第5話 夜明けの騎士 

「――ハァ、ハァ……なんとか……倒せた……な」


「ああ。全身傷だらけだけどな……無茶しすぎだ、お前」


 獅王鵺の亡骸の傍で、剣を支えにして佇むアルバのもとにガイトが駆け寄ると、額に手をやり溜息混じりにそう言った。


「正直、最後は死ぬかと思ったぜ。――ナイスアシストだったぞ、ガイト」


「うるさい。後、お前は僕に借りを作り過ぎだ。そもそも、最初から二人で戦ってればこんなに苦労しなかったはずだろ。とっくに片は着いてた。……誰かさんが、準備を怠わなければな」


 親指を突き立てて、笑顔で振り返るアルバにガイトは右手を左右に振った後、呆れと怒りが入り混じったような冷たい視線を送った。

 


 「――とりあえず、教官達が来る前に傷の手当をしないとな。……アルバ、早く横になれ。時間がないから特別に僕が治癒術リールをかけてやる」

 

 「はぁ……わーったよ。……嫌なんだよなぁ、お前の治癒術。効き目薄いし、なんか痛ェし――これが可愛い女の子なら大歓迎なんだけどな」

 

 ガイトがテラスの椅子に座り、その横でうつ伏せになってボソボソ呟いているアルバへ向かって呪印剣を翳した。微弱な薄緑色の光が剣先より溢れ、アルバの体を覆いつくしていく。すると、傷だらけだったアルバの体が光に包まれた部分から徐々に癒されていき、そして傷が塞がれていった。

 

 「……イテテ。にしてもどうにかならんもんかね、お前のその下手糞な治癒術」

 「――治してやっているのだから口答えするんじゃない。それと文句なら魔法が効きにくい自分の体に言うんだな――後、僕の治療が嫌ならガールフレンドの一人でも作るんだな」

 「女に興味なんざねぇ。おれはそれよりも更に強くなることを選ぶぞ」

 

 傷の治療が終わり、椅子に腰かけて軽口を叩きあっていると、しばらくして闘技場の正面からぞろぞろと同期の騎士達がアーガルドに連れられて現れた。


 「おお、あらかた片付いたようだな、お疲れさん」

 軽い調子で、労いの言葉をかけるアーガルドに対し

 「何が、『お疲れさん』だよ!死ぬかと思ったわ!」

 「教官!どういうことですかこれは!あんな化け物がいるなんて聞いてないですよ僕は!」

 二人は、勢いよく椅子から立ち上がると般若の如き形相で憤激するのだった。




*** *** ***


 

 「教官。少し腑に落ちないのですが、何故、あんな凶悪な魔獣が地下闘技場なんかに放されていたのですか?」


 テラスの椅子に座りながら、ガイトが右頬を掻きながら落ち着かない様子でアーガルドに問いかけると


 「――闘技場に『獅王鵺マンディコア』ねぇ。なんでそんな上位種の魔獣がこんな辺鄙なところに――――あっ!」

 

 ガーラルドは目を瞑って腕を組みながらしばらく思案すると、何かを思い出したかのように両手を一回叩いた。


 「そういや、『災厄祭』の前に騎士隊長の昇任試験があるんだったな。その試験内容の一つに確か『危険種の合同討伐』ってのがあったな。多分、それだな」


 「えぇ!?『災厄祭』なんて一ヵ月も先じゃないですか!いくら、昇任試験の為とはいえ、魔獣を放つの早すぎですよ!」


 「ほら、さっき、魔獣が大量に沸いてるっていっただろ?それの駆除に役立つと思ってな。――獅王鵺は大食漢だからなー」


 「やっぱり、あなたが原因なんじゃないですかー!」


  ガイトは憤慨し、テーブルに小槌を打った。その衝撃によって隣でぼんやり船を漕いでたアルバが睡魔を弾き飛ばされて、飛び起きた。

 

 「――うおッ!?おい、驚かすなよ!」

 

 「ッ!すまない。……しかし、お前もよく寝ていられるな」

 

 「?何言ってんだお前。これから『模擬戦』あるんだから休息取るのは当たり前だろ?」

 「……そうか」

 (どんだけ図太いんだ、こいつ……ッ!)

