第16話 ちょっとした昔語り

 いつも通りの昼休み。


「なによ。せっかく買ったのにアンタも初白はつしろさんも、あれ以来あの服着てないの?」


「まあ、やっぱりアレ着てると俺も初白も落ち着かなくってな。特別な日に二人で出かけるときとかに着ることにしたんだよ」


「そこまで大層なモノ選んだつもりは無いんだけど……まあ、アンタたちらしいか」


 結城ゆうきは参考書を、大谷おおたには少年漫画の『キャプ◯ンつばさ』を読んでいた。不朽の名作なのは結城も重々知っているのだが、なぜ今更読んでいるのかと聞いたら「BLかいわいでは熱い」らしい……そっとしておくことにした。

 そこに。


翔子しようこちゅわーん」


 教室のドアを勢いよく開けて、藤井ふじいが飛び込んできた。今日も相変わらず、さわやかな面構えのイケメンである。

 先日、初白をナンパしていた大学生たちを追い払った時の、落ち着きのあるリア充然とした態度は虚空の彼方かなたに消し飛び、大谷に向かってル◯ン三世も裸足はだしで逃げだす勢いで飛びつく。

 完全に変態である。



「今日も素敵だね 新婚旅行はハワイかそれともヨーロッパのど」


「ふん」


「ガボッ」


 大谷の上靴の底が学校随一のイケメン顔にめり込んだ。


「……おい、今『メキャ』みたいな鈍い音したけど、大丈夫か?」


 と心配した結城だったが。


「……ああ、大丈夫大丈夫。むしろ、こういうのも意外といいかもしれない」


 などと言いながら、藤井は見事に上靴の底の形に跡のついた顔面で若干恍こうこつとしながら立ち上がった。変態である。


「というわけで翔子ちゃん、もう一回蹴ってみて?」


 大谷は便器にこびり付いた他人のウ◯コを見るような目をして言う。


「嫌よ。触れたくもないわこのクソ変態」


「ああ……罵倒ばとうされるのも、こうジワリと熱いものがこみ上げてくるね……」


 変態である。

 大谷は付き合ってられんとばかりに大きなため息をつくと、視線を漫画の方に戻した。

 結城は藤井に言う。


「お前もよくやるなあ。大谷にちょっかい出すためだけに階の違うウチのクラスまで」


「いや、今回は結城の方に伝言があってね」


「俺に?」


「ああ。担任の先生からも改めて言われるかもしれないけど、放課後校長室に来てくれだってさ」



 さて放課後。


「しかし、校長から直々に呼び出しってなんだろ?」


 校長室の扉の前までやってきた結城は、そんなことを考える。

 結城は校長とは普通の生徒よりも交流のある方である。というのも、SA特待生であるため学期ごとに一度校長との面談があり、今後もこの調子で頑張ってください的なことを言われるのである。

 だが、特に問題行動等を起こしたことの無かった結城は、それ以外の理由で呼び出されることはこれまでなかった。前回も前々回も成績は学年トップだったのでその辺が理由ではないと思うのだが。

 そんなことを考えながら、結城は扉を開けて校長室の中に入った。


「やあ、結城くん。元気ですかな?」


 開けて正面にある、大きな木製のデスクに座っている校長が柔らかい声でそう言ってきた。

 校長は五十代後半の白髪交じりの髪をオールバックに固めて黒いスーツを着た男である。服装や髪型だけを見るとかなりの威圧感がありそうなものだが、まゆの下がった穏やかそうな顔立ちと、ゆっくりとした穏やかな話し方のせいで、ただのこうこうといった感じである。

