第14話 初めてのお出かけ2
初白には同じ階にある喫茶店で待っていてもらって、結城は大谷と二人でメンズ向けの店に入った。
「とりあえずアンタは……これと、これと、この辺ね」
「お前、俺の時はずいぶんスムーズに選ぶな」
「まあ、初白さんと比べちゃうと素材として……ねぇ」
「おいこら」
失礼千万なことを言う大谷だが、まあ結城自身も初白と比べられては仕方ないと先ほどの彼女の姿を思い出しながら思うのだった。
「冗談よ、冗談。実際アンタは背は高いほうだし、しっかりとした体つきしてるもの。割と脱ぐとヤバいタイプよね」
「まあ、中学時代は運動部だったしバイトは肉体労働が中心だからな」
勉強では頭を使うので、バイトの時くらいは頭を休めようとしたのである。
実際、体を動かすとぐっすり眠れるのでありがたかった。
「顔はまあ……もうちょっと全体的にいい感じだったらモテるんじゃない?」
「それ、ほぼ俺の顔面全否定じゃないか?」
「そうでもないわよ。アンタみたいな感じが好きな人はいると思うわよ……たぶん」
「たぶんかよ……まあ、いいさ。俺には初白がいるしな」
「はいはい、お熱いことで。ほらさっさと試着してみなさい」
そう言って大谷が衣服一式を押し付けてくる。
結城はそれを受け取ると試着室の中に入った。普段見慣れない頭のてっぺんからつま先まで見える鏡が結城を出迎えた。
(このデカい鏡見るの、高校の制服を買ったとき以来だなあ……)
などと思いつつ、結城は大谷の選んだ服を着ていく。
「うーん、やっぱりこのジーパンってのは窮屈だな」
「今はデニムって言うのよ」
「まあ、オシャレは我慢って言うしな。これで初白が喜んでくれるならなんのそのだ」
「タイトデニム
大谷の呆れたような声が試着室のカーテンの向こうから聞こえてくる。
そこでいったん会話が途切れたが、やがて、大谷が少し声のトーンを落として言う。
「……初白さんのことだけど」
どうやら真面目な話のようだった。結城は着替えながらも真剣に耳を傾ける。
「アタシ、調べてみることにするわ」
調べてみる、というのは初白の過去のことだろう。前に初白の通っているお嬢様学校に知り合いがいると言っていた。
「おい、それは」
「今日一日話してみて、初白さんが相当なモノを抱えているのは嫌というほど分かったわ。いったいどういう経緯でアンタのところに転がり込んでるのか知らないけど……傷心で雨にうたれてるあの子に声でもかけたのかしら?」
「……まあ、そんなところだな」
傷心で雨にうたれてたのは確かだが、それに加えて廃ビルから飛び降りようとしていたとはさすがに想像できなかったようである。
「その辺を聞き出そうとは思わないし、アンタが初白さんから話してくれるまでそっとしておいてやりたいと思ってるのは分かってるわよ。だからこれはアタシの勝手よ。アタシはアタシが気になったから勝手に初白さんについて調べる。調べたことはアンタが知らないでおきたいなら教える気はないわ。まあ、要するに……」
と、大谷は区切って明るい声を出して言う。
「あの子が気に入ったからお節介焼きたくなったのよ」
なんとも大谷らしい言い方だった。結城は思わず口元が緩んでしまう。
「お前、いい女だな」
「当たりまえじゃない。知らなかったの? アタシは世界有数のいい女よ」
「自分で言いやがった」
「……それで、着替えは終わった?」
「ああ」
話している間に着替え終わった結城は、試着室のカーテンを開けた。
「どうだ、大谷?」
正直、自分では善し悪しが分からない結城が大谷に聞く。一応そこまで悪くないのではないかという自己評価ではあったが。
「……うん。王道の落ち着いた黒がベースのモード&カジュアル。思ったよりだいぶいい感じでビックリね」
大谷はそう言うと、自分の荷物を手に取った。
「ん? どこに行くんだ」
「帰るわ。そろそろ門限だから」
大谷の家に門限があったとは初耳である。まあ、高校生の娘に門限を設けるのは当然なのかもしれないが……。
「お前、ちょっと前にファミレスで深夜まで漫画描いてなかったか?」
結城も試験前の追い込みのために同じファミレスで勉強していたのである。
「さあ、どうだったかしらね。それよりも、その服着たとこ初白さんに見せてあげるのよ。それからまだ時間もあるし、適当に二人でその辺ぶらついてから帰ってもいいかもしれないわね」
そう言い残すと、大谷は手を振って店から出て行った。
「……もしかして、俺と初白に気を遣ったのか?」
だとしたら大したものだ。さすが世界有数のいい女。
「ありがとよ……まあ、そしたらお言葉に甘えて初白と二人きりでその辺歩いて回るか」
目的を決めずに歩き回るというのは普段絶対にしないことだが、初白と一緒ならそれはそれで楽しそうである。
「……ってそれって、デートじゃないか?」
というわけで、結城は思いがけず彼女との初デートをすることになるのだった。
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