第2話 彼女2

 シャワーの音が結城の住む1DKの部屋に響いていた。


「つーか、女の子家に入れたの初めてだな」


 結城はリビングでベッドの上に胡座あぐらをかいて座りながらそんな独り言を言った。


「……シャワー、ありがとうございました」


 先程屋上から飛び降りようとしていた少女は、タオルで長い黒髪をきながらリビングにやってきた。着ているのは、結城の貸したジャージである。結城は背が高い方ではあるので、だいぶ丈が余ってしまっている。

 しかし、それでも湯上がりの少女というのはつい見とれてしまう魅力がある。

 少女は少し黙って立ち尽くしていた。

 ああ、どこに座っていいのか分からなかったのか。と結城は気がついた。


「その椅子座っていいよ」


 と、この部屋に一つだけある机の前に置かれた椅子を指差す。

 少女は、小さく頭を下げると、その椅子に座った。

 所作の一つ一つが丁寧というかれいである。育ちの良さみたいなものを感じさせた。


「……」


「……」


 少女は少しうつむいたまま黙っているので、沈黙が部屋を支配した。

 らちがあかないので、結城から聞いてみることにする。


「俺は、結城祐介。お前は?」


 結城が尋ねると、少女はビクリとした後、小さく口を開いた。


「……初白はつしろ小鳥ことり


 少女、初白は消えてしまいそうなかすれた声でそう言った。


「初白か。なあ、お前なんであんなことしようとしたんだ?」


「……」


 その言葉に、ギュッと目をつぶり下を向いて黙ってしまう初白。

 言ってから、しまったなと思った。自らの命を投げ出すほどのことだ、相当にデリケートな部分のはずである。先程から結城が何かを問いかけるたびに怖がって身をすくませているあたり、何かあるのだろう。


「ああ、ごめんな。答えたくないなら答えなくても」


「……私は、無いですから」


「ん?」


「私は……生きている意味……無いですから……」


 そう言った初白の目には、見ていて恐ろしくなるほどに冷たく底の見えない暗さがあった。

 ああ、ほんとにヤバいなこれ。ほっとくとまた飛び降りそうだ。

 友人は「世の中には死ぬ死ぬ言って死ぬ気は全くなくて、ただ構ってほしいだけのかまってちゃんがいるんだよ」などと言っていたが、この少女はつい先程本気で体を投げ出したガチ勢である。

 どうしよう。なんとか引き止められないだろうか。正直、自分と年の変わらない少女が死ぬのはもったいないと思う。しかも、結構美少女だし。


(っていうか、このほんと可愛いよな)


 テレビに出てくるアイドルや女優よりもはるかに可愛いぞ。などと考えていたせいか、気がついたらこんなことを言っていた。


「なら、俺の彼女になってくれよ」


「……?」


 初白が小首をかしげた。


「ん? あれ?」


 結城は今しがた自分の言ったことを思い出す。

 俺、今この娘に何言った?


「あー、いや、ちょっと待って。ちゃうねん。ちゃうねん。これはあれだ。生きてる意味が無いっていうからさ。んで、ほら、彼氏とかいたら生きてる理由になるかなって。ちょうど俺も今すっごい彼女欲しくてさ。しかも、初白は俺の好みど真ん中で……あー、何言ってんだー俺」


 結城はボンボンと自分の枕にヘッドバットする。


「違うからな!! 俺の部屋に入れたのそういうつもりは無いから、断じて無いから!! 少なくとも連れてきた時は無かったから!!」


「連れてきた時……は、ですか?」


「はい、すいません!! 今はあります!! だってー、お前スゲー可愛いんだもん、好みどストライクなんだもん。彼女が欲しいんだもん」


 結城は枕に顔をうずめてモゴモゴした声で言う。


「いいよ。出てってくれてかまわない。ここには妖怪ようかい彼女欲しい星人がいるから。身の危険感じるだろ」


 妖怪なのか宇宙人なのかどっちなんだと言いたくなる生命体を口にしてしまう結城。テンパり過ぎである。

 しかし。


「……ふふ」


 初白は小さく笑った。

 初めて見せるその表情の可愛さに、結城の心拍数が跳ね上がる。

 そして、初白は結城の顔を真っ直ぐに見つめると、思いもしない事を言ってきた。


「いい……ですよ」


「……え? なんて?」


 ベタなラブコメ主人公みたいなことを言ってしまう結城。


「……彼女、なりますよ」


 結城は自分で提案しておいて事態が飲み込めず、停止してしまう。


「そのかわりと言ってはなんですが、少しの間、ここに置いていただいても大丈夫でしょうか?」


「え? ああ、まあ。なんか事情もあるみたいだし。付き合ってる相手が少し家に泊まるくらいはおかしくもないしな……というか」


 結城が尋ねる。


「いいの? 俺と初白会ったばっかりなのに」


「……ええ。私には他にいくところもやりたいことも無いですし、助けたからといって無理にあれこれ強要しなかった結城さんはいい人だと思います。それに……」


「それに……?」


「……その、あんなにストレートに『可愛い』とか『好みどストライク』とか言ってくれて……うれしかった……ですから……」


 そう言って、両手で顔を隠す。隠したはいいが、耳のところまで赤くなっていた。

 可愛いな、おい。


「……そういうわけで、お願いしますね……私の彼氏さん」


「お、おう。こちらこそ、よろしく頼むわ俺の……彼女」


 結城の顔も真っ赤であった。

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