 そのため、全校集会での校長のお話は眠りの世界に引きずり込まれる人間が後を絶たない。


「すまないねえ。放課後はいつも自習しているのにその時間を使わせてしまって」


「いえ、少しくらいであれば。それで、どんな用件ですか?」


「ああ、そのことですが。詳しい話は彼の方から」


 そう言って校長が視線を送ったのは、応接用のソファーである。

 そこには野球部のユニフォームを着た二人の人間が座っていた。

 一人は藤井。結城と目が合うと小さく「よう」と口を動かして手を上げてくる。

 そして、もう一人は校長より若い、三十代後半くらいの見知らぬ男だった。


「やあ、初めまして結城祐介ゆうすけくん。今年から野球部のコーチをさせてもらってる清水しみず浩司こうじだ」


 そう言ってソファーから立ち上がった清水は、藤井ほどではないが結構な長身であった。校長とは真逆で、せいかんで活力にあふれた顔立ちである。

 結城は差し出された右手を取って握手する。


「初めまして」


「……うん。三年以上野球から離れているというのに素晴らしい手をしているな。やはり君は我が野球部のエースに相応ふさわしいぞ結城くん」


 清水は応援団員や劇団員が腹から出したような力強い声でそんな事を言ってきた。


「……はい?」


「なに、安心したまえ。僕も高校時代は怪我で一年近く投げられない時期があったが、そのくらいのブランクなら丁寧にやっていけば半年も経たずに取り戻すことができる。もちろん僕も協力しよう」


 声自体はよく通ってハッキリと聞こえてきたのだが、言っていることは意味不明だった。

 結城は藤井に「なんだこれは?」と視線で訴えかける。

 藤井は「そういうもんなんだよ」と首を横に振った。その表情には呆れのようなモノが浮かんでいる。

 というか。なんかこの人……どこかで見覚えがあるような……。


「えーと。もしかしてどこかでお会いしましたっけ?」


 結城がそう言うと、清水は少し眉をひそめた後苦笑いした。


「ははは、これでもそれなりに名前は知られていると思ったんだけどね」


 そんな清水に藤井が言う。


「だから言ったじゃないですかコーチ。結城のやつは今は野球からは完全に離れてるんですよ。結城、清水コーチは元プロ野球選手だよ」


「……ああ、清水選手か」


 結城はようやく思い出した。

 清水浩司。高卒一年目から一軍のマウンドで活躍し、最多奪三振などのタイトルも獲得したことのあるプロ野球選手である。怪我などもあり、九年前に若くして引退してしまったが、当時の野球少年たちなら名前くらいはなんとなく聞いたことのある存在だった。

 まさかウチの高校の野球部のコーチになっているとは驚きである。

 まあ、それはひとまず置いておいて。


「それで、清水選手が俺にどんな用事ですか?」


「だから、我が部のエースとして」


 再び清水の口から流れだそうとした強い言葉を遮ったのは、校長の穏やかな声だった。


「まあまあ、待ちたまえよ清水くん。相変わらず君は熱くなると会話にならないなあ」


「え? ああ、すいません先輩。若い才能を前にしてつい……すまなかったね結城くん」


 そう言ってヘコヘコと頭を下げる清水。

 やり取りを見る限り、どうやら二人は大学だか高校だかの野球部の先輩後輩のようである。


「つまり、清水くんは君を野球部に誘っているんだよ。君が中学時代結構な活躍をしていたのは私も知っている。今年から我が校は野球部にも力を入れるつもりでね。彼を雇ったのもその一環だよ。結城くんのような子が入って活躍してくれれば、我が校としてもありがたい……とはいえ、特待生として成績をキープしながらというのは厳しいと私も思ったのだが、清水くんがどうしてもというのでね。一応話だけはさせてもらってるということだよ」


 ……はあ、そういうことか。


「すいません。お断りさせていただきます。それでは失礼します」


 結城はきびすを返して入ってきた扉を開けた。


「あ、ちょっと、結城くん」


「コーチ、だから無駄だって言ったじゃないですか」


 結城は清水と藤井のそんなやり取りを聞きながら、校長室から出ていった。



 結城は校長室を出た後、久々に自習室でじっくり勉強をしていた。

 日も暮れ始めたのを見て、結城は荷物をまとめて自習室から出る。

 すると校門のところで偶然にも藤井に出くわした。


「やあ。ちょうど帰りかい?」


「ああ。藤井がこの時間に上がるのは珍しいな」


「コーチが少し用事があるらしくて、ここ最近は上がるの早いことが多いんだよね。途中まで一緒に帰ろうよ」


「ああ、そうだな」


 そう言って並んで歩き出す結城と藤井。


「しかし、結構久しぶりだよな。こうやって一緒に帰るの」


 結城はそんなことをつぶやく。

 初白と出会う前は、結城はバイトの無い日は今日みたいに遅くまで自習室に残って自習をしていたため、ちょうど野球部の練習が終わる時間と一緒のことが多かった。そして、帰る方向が途中まで同じの結城と藤井は自然と帰り道を歩きながら会話をするようになっていったというわけである。

