第8話 プレゼントしたい3

「へえ。彼女とゲームねえ」


 初白とゲームをした翌日。

 いつもどおりの学校の昼休み。大谷は購買のカツサンドを食べながらそう言ってきた。


「おう。初白も楽しんでくれたみたいでよかったわ。今頃練習してるかもしれないな……ん? どうしたんだよ意外そうな顔して」


「いや、アンタがそういう心配りをしたことが意外でね」


「待て待て。それじゃあまるで俺が普段気の利かない人間みたいじゃないか」


「……え?」


「おい、その『ほんとに自覚なかったの?』みたいな、ドン引きした顔をやめろ」


「冗談よ。アンタは分かりにくいけど普段から他人に気をつかってる。心底分かりにくいけどね。しようなん新宿しんじゆくラインの高崎たかさき行きと籠原かごはら行きの違いくらい分かりにくいわ」


「その例えが分かりにくいわ!?」


 いやまあ。確かに一度東京に行った帰りには間違えて籠原行きの車両に乗ったけども。


「今回はそれが、分かりやすく出たってことでしょうね。彼女……初白さんだっけ? その子のためにゲーム買ってきたんでしょ? ワザワザ遠慮しないように『自分が懐かしくなったから、一緒にやってくれ』とか、『今度一緒にやる時までに練習しといてくれ』とか言ったりして」


 大谷に完全に言い当てられて、少しバツが悪くなる結城。


「余計なお世話だったかな?」


「そんな事ないと思うわよ。それよりも、その初白って子、少しどころじゃないくらいワケありみたいじゃない?」


「ああ、やっぱりそう思うか?」


「今どきの子が携帯持ってないとか、ゲームをするのが初めてなんて普通ありえないわよ。それに、アンタの家に何日も泊まってるのに親も学校も何も言ってこないってのはどうもね……」


 確かに大谷の言う通りである。廃ビルの屋上から飛び降りようとしたことや、服の下に見えるアザや傷跡のことは話していないが、それでも十分に異常である。

 結城は思っていたことを話すことにする。


「あとさ、凄いいい子なんだけど、いい子すぎると思うんだよな」


「そうね。いったいアンタのとこ転がり込むまでどんな生活してたんだか……ねえ。その子の学校確か近くのお嬢様学校よね? アタシあそこに知り合いいるけど、その辺調べてみようか?」


 大谷はそう言ったが、俺は少し考えると首を横に振った。


「……初白は自分のことを話そうとはしないんだよ。俺はさ、今毎晩飯作って待っててくれる初白が好きなんだよ。だから過去のことは自然と気持ちの整理がついて、話す気になってくれるまではそっとしておいていいかなと思う」


「はあ、はいはい。幸せオーラごちそうさま。胸焼けしたわ」


 大谷はあきれたと言わんばかりにため息を吐いた。


「まあ、アンタは他人に無理に干渉したくないタイプでしょうしね。それでも、世の中にはホントは言いたいけど言い出せない人間も沢山いるし、そういう子は誰かが余計なお節介焼いてくれるのを無意識に待ってたりするものよ。女の子は特にね」


「そういうもんなのか?」


「そういうもんなのよ」


 そう言って大谷は少し遠い目をした。



「言いたいけど言い出せない……か」


 バイトの帰り道、大谷の言葉が胸の奥に引っ掛かっていた。

 それはまあ、結城だって初白の過去は気になりはするのである。

 少しモヤモヤとした気分のまま歩いていると、いつの間にか家の前についていた。


「まあでも、最近は本当に俺の部屋で落ち着いてくれてるみたいだしな」


 最初は少しぎこちなかった笑顔も、今ではものすごく自然なものになっていた。


「ただいま」


 特に、こうして帰ってきた結城を「おかえりなさい」と共に迎える笑顔などは、まるで天使のようで……。


「……あ、おかえりなさい……結城さん」


「……」


 台所の方から出てきた初白を見て、結城は少しまゆをひそめた。

 顔色が少し悪い気がする。それに、心なしか少しフラついているようにも見えた。


「どうしました? 結城さん」


「初白……何かあったのか?」


 結城のその言葉に、初白は少し目を泳がせた後言う。


「いえ、その……特に何も……」


「……そうか。何かあったら言ってくれよ」


「は、はい。あ、今日はカレーですよ」


「おう、そうか」


 その後は、いつも通りだった。

 初白の作ってくれたカレーはすごく美味しかったし、特別変わった様子もない。

 その日はバイト先が忙しくいつもより帰りが遅かったので、ゲームはせずに結城は眠りについた。



 その日以降、少しずつだが初白は体調が悪化していった。

 本人はなんともありません大丈夫です、と言うが明らかに顔色がよくない。

 大谷の言葉が、何度も思い出される。


『世の中にはホントは言いたいけど言い出せない人間も沢山いるし、そういう子は誰かが余計なお節介焼いてくれるのを無意識に待ってたりするものよ。女の子は特にね』


 ちょうどここ数日はバイト先が忙しく、帰るのがいつもより遅くなってしまっており、それが余計に結城の焦りを募らせる。

 そして、ある日の晩。

 夕食の食器を片付けるために立ち上がった初白は。

 急にその場に倒れた。


「初白っ!!」


 結城は慌てて駆け寄った。後悔が頭の中をグルグルする。

 やっぱり、ここ数日の初白はどこかおかしかったのだ。こうなる前にもっと何かできることがあったんじゃないか?


(違うだろ。今はそれよりも救急車を……)


 しかし。


「ん?」


 倒れた初白を結城が起こそうとしたとき。


「……すー、……すー」


 安らかな寝息が聞こえてきた。


「んん?」


「……すー、マ〇の聖域……ウィル〇ウィプス……ブース〇ブー……」


「んんんん!?」


 初白がつぶやいているのは、確か『聖槍伝説3』に出てくる用語だったような……。

 結城は初白をベッドに寝かせると、初めにプレイして以来触れていなかった『聖槍伝説3』の電源を入れる。

 そして、目を見開いた。


「なんじゃこりゃ」


 結城と初白の二人でやったセーブデータ1の下にある、セーブデータ2がフルコンプされていたのである。


「プレイ時間、六十時間て……」


 まだ、買ってきてから四日しか経ってないんだが。


「つまり、アレか。これ……ただの寝不足か?」


「……うーん、ニンジャマ〇ター、ごわいです……」


 初白はうなされながらそんなことを言っていた。

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