 

  ガイトは呆れを通り越してもはや畏敬の念をアルバに抱いた。

  ガイトが苦笑いしていると、先ほどから当たりを見渡して黙り込んでいたアーガルドがおもむろに口を開いた。

 

 「――にしても、あれだな。お前ら、派手にやり過ぎ。これじゃとてもじゃないけど『模擬戦』なんてできないぞ」


 ガーラルドは、アルバ達の激闘でボロボロになった闘技場内をもう一度、一瞥すると肩をすくめて呆れたように言った。


 「……なん……だと!?嘘だよな、おやっさん?」

 「……僕たちの頑張りは一体何だったんだ……!」


 ガーラルドからの無残な宣告を聞いたアルバは信じられないといった様子で両手を忙しなく動かし、ガイトは両手で額を覆うとその場でゆっくり崩れ落ちた。


 「……まぁ、そう落ち込むな。別に無くなったわけじゃねえ。闘技場の整備が終わり次第行う予定だ。……まぁそれでも、一週間ぐらいはかかるがな」

 「……んだよ、驚かすなよ。おやっさん」


 「なるほど。しかしその場合、我々の配属先って、いったい何処になるんですか?毎年、模擬戦での結果によって、配属先が選ばれていたと聞いているのですが……」


 アルバがほっとしたように両手を頭の後ろで組むと、ガイトは、納得をしつつも腑に落ちないといった様子でアーガルドに質問を投げかける。


 「まぁ、今回は騎士学校での成績に応じて決めることになるだろうな。あくまで、次の模擬戦が終わるまでの仮の部署になるだろうが――」


 ガーラルドは、ガイトに質問に答えるとそのまま言葉を続けた。


 「――まぁ、お前たちはどちらにせよ、俺の部隊に入ることに決まってているんだがな。今まで以上にビシバシ鍛えてやるよ。まぁ楽しみにしとけや」


 そう繋げるとガーラルドは、ニヤリと口の端を歪めると意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

 

 ガーラルドの宣言に対し、二人が顔を微妙な表情に歪めていると、ガーラルドはアルバの肩を叩き、耳元で囁いた。


 「アル坊。お前には後程、別件で話がある。三日後、聖教騎士総本部へ来い」




 ――――――――――――――――――――――――――――――




 「……ええと、場所はここであってんのかな?」

 

 波乱の叙任式が終わって三日後、アルバは言われた通りに聖教騎士本部『エル・カリナ』に訪れていた。


 「確か、この中央噴水前で、おやっさんと待ち合わせのはずだったが……あっ来た」


 「よう、遅かったな。それでは行くか」


 「行くって……何処へ向かうんだよ?」


 先の長い螺旋階段を登りながら、行き先が気になったアルバはガーラルドに問いかけると


 「そりゃぁ、お偉いさんのところに決まってんだろうが」


 ガーラルドは、当たり前だと言わんばかりにそう答えた。対するアルバは、その返答を聞いて、眉を曇らせ青ざめながら


 「あれ、オレなんかやらかしたかな……?」と呟いた。

 「――違うな、お前には特別な任務が与えられたのだ。『聖騎士総長パラディン』から直々のな」

 「……ハァ?『聖騎士総長パラディン』……だってか?嘘だろ!?」


 何だとと言わんばかりに、アルバが漏らすとアーガルドは、やれやれといった具合に肩をすくめると、目を細めて言った。


 「まぁいい。お前のその疑問には、騎士総長が答えてくれるだろう。――さぁ着いたぞ。ここが、レーリアス聖教騎士総本部『エル・カリナ』の最高位騎士、聖騎士団総長パラディン、ヴァルヘイン卿の部屋だ。――総長、『アルバーシュ・ゾン=シャルム』、連れて参りました。」


 「――いや、ちょ、ちょっと待ってくれよ、おやっさん!……まだ心の準備が――」

 「――ほら、はよ行け!話が終わるまで外で待っていてやるから」

 