 まあ、初白が来てからはバイトがなければ一目散に帰宅するようになり、最近はこうして話す機会が無くなっていたわけだが。


「……これがあれか。結婚したら学生時代からの友だちとの付き合いが無くなってくるってやつか?」


「ん? 何をブツブツ言ってるんだい?」


「あー、いやいや。なんでもないなんでもない」


 そう言って首をブンブンと横にふる結城。


「……そもそもまだ結婚したというわけではないしな、いや、なんだよ『まだ』って……そりゃもちろん、いずれは……」


「あいかわらずよく分からない独り言が多いね結城は」


 そう言って苦笑する藤井。

 その後しばらくどうでもいいことを話しながら歩いていたが、不意に藤井が申し訳無さそうな顔をして言う。


「今日はすまなかったね結城」


「ん? ああ、気にすんなって。清水選手だって任された部を強くするために必死なんだろうしさ。それよりもこの前は初白助けてくれてありがとうな」


「そりゃまあ、友だちの彼女なんだから助けるでしょ普通」


 本気で当然のような顔をしてそんなことを言う藤井。

 これはまた性格まで大層なイケメンっぷりである。遠くから見ているだけよりも実際に藤井と話した女子の方が熱烈なファンになることが多いと言われるだけある。そして、大谷に対する変態っぷりを見て観賞用残念イケメン扱いされるまでがテンプレである。

 ほんとなぜ、大谷の前だとああなってしまうのか……。


「初白も今度お礼言いたいって言ってたぞ……あ、ここのスーパー寄っていくわ」


 トイレットペーパーや歯磨き粉などの生活用品が減ってきていたのを思い出したのである。初白と暮らすようになってから、単純に倍の速さで減っていく。


「ああ、じゃあ僕もアイス買っていこうかな。なんかスーパー◯ップの気分だし」


 そう言って藤井も結城と一緒に帰り道にあるスーパーの中に入っていく。

 買い物カゴを手に取る結城に藤井は言う。


「しかし、彼女さん、ちょっと話しただけだけどいい子だったね」


「おう 初白は最高にいい子だぞ。それは間違いない」


「結城とも相性が良さそうだったしね」


「そ、そうか? いや、それほどでも。あ、ついでだからアイスおごってやるよ。スーパー◯ップなんてケチなことは言わねえ。ハーゲンを奢ってやろう」


 緩みまくった表情でそんなことを言い出す結城。


「なんて分かりやすいんだ、我が親友は……」


 そう言って苦笑いする藤井。

 その時だった。


「ん? 結城。あれ初白ちゃんじゃない?」


 藤井が指さした先には、買い物カゴを持ってキャベツが置かれた棚の前で何やら悩んでいる初白がいたのだった。


――――


岸馬の新作「アラフォーになった最強の英雄たち、再び戦場で無双する!!」

が、HJノベルス様より明日3/19(土)に発売です!!


あらすじ

 ↓

最終戦争「ティタノマキア」。死闘の末、人類は魔族を完全に滅ぼし勝利した。

それから二十五年。大戦で魔王ベルゼビュートを討伐した七人の英雄の一人アランはもう四十三歳。辺境の騎士団長として上役や部下に「ロートル」「全盛期は過ぎた」などと言われながらも、平和な日々を過ごしていた。

しかし事態は急変する。滅んだはずの魔族軍が突如復活し、攻め込んできたのである。 

抵抗むなしく倒されていく部下たち。責任を押し付け合うだけの貴族たち。

だから、アランは再び立ち上がった。今度こそ禍根を断ち次の世代に繋ぐために。

それに呼応して、再び集結するかつての戦友たち。

今、戦場に七つの伝説が帰還する!!


セルフPVなんかも作っちゃってます

 ↓

https://youtu.be/Sk5vFCc2d4k


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