第12話 友達を紹介する3
しばらくお菓子を食べながら三人で談笑していたが、大谷が時計を見て立ち上がった。
「もうこんな時間ね。行きましょうか?」
「行くってどこへ?」
結城の問いに大谷が答える。
「どこって、近くのショッピングモールよ。初白さんの服を買いにね」
ああ、なるほどそういうことか。と納得する結城。
しかし、初白は驚いた顔をして言う。
「わ……私の服ですか?」
「そうよ。さすがにずっと今みたいに制服とジャージが一着ずつってわけにはいかないでしょう?」
「そこまで、困ることはありませんけど。ああ、でも。もう一組あると洗濯が楽になるかもしれませんが」
「……いや、そういうことじゃなくてね。結城から話には聞いていたけど、ホントに欲が無いのね」
ため息をつく大谷。
まあ、あまり物欲の無いほうであると自覚している結城ですら驚いたほどである。
この調子だと、また結城の出費を心配して恐縮するだろう。
「……それに、住まわせてもらってる以上は、あまり
ホントに予想通り言ってきた。初白のこんな風に相手の事情を気づかえるところは
「あー、そうなんだー、残念だったわねー、結城」
大谷が棒読みでそんなことを言い出した。
「いやー結城がこの前授業中に、オシャレした彼女が見たいって言ってたのよねー」
急にどうしたんだと思った結城だったが、大谷が目でこちらに訴えかけていた。
ハナシアワセロ。
と。授業中に口走ったという設定は勘弁してほしかったが、初白のためなら仕方ない。
初白も確認するようにこちらの方を見てくる。
「ああ、そうだな。いつもと違う初白が見たいぞ」
結城が真剣な表情でそう言うと、初白は顔を赤らめる。
「……えっと、はい。じゃあ、新しい服を買っていただけると嬉しいです」
「よし。じゃあ、行きましょう」
大谷は満足げな顔でそう言うと、玄関の方へスタスタと歩いていく。
「さて、
「はい」
だが、その前に一つ聞いておかなくてはならないことがあった。
「なあ、初白……大丈夫なのか?」
「……はい。大丈夫です」
「ほらー、早く行くわよー」
玄関で大谷が呼んでいる。結城と初白も玄関の方に歩いていく。
結城はここに住みだして以来何百回も繰り返した慣れた動きで自分の靴を履くと、玄関の扉を開けた。
一方、初白は玄関の前でここに来た日に履いていた学校指定のローファーをじっと見つめる。その様子を見て先に外に出ていた大谷が言う。
「どうしたの初白さん?」
「いえ、何でもないです。すいません……今行きます」
「……なあ、初白」
「……大丈夫です……大丈夫」
初白は自分に言い聞かせるような口調でそう言うと、靴を履いて立ち上がった。
そして、玄関から外に出ようとして。
クラッ、とその体が傾いた。
「初白さん」
突然のことに驚く大谷。
「おっと」
「……やっぱり、まだ難しいか」
「……結城さん。ありがとうございます」
「結城、やっぱりっていうのは?」
大谷の問いに初白が少し震える声で答える。
「……ご心配かけてすいません、お恥ずかしいことに外に出ようとすると少し……」
「とりあえず、一度座ろう、初白」
そう。初白は結城の部屋に来てから今日まで部屋の外に出ることができていなかった。ここに来る前にあった何かがそうさせるのか、玄関で靴を履いて立ち上がると、体の力が抜けてしまうのである。
何度試してもそれは変わらなかった。初白がここに来てから今まで、外に出たのは洗濯物を干すためにベランダに出るときだけである。
そのため、ご飯の材料は初白に食材のメモを用意してもらって結城が近所のスーパーで買っていた。
結城としてはさすがにこのままというわけにはいかないと思っていたが、無理をしてほしくはなかったので特に言及したりせず、ゆっくりと休んでもらうつもりだった。
二週間近く経つので今回は外に出られるかと思ったのだが、まだ早かったのかもしれない。結城はそのことを大谷に簡単に説明した。
それを聞いて、大谷は目を見開いた後になんとも言えない申し訳無さそうな表情を作る。
「……ごめんね。初白さん」
「……いえ、大谷さんが気に病むことでは」
結城は改めて実感する。最近よく笑うようになったせいで忘れかけていたが、初白はおそらく相当に
もちろん、だからといって自分の大好きなかわいい彼女であることは変わらないが。
「とりあえず、今日はもう少し部屋でゆっくり話でもしよう。最大二人プレイだけどゲームもあるしな」
結城がそう言うと大谷も同意する。
「そうね、買い物はまた今度行けばいいわ」
初白は少しの間、黙ったまま
おそらく、彼女のことだから申し訳無さでいっぱいになってしまっているのだろう。
が。
顔を上げた初白が言ったのは予想外の言葉だった。
「……いえ、行きます」
初白の口から絞り出すように出た言葉に驚く結城。
心配になったが、その表情は真剣だった。
「初白……」
「……結城さんに、いつまでも甘えているわけにもいきませんから」
それに。と前置きして初白が小さく微笑む。
「……結城さんが喜んでくれるなら、オシャレした私を見てもらいたいですから」
その笑みは、苦しい中で見せた空元気のようなものだったが、ただその
初白は深呼吸を五回ほど繰り返すと少しふらつきながらも立ち上がった。
「結城さん……手、握っていてもらえますか?」
「ああ。何があっても離さない」
「……ありがとうございます。甘えてばかりはいられないって言ったばかりなのに、いけませんね」
「俺は
結城がそう言うと、初白は結城の肩に一度自分の額を当てた。
「……大好きです。結城さん」
その言葉を聞いて結城はハッとする。
ああ、そう言えば。初めて言われたな。彼女から、初白から。自分の事が好きだと。
結城の体がカアッと急激に熱くなる。
嬉しすぎて言葉が出てこない。
初白は結城の肩から離れると、もう一度深呼吸をした。
そして。
一歩踏み出す。ふらつく足取りで。
二人の手は
自然とお互いに指を絡めていた。普段の手のひらを重ね合わせるだけのものではなく、いわゆる恋人繋ぎというやつである。より近くにお互いの存在を感じる。
そして、あと一歩。
玄関と外を区切るラインが目の前にある。
初白がギュッと手に力を入れる。伝わってくるのは不安か恐怖か。
だから、結城も強く握り返した。大丈夫だ。俺が一緒にいると。
初白はもう一度深呼吸をして。
最後の一歩を踏み出した。
「……ふう」
だいたい二週間ぶりか。久しぶりに外の世界に出た初白は小さく息を吐き出した。
そして、固く手を繋いでいる結城のことを見る。
「……ありがとうございます」
「ああ、よく頑張っ」
「初白さんっ」
結城の言葉を遮って、大谷は初白に歩み寄るとその頭を
「よくやったわ。偉いわよ!!」
「ちょ、ちょっと、大谷さん」
少し乱暴に撫でられて困惑する初白だったが、その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。
――
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