第11話 友達を紹介する2

 翌日。

 教員たちの都合で半日授業だった学校を終えた結城と大谷は、結城の住む部屋の前に来ていた。


「そう言えば中にはいるのは初めてね、モニター持ってくる時に一度ここまでは来たけど」


「そう言えばそうだったな」


 学校を終えて一度家に戻った大谷は、制服のままだったが学生カバンとは別のバッグを持って出てきた。何が入っているのだろうか?


「さて、不愉快なほど話に聞かされてた初白ちゃんとやらにご対面といきますか。アンタがあんまりカワイイカワイイうるさいもんだから気になってはいたのよね」


「ふっ、その言葉に偽りはないぜ……何せ初白は世界一カワイ」


 ガチャ。


「お邪魔しまーす」


「聞けよ」


 結城ののろが始まったことを察したのか、さっさと扉を開けて中に入る大谷。

 そして、玄関に入るとリビングから初白が何時も通りの制服姿で出てきた。


「お、おかえりなさい結城さん」


「ああ、ただいま。えーと、紹介するわ。同じクラスの大谷翔子しようこな」


 初白はやや緊張した面持ちである。結城から話は聞いていても、やはり結城以外の人と面と向かって話すのは怖いのだろう。


「は、はい。初めまして……初白、小鳥ことり……です……」


 あーほら、段々声がしぼんでいっちゃってるし。

 さて、一方の大谷は。


「……」


 信じられないものを見たとでも言わんばかりに、大きく目を見開いて固まっていた。


「おい、どうした?」


「……嘘よ……なんで……」


 大谷はそうつぶやいて首を横に振った。

 何だこの尋常じゃない反応は……いや、待てよ?

 結城の脳内にある可能性が浮かび上がる。


(もしかして……大谷は、初白のことを知っている?)


 そう言えば大谷は初白の通っている学校に知り合いがいると言っていた。もしかしたら、そのつながりで初白のことを知っているのではないだろうか。

 だとすれば、一体どんな関係性ならここまでの反応になるのだろうか?


「……だって、そんな……ありえないわよ……」


 ふらついて、玄関の扉に手をつく大谷。

 幽霊でも見たかのような反応だ。

 まさか、幼い頃に失踪しつそうした友だちと容姿が生き写しだったとかか? 前に大谷に読まされた漫画にそういう展開があったはずである。

 何はともあれ、初白も心配そうにしている。ここはいったん、外に出て大谷から事情を聞かなければならないだろう。


「なんで……」


「なあ、大谷。いったん外に」


「なんで、この唐変木の彼女がこんな黒髪ロング超絶美少女なのよ? 世の中舐めてんの?」


 ズコーッと、結城がズッコケた。


「そっちかよ 紛らわしいわ」


 大谷がアホを見る目で結城を見下ろす。


「……なにバカみたいなリアクションしてるのよアンタ?」


「お前にだけは言われたくねえ……」


 しかし、改めて他の人間のこういうリアクションを見ると、初白は相当な美少女なんだなと思い知る結城だった。

 大谷は初白の方を向くと、いつも通りのしんの通った声で挨拶あいさつする。


「初めまして、初白さん。大谷翔子よ。この三流リアクション芸人の同級生やってるわ」


 ひどい言われようである。


「は、はい。よろしくお願いします、大谷さん」


「んー」


「あの、どうしたんでしょうか、私の目をじっと見て……何か気になることでもありますか?」


「んー、目にハートマークとか入ってないわよね。ひとみから色が消えてたり」


「……は、はあ」


 何が何だか分からないという様子の初白。


「結城、アンタのスマホの中見せなさい、催◯アプリとか入ってないかチェックするわ」


「ねえよっ」


「冗談よ、冗談。三割くらい」


 思った以上に本気の含有量が多かった。


「まあ、それはさておき。初白さん」


「は、はい」


「アンタには言わなくても分かると思うけど、コイツは分かりにくいけどいいやつなのよ。分かりにくいけど。具体的には湘南新宿ラインの」


「それはもう聞いたぞ」


 どんだけ分かりにくかったんだよ、湘南新宿ライン。


「でまあ、そんなコイツの良さを分かってやれたアンタは、人を見る目がある子だってアタシは思う。人を見る目がある子はアタシは好きよ。だから、もしアンタのお眼鏡にアタシがかなうなら……仲良くさせてもらってもいいかしら?」


