「羨ましい?」
「……はい。私も学校での結城さん見てみたいので」
「そ、そうか……」
うーん。ほんと、おめかしした今の初白には何を言われても気恥ずかしくなってしまう。
「……まあ、あれだ。そしたらそろそろ行こうぜ。せっかくだから二人でこの辺適当にまわってみよう」
「は、はい。でもえっと」
初白は少しモジモジとしながら言う。
「そ、それって……デートってことですか?」
少し不安げな表情だった。
自分と同じように緊張している初白を見て、結城は少し肩の力が抜けた。
「ああ、デートだ。さあ、行こうぜ初白」
初白が不安にならないように、はっきりとした声で結城はそう言った。
そうだな。俺がしっかりしてリードしないとな。
「は、はい」
初白がその声に引っ張られるように立ち上がった。
その時。ガクン、と初白は
「初白 どうし……」
そこで結城は気が付いた。初白の体が震えている。
「ごめんなさい……結城さん……」
「……初白」
ああ、なるほどな。
そりゃそうだよな。
「……さっきの二人に詰め寄られたの、怖かったんだな」
「……はい。ごめんなさい」
考えてみれば当然じゃないか。
外に出て人混みの中を歩いただけでも今の初白にはかなりの負担だったはずなのだ。
「……大丈夫です、すぐ立ちますから」
「いや、そんな無理しなくても」
「いえ……」
初白は首を横に振って少し強い口調でそう言った。
「……結城さんとのデート、私もしたいですから」
そう言って笑う初白。
その笑顔は少しぎこちなかった。怖くて
ああ、
結城はそんな
だから。
「……うん。初白、今日は帰ろう」
その言葉を聞いた途端、初白の目が見開かれる。
「いえ、そんな……ダメですよ。私は大丈夫です。すぐに立ちますから」
そう言ってテーブルに手をついて立ち上がろうとする初白。
しかし、震える手足では
結城はできる限り優しい口調で語りかける。
「……いいんだよ。最初に手を
「いえ、私は。私も結城さんとデートしたくて……」
「それでも、初白に辛い思いを我慢させたら意味がないんだよ。さすがに今の初白をいろんな所に引っ張りまわすわけにはいかない。だからさ、今日は帰ってゆっくり休もう?」
「……結城、さん」
だから。
結城は明るい声で言う。
「その代わりに、帰りは俺と手を繋いで歩いてくれないか?」
「……え?」
「もちろん、普通の繋ぎ方じゃないぞ。恋人繋ぎだ。しっかりとお互いの手をこう……むぎゅっと握って帰り道を歩くんだ。というか俺はデートそのものより、それがしたかったまである」
結城の言葉にポカンとしている初白に、結城は自分の右手を差し出した。
初白は黙ったままその手を見つめたあと、結城の顔に目をやった。
結城も何も言わずに、ただ小さく微笑みながら初白の目を見る。大谷にヤクザのようだと言われるような生来の目つきの悪さである。上手く優しい笑顔になっているといいのだが。結城は見つめあって、右手を差し出したまま。
「……だから初白。手を繋いで、帰り道一緒に歩こう……な?」
もう一度そう頼んだ。
初白は少し目を伏せる。
「……グスッ」
その目から涙が
そして、差し出していた結城の右手の上に初白の左手が添えられた。
「……ホントに、結城さんは……どこまで私に優しくすれば気が済むんですか」
結城は震える初白の手に指を絡めてしっかりと握りながら言う。
「俺は自分のやりたいことやってるんだよ」
「……それでも、嬉しいです」
初白の手の震えが少し治まった。
「立てるか?」
「……はい」
初白はそう言ってゆっくりと椅子から腰を上げる。
まだ、結城に手を引かれて少しふらつきながらだが、しっかりと自分の足で立ち上がった。
「じゃあ……帰るか」
「……はい」
そうして、二人は歩き出した。
ショッピングモールを出て、帰り道を手を繋いだまま歩く。
しばらく歩いていると、初白の手の震えはいつの間にか治まっていた。
表情も和らいで、ここ最近部屋の中で見るいつもの初白だ。
「……結城さん」
「ん、どうした?」
結城がそう返事をすると、初白が繋いでいる手をむぎゅっと握ってきた。
「ぬお」
いきなりのことなのでちょっとビックリして声を上げてしまう結城。
「……ふふ」
初白はそれを見て小さく笑う。なんか負けた気分である。
「
なので、結城もむぎゅっと握り返した。
「……っ」
初白も驚いて声を漏らす。結城はそれを見てニヤニヤとする。
「むー」
頬を膨らませる初白。
「えい」
「ぬお」
また初白が握り返してくる。
「てい」
「……っ」
なので結城も握り返した。
その後、家に着くまでお互いに手をむぎゅむぎゅと握りあった結城と初白であった……結城としては帰り道が一番疲れたかもしれない。
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