第9話 プレゼントしたい4
翌日の昼。今日は休日である。
十二時間ぐっすりと寝て、目を覚ました初白に結城は言う。
「あれか、一日中やってたんだな。夜中にもこっそり起きて」
「……はい。結城さん寝つきが凄くよくて、音を消してやっていたら起こすこともなさそうだったので」
初白は結城の正面に正座したままうつむいて言う。
確かに結城は普段勉強とバイトでがっつりと疲れて帰ってくるせいか、物凄く寝つきがいい。多少の物音では起きないタイプである。
「にしても、やりこんだなあ。これ、装備とかもほとんど揃ってるじゃないか」
あ、このキャラの装備、リメイク版だとこんなのあるんだな。
他の装備もこうしてCGで見ると印象違ったりして新鮮だなあ。
「……すみません」
初白の落ち込みようは酷(ひど)いものだった。
結城からすれば、別にそれほど悪いことをしたわけでもないと思うのだが……。
「……心配をかけてしまって。今朝の朝食をお作りすることも出来ませんでしたし、なにより……結城さんが勉強やアルバイトを頑張っている間に自分ばかり遊んでしまって」
そう。初白はそういう少女だ。
こんなことでさえ相手の事情を考えて強く反省をしてしまう、いい子過ぎる少女である。
声が震えている。まるで窓ガラスを割って親に叱られる子供のように。
今にも泣きだしそうな表情だ。恐怖か後悔か、おそらくこの後に来ると思っている相手の怒りに怯(おび)えているのだ。なんでこうなってしまっているのかは分からないが、初白には相手の怒りを過剰に恐れるところがある。
初白は絞り出すような声で言う。
「……もう二度とゲームはやりません。ですから」
だから。
「うん。よかった。お前がそんなに楽しんでくれて」
結城は明るい声で、そう言った。
「……え?」
何を言われたのか分からないというような表情でポカンとする初白。
「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、その、そうではなくて」
「六十時間もやったってことは、楽しかったんだろ?」
初白はしばらく固まっていたが、やがて小さな声で返事をする。
「……はい、すごく。あの……」
初白は恐る恐るといった様子で尋ねる。
「……怒らないんですか?」
結城は一つため息をつくと初白の傍に寄って、その震える手に自分の手を重ねた。
うつむいていた初白が顔を上げた。
二人の目線が重なる。結城は真っすぐに初白の目を見て言う。
「怒らない」
「……!!」
「こんなことで怒ったりするもんか。そもそもこのゲームは、お前に暇な時間楽しんでもらうために買ってきたみたいなところもあるからな」
「ええ、それは。なんとなくそうかなと思ってましたけど……」
「だから、楽しんでくれて嬉(うれ)しい。それだけだよ。あ、でも、飯だけは忘れずにちゃんと作ってくれると嬉しいかな。最近、初白の料理食べるのが生きがいみたいなところあるし」
「……、……うぅ」
「う?」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
「うお!! どうした!?」
急に子供のように泣き出した初白。なんだなんだ? 手を強く握りすぎたか?
と、慌てて手をどけようとする結城だったが、初白がその手を握ってきた。
「……結城さんは……なんで、そんなに優しくしてくれるんですか……」
涙を滲(にじ)ませながらそんなことを言ってくる初白。
優しいというか、結城としてはただ自分が初白にしてやりたかったことをしているだけだった。こんなに泣かれると思っていなかったので焦るばかりである。
ただまあ、なんでと言われたらそれは。
「彼氏だからな。初白の」
それを聞いて、また一段と勢いよく初白の涙腺(るいせん)から水分が流れ出していく。
結城は少し迷ったが、泣きじゃくる初白の頭を優しく撫(な)でた。
手触りのいい初白の髪の感触が心地いい。
しばらくそのまま静かな部屋の中に初白の泣く声が響いていた。
「……大丈夫、大丈夫だ。落ち着いたら一緒にやろうな、ゲーム」
そう言って、何度も何度も。結城は初白が泣きやむまで頭を撫で続けた。
◇
初白が落ち着いたので、夕方からのバイトの前に二人でゲームをすることにした。
買ってきた初日に二人でやった、セーブデータ1を読み込む。
さて、この四日間、寝る間も惜しんで励んだ初白の実力はと言うと。
「あ、結城さん。この敵は私がなんとかしちゃいますね(シュパパパパ)」
「お、おう」
う、上手(うめ)え。敵の反撃をほとんど受けずに、結城にはどうやっているかもよく分からない謎コンボで中ボスを圧倒していた。