 大谷はそう言って右手を差し出した。


「えっと、その……」


 初白は少し戸惑って、結城の方を見た。結城は黙ってうなずく。

 初白はそれを見て、恐る恐るではあるが自分の手で大谷の右手を取って握手をした。


「……よろしく、お願いします」


「うん。よろしくね」


 どうやら、ファーストコンタクトはくいったようである。

 よかったよかった。と喜ぶ半面、自分は手を握るまでちょっと時間がかかったんだけどなと、少し悔しい思いをする結城だった。


「……あの、どうしたんですか、結城さん?」


 表情に出ていたのだろうか、初白に心配されてしまう。


「……いや、なんでもないよ。ちょっとあれだ、女同士のほうがやっぱりみやすいんだなって思っただけだよ」


 初白は結城がそう言ったのを聞いて、きょとんとした顔をする。


「……結城さん。もしかして、嫉妬してくれたんですか?」


「え? いや、別にそういうわけじゃ……」


「ふふ、そうですか……ふふ」


 嬉しそうに微笑む初白。

 むう。これは確かに無性に悔しい。


「ちょっと、なにこれ……アタシこの角砂糖みたいなノリ、この後しばらく見続けるわけ?」


 大谷は少々うんざりしたようにそう言った。



 自己紹介も終わり、結城達たちはひとまずリビングに上がった。


「物少ないわねー」


 大谷の第一声はそれであった。

 初白には特に言われなかったが、やはり自分の部屋の物の少なさは珍しいんだなと結城は改めて思った。


「大谷さん、お茶です。どうぞ」


「あら、気が利くわね。ほんと出来た彼女だわ」


「だろ 初白はほんとにいい彼女なんだよ。マメだし、気が利くし、料理上手いし」


「……ッ」


「……彼女を人に自慢するのは結構だけど、褒められてる彼女さんは顔真っ赤になってるわよ?」


 大谷の言う通り、初白の顔を見ると色白の頬が真っ赤に染まっているのをお茶を持ってきたお盆で隠していた。

 まあ、確かに目の前で自分のことをベタ褒めされると気恥ずかしくなるよな。


「ごめんごめん、初白。つい、自慢したくなっちゃって」


「……もう、結城さんってば……」


 初白がそんなことを言いつつも少し嬉しそうなのは、彼氏の欲目だろうか。

 つい結城も表情が緩んでしまう。


「……」


 見れば大谷がコップ一杯のガムシロップを飲み干したかのような顔をしていた。


「どうしたんだ?」


「無自覚か……何でもないわ。なんかアンタらといると生活習慣病にかかりそうだと思っただけよ」


「?」


 結城と初白は言っていることの意味が分からず首をかしげる。


「まあ、いいわ」


 大谷がそう言いながらごそごそとバッグから取り出したのは、チョコ、スナック菓子、ラムネ、グミ……要するにお菓子だった。

 結城はそれを見て言う。


「お? お土産か?」


「まあ、友達の家に行くときはお菓子持ってくことが多いわね」


「お前、だからせな」


 ガス。


「あべしっ」


 テーブルの下で、大谷の前蹴まえげりが結城のすねさくれつした。


「……」


「あれ? どうしたの初白さん。お菓子じっと見つめて」


「あ、その……」


 初白の様子を見て結城はあることに気づく。


「もしかして、食ったことないのか?」


「……ええ、小さいころには確か食べていた記憶があるんですけど」


 携帯を持っていなかったことに引き続き、これはまたなかなかに驚いた。

 大谷も目をパチパチとしていたが。


「そう」


 と一言呟いて、コンソメ味のポテチの包装を背の部分から破ってテーブルの上に置いた。皆で手に取ることができるようなパーティースタイルの開け方である。


「さあどうぞ、初白さん」


 大谷にそう言われると、初白はまるで毒見でもするかのように恐る恐るといった様子で一枚手に取った。


「い、いただきます」


 初白の口がぱくりとポテチの端をかじる。

 大谷はその様子をジッと見ていた。


「……あ、美味おいしい」


 少し驚いたような顔で一言、そんな素直な感想を口にした。

 それを見た大谷がうんうんと頷く。


