第4話 前哨戦 其の2



(……さてと、啖呵切ったはいいが、どうすっかな)

  ヴルルッ――と恐ろしく低い唸り声を上げ、こちらを殺意の篭った双眸で睨みつけてくる獅王鵺を見据えると、アルバは左手で後ろ髪を掻きながら心の中で呟いた。改めて正面から対峙すると中々の威圧感だ。体格差は歴然、アルバの体など獅王鵺の顔面にすら満たない。その分、体力もあるだろう。つまり、長期戦はアルバが圧倒的に不利なのが現状である。

 

 ――となると、やることは一つ。そう、『短期決戦』だ。 

 

 「チッ――バッカでけぇ図体しやがって!これからてめぇをぶった斬るオレの気持ちもちっとは考えろっつの!この豚面がッ!」

 

 舌打ちをした後、剣を構えるとアルバは、獅王鵺へ向かって悪態めいた挑発を放った。

 

 言葉は分からずとも、それが自身に向けられた侮辱的行為だと悟った獅王鵺は、その見るも悍ましいモスグリーンの瞳をさらに恐ろしく憤怒で満たし、先ほどよりも一層、殺意の波動を剥き出しにすると、そのままアルバ目がけて一直線に突進攻撃を仕掛けてきた。

 

 その形相は鬼神そのもので、一心不乱に突撃してくるその様は、さながら亡者を追いかける獄卒のようだ。

 

 「――ハッ、バカが。作戦通りだぜ!」

 

 アルバは剣を下に構えたまま獅王鵺目がけて駆け出した。そして、獅王鵺にあと少しで正面衝突するという刹那、姿勢を限界まで低くしてその懐に向かって滑るように潜り込み、獅王鵺の隙だらけの腹部へ向かって剣を思い切り突き立てた。剣は深々と腹に突き刺さり、タールの様なドス黒い血がドクドクと溢れ出る。

 

 ――ヴァオウワァァァァ――ッ!!


  この世のものとは思えない――大気を劈く絶叫を上げながら、獅王鵺はアルバを引き剥がそうと腹部に手をやる……がしかし、

 

 「当たんねぇよ、ウスノロ!」

 

 そこには最早アルバの姿はなく、その場所には剣も生えてはいない。

 アルバは、獅王鵺が抵抗を始める前にすでに次の行動をおこしていた。突き刺した剣を勢いよく抜き、そのまま獅王鵺の背中に飛び乗り駆けあがると――その首元に剣を翳していた。


 「さてと、今楽にしてやるよ。じゃあなデカ物野郎……!」


 ――勝負ありだな。とアルバは完全に油断していた。それが命取りになった。

 

  獅王鵺の首を切り落とそうとせんとした剣は……遂にその首を跳ね飛ばすことはなかった。これまで刀身に蓄積していたダメージとその硬質化された皮膚に耐え切れずに鈍い音を立てて砕け散ったのだ。

 そしてその瞬間! 黒いワイヤー状の物体がアルバの体を締め付けるように巻き付けた。

 

 「これは……獅王鵺コイツの尻尾か!……ヤバいなこのままじゃ……どうするッ!?」

  

 なんとか振りほどこうと抵抗を試みるも、締め付けは強くなるばかりでどうしようもない。

 

 肋骨が軋んでいき、口の端から血が溢れる。肺も圧迫されて先ほどから呼吸もおぼつかない。身に纏っていた紺の騎士服も、もはや原型を留めてはおらず、ズタズタに引き裂かれている。

 

 その様な絶望的な状況でも、アルバの目から光は消えていなかった。

 ――あるのだ打開策が。たった一つだけ


 腕に巻いた布切れから光が零れる。そしてアルバは拳を天に掲げ強く握った。 


 「――来やがれェ!ラーディアスゥゥッ!!」


アルバの絶叫と共に掲げた腕に稲妻が奔る。すると突如、青天に小さな魔法陣が出現し、その中心部から生じた碧色の閃光が、怪物を一閃していった。見ると、獅王鵺は悲鳴にも似た雄たけびを上げ、斬り飛ばされた尻尾の先からドス黒い血を垂れ流している。