 アルバが次の言葉を言い終える前に、アーガルドは目の前の荘厳な大扉を開くと、そのままアルバを部屋へ押し込んだ。

 

 部屋の内観は灯りが少ないからか薄暗く見えにくいが、開いた扉の奥には煌びやかな大椅子が一つあり、そこには柔和そうな微笑みを浮かべた、一人の若年騎士が腰をかけていた。その華奢な体格と流れるような銀色の長髪が印象的に映る。


 「お初にお目にかかります。私は、レーリアス聖騎士団総長のレヴェウス・デ=ヴァルヘインと申します。あなたが当代の『夜明けの騎士』アルバーシュですね。……なるほど、父君によく似ていらっしゃる」

 

 「親父を――父を知っているのですか!?」


 手を組みながら、一層笑みを深めて言うレヴェウスに対し、アルバは動揺し、思わず食ってかかった。


 「ええ。あなたの父君にはよくお世話になったものです。時間があれば、その思い出話に花を咲かせたいものですが、事態が急なため本題に入らせてもらいます。

――さて、アルバーシュ君、あなたが私に呼ばれた理由……なんだか分かりますか?」


 レヴェウスは懐かしそうに少しの間目を細めると、先ほどとは打って変わった真剣な表情になり、アルバに向かって問いかけた。


 「――正直、よく分かりません。そもそも、騎士総長が先ほどオレを呼んだときに言った『夜明けの騎士』って一体、なんのことなんですか?」


 「そうですね。では、私が分かる範囲でお答えしましょう。先代の『夜明けの騎士』、つまりあなたの父君がそうであったように、あなたの血統である『シャルム家』は代々、ある使命を負って生まれてきます。その使命とは――を殺すことです。ここまでは理解しましたか?」


 アルバの質問に対し、レヴェウスは淡々と答えていった。まるで、与えられた文章をそのまま朗読するかのように。


 全てを聞き終えたアルバは、レヴェウスの回答に納得したのか、一度だけ首を動かすと口を噤んだ。

 レヴェウスは、ニコリと一度微笑むと話を続けた。


「さて、その『怪物』ですが、実はその所在はもう明らかになっています。我々は、早期にそれを発見し、捕らえることができました。今現在、それはこの騎士本部の南先端の大塔——その頂上にある小部屋にて軟禁状態にあります」


「……なるほど。だったらそいつを今から退治しにいけば、オレの任務は完了するってわけですね」


「落ち着いてください。まだ話は終わっていません」


 アルバが背中に担いだ封魔剣の柄に手を伸ばそうとするのをレヴェウスは慌てず手で制した。


「私は先ほど、あなたの使命について話しました。ですが、あなたに頼みたい任務の内容をまだ伝えてはいません。確かに怪物を殺す必要はあります。けれどそれは今ではありません。――1ヵ月後、この国で『災厄祭』という大きな祝辞祭が三日間続けて開催されるのはご存知ですね?その最終日の日没『ワルプルギスの夜』にその怪物をして欲しいのです。そして、それまでの一か月間、あなたには怪物の監視と世話を命じます」


「――1ヵ月だって!?冗談ですよね?つか、世話や監視ぐらいなら他の人でもいいじゃないですか!」


 言い渡された理不尽な命令にアルバは声を荒げて反論した。


「いえ、この任務はあなたが適任なのです。私はあなた以外の何者にもこの任務を任せる気はありません。――やってくれますね?アルバーシュ君」

しかし、レヴェウスの両手を組んだまま笑顔で――しかし力強く力説する様に圧倒されたアルバは「そ、そこまで言うなら分かりましたよ」と仕方なく了承するのだった。




アルバが扉を勢いよく閉め、出て行ったのを確認すると、一人残ったレヴェウスは深い溜息とともに心情を漏らした。


「……そう。しかいないのですよ、アルバーシュ。貴方は『夜明けの騎士』、あの怪物――『黄昏の魔女』の魔力の影響を受けないただ一人の人間なのだから……」





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