飛び降りようとしている女子高生を助けたらどうなるのか?
岸馬きらく
第1話 彼女
彼女が欲しくなった。
彼女が欲しくなったのだ。
彼女が欲しくなったのである。
高校二年生の
それまで結城は恋愛関係については、一切と言っていいほど興味がなかった。というより、それどころではなかったとも言える。中学の時に父親を亡くした結城は、バイトで生活費を稼ぎながら高校の授業料が全額免除され家賃も補助される特待生として常に学年上位の成績をキープしなくてはならなかったからだ。
同級生たちがやれ「〇〇さんは学園のアイドルだ」だの「□□先輩は王子様よ」だの言っているのを聞いて、余裕があって
そんな結城が、彼女が欲しいと思ったのは、夜遅くにバイトから帰ってきた時である。
いつものように、アパートの暗い部屋の明かりをつけ、
「……彼女が欲しい」
気がつけばそんな言葉を口にしていた。
ハッとなって、自分が今言った言葉を
彼女が欲しい。
彼女が欲しいと自分は言ったのだ。
「そ、そうか。考えてみれば当然の話だろ……」
結城祐介は多少他の同年代たちよりストイックなきらいはあるが、健全な十七歳の青年である。普通に考えて彼女の一人も欲しくないわけがないではないか。にんげんだもの。
「なんてことだ、彼女が……欲しくなってしまった……」
頭を抱える結城。
しかし、まあ、そうは言っても思ったからといってすぐにできるようなことはない。
そう考えて、その日はいつものように食事をして風呂に入って勉強をして寝たが、一度ついてしまった思春期の炎はその熱量を増し続けた。
翌日も一日中、頭の中でまだ見ぬ彼女とのデートやら何やらがグルグルと動き回り、ついに本日の数学の時間に
(cos β−cos α)2+(sin α−sin β)2=彼女が欲しい
などという理解不能な新しい計算式を生み出してしまい、いよいよヤバいなと思った。
「彼女欲しすぎるだろ俺……」
◇
さて。
その日もバイトを終えてコンビニの弁当を買った結城は、いつもの道を歩いていた。
天気は雨である。結城は傘を差しながら日本史の暗記を行っていた。
「
五代目と九代目将軍が『
どうしてこうなってしまったのか……。
学校の数少ない友人の一人は変態の極みみたいな男であるが、流石にここまで脳みそがピンク色の方向に染まっているということはないだろう。
「あー、やべーなこれ。そして、彼女欲しい」
そう言って頭上を見上げた時。
「ん? アレなんだ?」
夜で雨が降っているためハッキリとは見えないが、道の向かい側にある廃ビルの屋上に人影が見えた気がした。
「いやいや、まさかな」
とは、言ってみたものの、こんな時間でこんな天気の日に廃ビルの屋上に誰かがいるとしたら……それはもう目的といったらアレしかないのではないだろうか。そんなことを思ってしまう。
「……ちっ」
結城は廃ビルの階段を登り始めた。
◇
「うわ。ほんとにいやがったよ」
屋上についた結城はそう
囲むようにして取り付けられた腰の高さほどの
少し迷ったが、ここまで見てしまったのを見なかったことにするのは寝覚めが悪い。
そう思って声をかけようとしたその時。
少女の体が傾いた。
「本気かよ!!」
結城はとっさにアスファルトを
「ぬおおおおおおおお!!」
両腕に力を込めて、少女の体を引き戻す。
中学の頃運動部だったおかげか、それとも少女が軽かったからか、少女の体は柵を乗り越えて結城と一緒に屋上のアスファルトに倒れ込んだ。
「はあ、はあ、はあ」
結城はバクバクとする心臓の音を聞きながら、少女に向けて言う。
「まったく、お前何やってんだよ……」
その言葉に少女は顔を上げた。
ドクンと、結城の心臓が更に跳ね上がった。
(驚いたな。すげえ美人だぞ)
とはいえ、今はそれどころではない。
「お前、死ぬつもりだったのか?」
結城が尋ねると、少女は肩をビクリとさせその場に固まる。
言葉はない。が、ものすごく怖がられているのは分かった。
しばらくして、少女はゆっくりと首を縦に振った。
やっぱりか。完全に体投げ出してたしな。と呟く結城。
「とりあえずこういう時はどうすればいいんだ? あれか? 親か、警察に……」
そう言って携帯を取り出す結城。
そのシャツの
そして、黙ったまま小さく首を横に振る。
「いや、そうは言ってもな」
結城としては個人が自分の命をどう使おうと勝手だとは思うのだが、目の前で死なれてしまうのはさすがに寝覚めが悪いどころではない。
しかし、少女は小さく、本当に小さく消え入りそうな声で。
「……やめて……それは、やめてください……」
そんな事を言ってきた。
「いや、だからそう言われてもな……」
結城としてもこのまま「はい、そうですか」と立ち去るのがはばかられる理由があった。
「なあ、その
「……」
少女はハッとして自分の肩を抱いた。
先程引き上げたときに制服の一部がはだけて、下に着ているシャツが見えていた。
今は雨が降っている。
シャツは皮膚に張り付き、少しだけ透けていた。
本来なら色っぽい場面だが、そんなことを言っていられないものがどうしても目に飛び込んで来る。
シャツの上からでもくっきりと見える痣と傷跡である。
結城は昔スポーツをやっていたため、怪我や傷など日常茶飯事だった。
だからこそ分かる。
こんな、くっきりと残るような傷は自然にはつかない。
それこそ、意図的な暴力でもないかぎりは。なにより、制服で隠れるところだけ狙ったかのようについているのだ。どんなことがあったのか想像に難くないというものだろう。
「ほんとうに……大丈夫ですから……」
さすがに、こんな目で訴えかけてくる相手の言葉を無視して警察に突き出すのも良心が
(とはいえ、放っておくのもなあ……)
「……はあ、わかったよ」
結城は携帯をしまった。ひとまず落ち着いてもらおう。
「とりあえず、うちに来いよ」
「……え?」
少女が不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「いや、そのまんまじゃ風邪引くだろ?」
自分で言っておいて、ついさっき死のうとしてた人間が風邪引くことを気にするのか? と思った。
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