 「ガハッ……フゥ。――ハハッ、なんとかなった……な」


 アルバは血濡れた口元を拭うと苦し紛れに不敵に笑った。その右手には難解なルーンが刻まれた藍色の刀身を持つ一本の大剣が姿を覗かせていた。

 

 「さてと、んじゃ第二ラウンドと行こうか……!」


 アルバは口元を歪めると、大剣を挑発するように左右に斬り払い肩に掲げた。

 そして、流れるようにその刀身を手傷を負わされ顔面全体に憤怒の表情を浮かべた獅王鵺に向かって突き付けて意気揚々と宣言した。


 

 **** ****



  「アルバ、なんてタフな奴だ。……冷や冷やさせやがって!」


 二人の激闘をガイトは少し離れた場所から伺っていた。

程よい大きさのテーブルに背もたれが深い椅子があるところを見ると、どうやら、先ほどアルバがくつろいでいたテラスのようだ。


 ガイトはそのテラスより身を隠すようにしゃがみ込んで、獅王鵺との闘いで負った傷の手当と魔氣オドの回復を図っていた。

 

 切り裂かれた騎士服を包帯替わりに右腕に巻き、静かに瞑想をする。これは、魔氣が空になった魔導士が必ず行う儀式で、心を平静にすることで、精霊との結びつきをより一層強くするのだという。

 

 普通の魔導士なら、微弱な精霊魔法を使えるくらいまで回復するのに数時間はかかるのだが、ガイトの場合はものの数分で使えるようになる――天性の才能の持ち主だった。

 

 「よし!大分溜まってきたな。――これなら、後一発精霊魔法を放てる!」


 ガイトは右腕で軽くガッツポーズを取ると、再び、アルバに目を向けた。

 アルバも魔獣もボロボロだ。おそらく、次の一撃で勝敗が決まるだろう。

 

 「……まだやられるんじゃないぞ、アルバ」


 ガイトはいつでも、魔法を唱えれるよう魔法陣の準備を始めた。



*** *** *** 

 


「……いてェな。こりゃ、アバラ何本か持ってかれたかな?」

 

 ボソリとそう呟くと、アルバは上半身を押さえて足を引きずりながら、いまだ襲う苦痛に身を捩る獅王鵺へ向けて進む。


 獅王鵺はアルバのその行動を黙って見過ごし、体中を血で濡らしながら、短く息を吐く。今にも、崩れ落ちそうな状態ながらもその目から闘志の光は消えていない。 

 

 やがて、両者は対峙するとそれぞれ臨戦態勢を取った。

 

 アルバが剣を構え、獅王鵺は不気味に喉を鳴らす。暫しの静寂。そして、獅王鵺がその前を地面に叩きつけるのを合図に両者は駆け出した。

 

 「――もらったぁ!」


 衝突の寸前、アルバは獅王鵺の頭をかち割ろうと剣を振り下ろす。だが、獅王鵺はアルバよりも一歩速かった。振り下ろされた剣を捉えると、左前足でそれを弾いた。

 

 軌道を逸らされた剣は行く宛てを失い、虚しく空を斬った。

 大きな隙ができた獲物を獅王鵺は決して見逃さない。


  ヴォオォォァッ――と勝利を確信したかのような雄叫びを上げると、空いた右前足――その尖爪をアルバへ向かって振りかぶった。だが、その時―― 

 

 「豊穣なる大地よ。その力の一旦を我に貸し与えたまえ――出よ、『地流欠泉アルディゲイザー』!!」


 ガイトが詠唱をすると、獅王鵺の足元より突如土柱が出現し、その後ろ脚を貫いた。突然の外部からの攻撃に、油断しきっていた獅王鵺はふいを付かれて転倒した。


 すぐさま状態を起こそうとするも、時はすでに遅し。

 

 「――勝利を確信した時こそ油断はするな、か。――ありがとな。一つ、教訓を得られたよ。……じゃあな。お前との死合い、そこそこ楽しかったよ」

 

 アルバが振り翳した剣は、今度こそ獅王鵺の頭部をかち割ると、数秒ほど痙攣した後、獅王鵺は力なくその場に崩れ落ちた。


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