第13話 初めてのお出かけ

 さて、結城ゆうきたち三人は少し離れたショッピングモールにやってきた。平日だが多くの人が詰めかけており、結城としては初白はつしろが人酔いしてしまわないか心配であるが一応は大丈夫なようだった。

 ショッピングモールには飲食店を中心に、映画館、書店、ドラッグストア、楽器屋、スポーツ用品店など様々な店が並んでいる。ファッションに関しても、二十種類のブランドやセレクトショップがあった。


「初白さんはどんな感じの服が好きなの?」


 大谷おおたにはそのうちの一つの女性向けブランドの店内で初白に言う。


「ええっと……」


 大谷の言葉に初白はキョロキョロと周囲を見回す。今までこういうところに来ることが無かったのだろう。なかなか「これがいい」と選べない。

 そして、こういう場に慣れていないのは結城も同じであった。


(なんか、不思議な空間だなあ)


 沢山の衣服に囲まれた店内にいることが落ち着かない。

 正直なところを言うと結城はファッションに関しては皆無と言っていいほど興味がない。

 それどころか、そこに時間をかける意味もイマイチ分からなかった。何せ中学の頃から制服と学校指定ジャージだけで過ごしてきた猛者もさである。結城にとっての服を評価する基準は「安さ」「動きやすさ」「手入れの楽さ」のみだ。

 が、しかし。

 カワイイ彼女である初白の着飾った姿を見たくないかと言われれば。


(当然見たいに決まってるわッッ)


 というわけで、実は結構乗り気である。


「初白さん。こういうのはフィーリングでいいのよ」


 戸惑う初白に大谷がそう言った。


「そ、そうですか。じゃあ……」


 初白は少し恥ずかしそうにマネキンの一つを指さす。


「よし、じゃあそれ一式買ってくるわ」


 そう言って結城がさっそくレジに行こうとすると。


「まあ、待ちなさい」


「ぐえ」


 大谷に後ろ襟をつかまれて止められた。


「なんだよ大谷。素人目だけど、これかなり初白に似合うと思うぞ?」


 初白が選んだのは黒を基調とした、落ち着いたデザインの服だった。それ自体は色白で長い黒髪のせいな雰囲気のある初白にピッタリだと思うのだが。


「まあ、悪くないんだけどねー」


「何か問題あるのか?」


 結城は首をかしげる。


「アタシも似合うと思うけど、これだと今着てる制服とあんまり変わんないと思うのよね」


「あー。まあ言われてみればそうだな」


 初白が普段着ているお嬢様学校の制服も落ち着いたデザインのものだった。


「しかし、それでも別にいいんじゃないのか?」


「せっかく買うんだから、少しいつもと違う雰囲気を出したいじゃない? アンタには分かりにくいでしょうけど、そういう楽しみもあるのよ」


 な、なるほど。奥が深い。と感心する結城。


「結城、アンタが選んであげれば? 初白さんもアンタに見てもらいたくてオシャレするわけだしさ」


「ん? 俺がか?」


「初白さんも結城が選んだモノなら文句はないでしょう?」


 大谷にそう言われてコクリとうなずく初白。


「そ、そうか。よーし」


 というわけで、店内を見回してみるのだが。


(ヤバいな、さっぱり分からん)


 やる気は満点で初白に似合う服を選んでやるぞ と熱意をたぎらせているのだが、いかんせん致命的なレベルで知識や感性が欠けているため、並んでいるモノを見ても結城にはイメージが湧かなかった。

 結城は大谷に尋ねる。


「……なあ、こういうのどういう基準で選べばいいんだ?」


「さっきも言ったじゃない。フィーリングよフィーリング」


「そうは言われてもなあ……」


「アンタ男なんだから、初白さんに着せたらまたの間に付いてるもう一人のアンタが反応するやつでいいんじゃない?」


「おいこら、現役JK何言ってやがる」


「効率的かつ効果的な選び方だと思うわよ? 『お前に付いてるお前を信じろ』」


 最低の天元突破である。


「まあ、その基準で選んだって言ったら、普通はぶっ飛ばされると思うけどね」


「だろうな」


 ちなみに、股間こかんの話は置いておいて、単純なフィーリングだけで選ぶなら、普段見慣れているものと近いということもあり結城も初白が選んだやつと同じものを選ぶ。割とこの辺りに関しては似た者同士なのかもしれない。