「ほら、もう一枚どうぞ」


「え……いいんでしょうか?」


「いいのよ」


 そう言いながら大谷も一枚ポテチをつまんで、口の中に放り込む。


「こういうのは、下手に遠慮しないのがマナーってもんよ」


「……じゃ、じゃあ」


 初白は、また丁寧にいただきますを言って、一枚手に取って食べる。

 そうすると、今度は頬が緩んだ。美味しいものを食べて幸せを感じているというのが、よく伝わってくる素直な反応だ。

 その後も、次々に手に取って食べていく大谷につられるように、初白もポテチを手に取って口に運んでいく。

 モグモグと小さな口を動かして、たかだか百円くらいのお菓子で幸せそうな顔をする初白を見て大谷は微笑む。


「なるほどねえ」


 大谷はそう言うとテーブルの上に乗りだして初白の頭をでた。

 少し驚く初白。


「あ、あの、大谷さん」


「いやー、あれだわ。結城。アンタが初白さんのことかわいいかわいい言う理由が分かった気がするわ」


「……そ、そんな、恐縮です。大谷さんこそ、かっこよくて美人で……」


「それアンタみたいな素材のままでかわいい子が言うと嫌みになっちゃうわよー……でもかわいいからアタシは許す」


 そう言ってさらによしよしと撫でまわす。初白の方も大谷に撫でられるのは困惑がありつつも怖いということはあまり無いようである。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。


「ああ、俺が出るよ」


 二人には仲良くやっていてもらおう。



「新聞の勧誘って大変そうだなあ」


 玄関の外で十分以上は立ち話してしまった。

 結構スタイルのいい大学生っぽい女だった。要らないと断ったのだが、洗剤やら遊園地の招待券やらの特典で粘ってきた。押しに弱い人なら契約してしまう人もいるのだろう。

 結城は玄関を開けて再び部屋の中に戻る。


(しかし、大谷を連れてきてよかったなあ)


 さっきの様子を見る限り、同性の友達というよりは姉と妹に見えなくもないが仲良くやれそうである。

 初白もうれしそうだった。これで自然と大谷から普通の女の子を知ることができるだろう。

 そんなことを思いながら結城はリビングに戻った。


「すまんすまん、勧誘がしつこくて」


「どう初白さん。この、秀介しゆうすけとアキラって二人のカップリングが熱いと思うんだけど」


「おいこら」


 大谷が初白に美形の男二人が体を密着させて顔を寄せ合ってる表紙の漫画を読ませていた。


「なによ、ちゃんとれ場の無い全年齢対象よ」


「いや、そういう問題じゃなくてだな。俗っぽいことを知ってほしいとは思った

が、菌を付着させてくれとは言ってないぞ」


「なーに言ってんの。これこそ淑女のたしなみよ。BLが嫌いな女などいないわ」


「偏見が過ぎるだろ」


「で、どう? 初白さん?」


「えーと、ちょっとよく分からないかもしれません」


 初白は律儀に渡された漫画を読みながらそんなことを言った。

 ほれみろ、と結城が目で大谷に言う。大谷はなんだ残念と肩を落とした。


「でも……」


 初白は自分でも少し戸惑っているような様子で言う。


「なぜでしょう……男の人同士が顔を寄せ合っているのを見ると……こう、胸の奥から沸き上がるものが」


 沸き上がってしまったようである。

 大谷は、まるで新たな生命の誕生を目にしたかのような輝いた目をして言う。


「……素晴らしいわ、初白さん。アナタはきっと立派な淑女になるわ。ああ、あとこのスマホゲームのFBOってやつが今流ってて」


「おい待て、それは結構金かかるって聞くぞ」


「大したことないわよ、せいぜい月に一、二回諭吉ゆきちが聖杯にささげられるだけで」


「十分ヤバい暗黒ATMじゃねえか」


 大谷を連れてきたのは間違いだったかもしれないと思ってしまう結城であった。

 ちなみに初白は携帯を持っていなかったのでFBOはできなかった。


―――――――

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