「くっ、一発もらわなくても良い攻撃をもらってしまいましたか。小(こ)癪(しやく)な……」
これ、足引っ張らないようにサポートに徹したほうが良さそうだな。
と思うほど初白の操る獣人のキャラは強かった。結城が華麗なプレイングに見とれている間に中ボスが呆(あつ)気(け)なく爆発四散する。
「ふう……五分十三秒ですか。一撃不覚を取ったせいで、前に戦ったときよりも五秒もロスしてしまいました。一生の不覚です。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません」
「いや、十分何やってるのか分からないくらい見事だったぞ」
というかこれ、本来はタイムを競うゲームではないはずなのだが。
「あ、このマップからは入ったほうじゃなくて、ここの通路の奥に行くといいんですよ。たぶん、仕様のミスだと思うんですが、少し後に行けるはずの街に出られて強い装備を買えますから」
なんか、裏技みたいなのまで発見していた。だてに四日で六十時間やってない。
「ふふふ、出ましたねレアエネミー。稼がせてもらいますよぉ」
(んー、でも、あれかな。ちょっと寂しいかもなあ)
楽しそうにゲームをする初白を微笑ましく見つつ、結城はそんなことを考えてしまう。
なんかこう、今までで一番キラキラした元気な笑顔をしている気がするのである。ゲームに嫉妬(しつと)するとは、我ながらみみっちい男だなと自嘲(じちよう)する。
「あ、結城さん。そろそろアルバイトの時間ですね。ここまでにしておきますか」
「ああ、そうだな」
初白にそう言われて、結城はセーブをするとゲームの電源を落とす。
美麗な映像と音が消え、静かになった部屋に、モニターの前で並んで座る結城と初白だけが残された。
まだ、バイトに行くまでに少し時間はある。もう少しこのまま何か話でもしたい、と結城は思った。
「すごく上(う)手(ま)くなってたな初白。俺なんか付いてくことしかできなかったぞ」
結城がそう言った時。
「あの……結城さん」
「どうした?」
「その……肩」
肩? と結城は自分の肩を見るが、特になにか付いているというわけでもない。
初白はモジモジとしていたが、やがて恐る恐るといった感じで言う。
「寄りかかってもいいですか?」
「え? あ、ああ。俺はいいけど」
意外な申し出に少し驚く結城。
「でも、大丈夫なのか?」
なにせ、人に触れられるのが怖くて最初は手を触る事もできなかった初白である。
「こ、怖くないと言えば嘘になりますけど……でも、そうしたい、ので……」
少し震えながら初白はそう言った。
そうか、初白は怯えながらも前に進もうとしているのか。
「そうか、じゃあ、ほら」
「は、はい。行きますね……」
そう言った後、少し躊(ちゆう)躇(ちよ)して固まっていた初白だったが。
やがて、トン、と結城の肩に温かい感触が乗っかってきた。
「あったかい……結城さん……ありがとうございます」
同じシャンプーを使っているはずなのになぜか漂ってくる優しい匂いに、少し結城の心臓の鼓動が速くなる。
そのまましばらく、互いの体温と静寂を味わっていたが、やがて初白が言う。
「……ねえ、結城さん。最近、帰り遅かったですよね。お仕事忙しいですか?」
「ああ、最近ちょっとな。でも、もう忙しい時期は抜けたよ」
「そうですか……それは、よかったです」
初白は本当に安心した声でそう言うと、結城の手に自分の手を重ねてきた。
「……あの、外で勉強やお仕事を頑張っている結城さんにこんなこと思ってしまうのは、良くないことだって分かってるんですけど。本当は早く帰ってきてくれると、嬉しいんです」
初白は結城の肩に頭をあずけた。
「ゲームは楽しいですけど……その、やっぱり、結城さんとこうしてる時間のほうが私は、嬉しいですから……」
「初白……」
ああ。
ほんとに。
可愛いなあ。
自分で言って恥ずかしくなったのか、顔を赤らめている姿が愛(いと)おしい。
……今日バイト休みたくなってきたな。
あと六十時間くらいこのままでいたい。
◇
彼氏彼女として付き合っていくと、初白の色んな一面が見えてくる。
結城はそんなことを思う。
最初は暗く沈んだ少女という印象で、少し話してみれば上品で家庭的でものすごくいい子だと分かって、逆にいい子すぎて必要以上に怯えてしまったり、楽しそうにゲームに熱中したり。
「そんな彼女も、可愛すぎるんだが、どうしたらいいと思う?」
「アーハイハイ、シアワセソウデスネー」
翌日そんなことを大谷に話したら、カツサンドを頬張りながら棒読みで流された結城であった。
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