「らちが明かないわねえ……ねえ、初白さん。せっかくだしアタシが選んでもいい?」


「え? あ、はい。ご迷惑でなければ……」


「迷惑どころか、初白さんみたいなカワイイの服選ぶのは結構楽しみよ」


「じゃ、じゃあ、お願いします……」


「よーし、腕がなるわねえ」



「ふう」


 結城はショッピングモールの一角にあるベンチに座って持参した数学の参考書を読んでいた。大谷に「驚かしてやるから決まるまでその辺ブラブラしてなさい」と言われたからである。


「それにしても女子の買い物は長いっていうのは本当だったんだな。積分のとこ読み終わっちゃったぞ」


 結城がそんなことを考えていると。


「待たせたわね結城」


 結城が参考書から顔をあげると、大谷が目の前で仁王立ちしていた。その表情はやたらと満足げである。


「なかなかの力作に仕上がったわ。やっぱり素材がいいと選びがいがあるわね」


「おお、そうか。それは楽しみだな……てか、その初白はどこに行ったんだ?」


 と、思ったら大谷の後ろに隠れていた。


「……あの、大谷さん。やっぱり恥ずかしいです」


「なに言ってるのよ。結城に見せるために服買いに来たんでしょう。コイツだって早く見たくてウズウズしてるわよ」


「……そうなんですか?」


 大谷の背後から顔を少しだけ出した初白がそんなことを言ってくる。


「ま、まあな。でも、あんまり恥ずかしいなら無理にとは言わないぞ。家に帰って落ち着いてからでも……」


「と言いつつメチャクチャ姿勢が前のめりになってるじゃない……」


 誰が見ても興味津々の結城に、大谷があきれたようにそう言った。


「……えーと、はい。では……」


 初白はおずおずと大谷の陰から出てくる。

 その姿を見た瞬間。


「………………………………………………………………………………………………………」


 結城は口を開けたまま固まってしまった。


「……あの、どうで、しょうか。変じゃないで」


「すげーかわいい」


 結城は思わずそう叫んでいた。


「……そ、そうですか」


「ああ、すごいな。そうか、こんなに違ったかわいさになるのか」


 結城の様子にニヤニヤと笑った大谷がコーディネートを満足げに解説する。


「普段の黒い制服は落ち着いた雰囲気があるから、少し活動的な印象にしたかったのよ。だから明るめなベージュのロングカーディガンに、頭にはワンポイントでキャスケットをコーディネートしてみたの」


「なるほど。かわいいな」


「初白さんのことだからスカートも似合うと思っていたのだけれど、ここは思い切ってホワイトグレーのパンツスタイルで引き締まった印象も加えてみたわ」


「なるほど。凄くかわいいな」


「だけどそうね、初白さんの本来の持ち味はなんといってもしとやかさだから、足元は清楚にミュールで飾って、シャツは丸襟のものにしてみ」


「なるほど。最高にかわいいな」


「……聞いちゃいないわね」


 大谷が呆れたようにため息をつく。

 正直なところ服飾の知識が皆無である結城にとって、大谷の言っていることは異世界の呪文じゆもん並みにサッパリである。

 だが、目の前の初白の新鮮なかわいさだけは、これでもかと伝わってきた。元々ほっといてもかなりの美少女である分、これは反則級である。気づけば道行く人達が男女問わずチラチラと初白の方を見ていた。


「……生きていてよかったぜ」


「あー、はいはい。選んだ側としても、それだけ『かわいいかわいい』言ってくれるなら悪い気はしないわ。けど、そろそろ止めとかないと彼女さん倒れるわよ」


 見ると、初白の顔はで上がったみたいに真っ赤になっていた。


「ああ、すまん。あんまり大きな声で『かわいいかわいい』連呼されると、恥ずかしいよな」


「……いえ、その、ありがとうございます」


 顔を赤らめながら初白が結城を見上げてくる。薄く化粧もしてあるらしく、唇が少しキラキラとしている。あー、ヤバいなこれ。抱きしめたくなってきた。

 などと、自分の衝動と闘っていた結城だったが、その肩を大谷が掴んだ。


「さあ、次はアンタよ」


「え? なんで?」


「アタシの腕によって美少女っぷりに磨きのかかった初白さんの隣にそのったい制服で並ぶのは罪だわ。だから、強制連行よ。ほら、さっさとメンズのコーナーに行くわよ」


「マジかー」


――

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