第10話 友達を紹介する

「そう言えば、初白はつしろさ」


「はい?」


 朝食を食べている時に、結城ゆうきは前から気になっていたことを話す。


「何か欲しいもの無いか? 今ほら、生活必需品とかは全部俺が予備で持ってたやつだし」


 一応、生理用品や学校指定のジャージが助けた日に持っていたカバンに入っていたので、必要最低限のものは揃っているようだが。


「……んーと、どうでしょう。私は特に不自由はしていないですが」


「そうなのか?」


 初白は女の子である。特に何も言ってこなかったので結城の方も何も言わなかったが、本来は何かと入り用なのではないだろうかと思ったのだ。


「はい。あ、結城さんご飯おかわりします?」


「ああ、お願いするわ」


 結城のちやわんを受け取って台所に歩いていく初白。

 その様子に特に無理をしているような様子はなかった。


「うーむ」



「なあ大谷おおたに、どう思う?」


「異常だと思うわ」


 放課後に大谷に相談すると、即答で断言してきた。


「アタシらと一つしか年の違わない女の子が、着るものは制服とジャージが一着ずつで、化粧も一切せず、趣味らしい趣味といえばアンタが買ったゲームだけ。それで全く不満が湧かないなんてどうかしてるわ。本気でどうかしてる」


「そこまでか」


「ええ。男だったら、オ◯ニーを一切しなくても欲求不満にならないくらいの異常よ」


 それは大層な異常である。


「でも、本人は本当に不満がないみたいなんだよな。無理しているようには見えないし。俺はあんまりその辺察するの得意とは思ってないけど」


「……そうね。推測だけど、アンタのところに転がり込むまで同世代の女の子と上手くやれてなかった、というのはあるでしょうね。話聞く限り、その子は欲がなさすぎるわ」


 大谷は自分のカバンの中から瑠璃るり色の丸くて平たいケースを取り出す。


「なんだそれ?」


「スキンケア用のクリームね。オールインワンっていって色々な肌のケアに必要なモノが一緒に入ってるやつよ。値段も手頃だし、使った感じも悪くないわ。他の子に薦めても使い続けてる子は多いわね」


「へえ。そういうの全く知らないから新鮮だな。あ、落ち着く匂いするな」


「そこも、これのいいところね。主張の強い匂いがするやつは好みが分かれて薦めにくい所あるから……っていうような会話を、同年代の女子同士でいれば日常的にするのよ。そしたら自然に自分も欲しくなってくるでしょう?」


 なるほど、とうなずく結城。

 まあ、ついこの間までの結城のように、どうしてもやらなくちゃいけないことがあって他のことに一切興味を持たなかったという可能性もないわけではないのだろうが。

 結城自身も、自分のような人間が同世代でほとんどいないことは自覚している。


「逆にこういうとこで多少は興味を示さなければ、会話についていけなくなるわよ。彼女さんには、一人でもいいからそういう『俗っぽいこと』を教えてくれる同性の友だちがいるといいかもしれないわね」


「そうか。『俗っぽいこと』を教えてくれる同性の友だちなあ……」


 現状では中々望むべくもない相手である。

 初白はいい子だが、かなりデリケートだ。かなり人を怖がるし、他人が怒らないよう必要以上に配慮してしまう。また、結城の部屋で一緒に暮らしているという現状も、彼氏彼女同士だしやましいことは一切していないとはいえ、いぶかしむ人間は少なくないだろう。

 そういう部分をわかった上で、初白と付き合えるような信頼できる女子などそうそういないのではないだろうか?


「んー……ん?」


 結城は机を挟んで向かい合う大谷を見る。

 大谷はサッと目をそらすと、席を立った。


「さて。帰って、いろの◯片の続きでもやるかしら」


 結城は立ち去ろうとする大谷の上着のすそわしづかみにした。


「何よ?」


「……大谷よ。お前を『俗っぽい』女と見込んで頼みがある」


「昼飯代半年分」


「いきなりふっかけすぎだろ!? こういうのは長くて二週間とか」


「ご縁がなかったわね」


「あー、待て待て。二か月分、二か月分でどうだ?」


 結城が焦ってそう言うと、大谷はニッコリと微笑んだ。


「聞き分けの良い男は素敵よ。結城」



「というわけで、明日あした友だちを家に呼ぶことになった」


「はあ、そうですか」


 学校とバイトを終えて帰ってきて晩御飯を食べ終え勉強を一通りこなした結城は、ベッドに寄りかかりながら初白と互いに体を預けて座っている。

 寝る前に互いの体温を感じながら他愛もないことを話すのが、二人の習慣になっていた。


「……では、私はその時だけ出ていましょうか?」


「あーいや、無理はしなくていいよ。俺らの事情知ってるからさ。実はお前のことで色々相談もしてたし」


 結城がそう言うと、初白はなぜか眉間みけんに少しシワを寄せた。


「……その大谷さんという方は、女性ですよね?」


「ああ、そうだぞ。俺の同級生。というか一つ後ろの席だ」


「どういう、女性なんですか?」


 んー、と少し考えて結城は言う。


「しっかりしていて話しやすいやつだと思うぞ。基本は真面目だけど冗談も言える。面倒見もいいしな。いっつも漫画とか小説ばっかり読んでるようでいて、ちゃんと勉強もしてて成績はいいな」


「……ずいぶん、手放しで褒めますね」


「まあ、俺の唯一の女友達だしな。不満みたいなものがあるとするならそうだな……強いて言えば、今でもそこそこモテてるんだけど、もうちょっとダイエットとかすれば、ものすごい美人になると思うんだよね。本人の勝手ではあると思うけど、やっぱり外から見てるともったいなく感じるわ」


「……へー、ふーん、そうですかそうですか」


 初白はそう言って、急に結城の体から離れるとそっぽを向いてしまった。

 体温がなくなって冷えていく右肩が寂しい。


「どうしたんだよ、初白」


「知りません」

 そう言ってムスッとした顔になる初白。なんだなんだ? と困惑する結城。

 どうして急に不機嫌になったのだろうか。普通に大谷はいいやつだという話をしただけなのだが……。


(ま、まさか……これは)


 結城の定期試験学年トップの頭脳は、ある結論にたどり着き。


嫉妬しつとか!!)


 雷に打たれたような衝撃を受ける。

 そうかそういうことか、まあ確かに目の前で彼氏が他の女子のこと良く言い過ぎたらあんまりいい気はしないよな。しかしそうか……嫉妬か。

 ぬおおお。申し訳ないとは思いつつも、初白が自分を想ってくれている証拠なのは確かだから、うれしくなってしまう。さすがにそんなことは言えないけど。


「……なんでニヤついてるんですか結城さん」


「いや、初白が嫉妬してくれたのが、俺のこと想ってくれてるなって感じで嬉しくって……あ、言っちゃった」


 普通に、モロに言ってしまった。

 初白は顔を赤らめて、ムーッと頬を膨らませる。


「……結城さんのばか……えい」


「おっふ。ちょ、指で脇腹突つつくのやめろ、くすぐったいから……おっふ」

 その後しばらく、初白に脇腹を突かれ続ける結城であった。

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