第3話 前哨戦 其の1

 「なんか、凄まじいのが出てきたな――って、おいこっちに来るぞ!」


 「獅王鵺マンディコア……!?どうして、こんなところに災害級スカージ・ランクの魔獣が……ッ!?」

 

 獅王鵺マンディコア――その巨大な体は隆起した筋肉に覆われており、体色は流れ出た血のように赤黒く、逆上がるその尾はサソリのそれに似た形状で、その顔面は虎や獅子によく似ており、額からは水牛の様な巻き角を二本も生やしている。また、背には蝙蝠に似た――だが、決してそれとは比較にならないくらい巨大な漆黒の翼が生えていた。

――その風貌はさながら地獄の魔獣といったところか。

 

 「あっぶねぇ……! おいガイト、ぼやぼやすんな!こいつ――かなりヤベェぞ!」


  地獄の魔獣――獅王鵺マンディコアの突進攻撃を寸でのところで回避したアルバは、すぐ傍で動揺して立ち尽くしているガイトに喝を入れると、目の前の脅威へ向かってすぐさま体制を立て直した。

 

 「すまない、アルバ。……だが、どうする!?二人がかりでもコイツの相手をするのは至難の業だぞ……!?」

 

 「んだよ、臆してんのか『主席』さんよォ?確かにこんな巨大なヤツは初めてだが、大型の魔獣なんざ、数え切れんくらい倒してきただろうが。――大丈夫だ。オレ達ならこんな、楽勝だろ?」


 「フン、たまには良いこというじゃないか、アルバ」


 「まぁ、お前がいようがいなかろうが、あれぐらいオレ一人でも十分なんだけど   な」


 「……相変わらず一言余計な奴だ……」

 

 獅王鵺の猛攻を避けながら、軽口を叩き合う。幸い、ガイトの魔印剣から放たれた目眩ましの閃光ディズ・レィアロが効いているので、今のところ直撃はないが、それもただの時間稼ぎにしかなっていないのは誰が見ても明らかだった。

 

 ――窮地じゃないが余裕もない――それがこの現状だ。


 「ック……アルバ。ぼさっとしてないでお前も戦え!」

 

 ガイトが飄々と攻撃を避け続けているアルバに対し怒りを露わにすると、彼は大層めんどくさそうな口調で呟いた。

 

 「バレたか――ったく仕方ねぇ。だけどいいのか?折角のお前の見せ場がなくなっちまうぜ。……後、教官の評価もな」


  隣でぼやきながらも二撃目の目眩ましの閃光ディズ・レィアロを放つガイトを尻目に、アルバは肩を竦めて軽く挑発して見せた。


 「なんだと……!? そこまで言うならやってやるさ! 手柄を横取りされたって後で吠えずらかくなよ!」


 (あ、相変わらず、変なところで単純な奴……)


思いのほか簡単に絆されたガイトを見て、アルバは少し呆れた。




 「さぁ来い、獅王鵺マンディコア! この僕『ガイアルド・エル=リューサス』が相手をしてやる」



  ガイトは気合いを入れるために頬を二回程叩いた後、高らかとそう宣言すると目の前で視界を奪われて暴れ狂う怪物と再度、対峙した。焦点が合い始めた双眸を見る限り、魔法が解けるのも時間の問題だ。さてどうする。

 

 次の一手を考えなければ。ガイトがそう思案していると、想定していたよりも早く目くらましから解放された獅王鵺の尖爪が的確にガイトの右腹部を抉り裂こうと狙ってきた。咄嗟に剣を構えたものの、反応が一瞬遅れたガイトは、右腕上部に深い切り傷を負ってしまった。

 

 「――クッハァ……耐性が付いていたのか!? 僕としたことが油断したッ!これでは、触媒魔法が使えない。――クソッ、どうする!?」

 

 血まみれの右腕を左手で押さえながら、ガイトは叫ぶ。利き腕を制御不能にされたため、魔印剣も今や唯のオブジェクトと化している。

 

 眼前には、獅王鵺がガイトを切り刻もうと迫っている。今はまだ視界が安定していないが、それも時間の問題だろう。正に絶体絶命といった状況だ。焦りと苛つきのあまり、おもわず下唇を噛む。唇の端から血が滴るが、今は気にしない。

 

 (――考えろ……。剣が使えない状態、左手だけで何ができるかを。……フッ。といっても、片手じゃできることなんて限られてるか――)

 

 ニヒルな笑みを浮かべた後、ガイトは何かを決意したかのような表情を浮かべて、左手を強く握りしめた。

 

 「仕方ない。あのバカにバレるのは癪だが、『奥の手』を使うか」

 

 ガイトは、ボソリとこぼすようにそう呟くと、右手の平で遊んでいる呪印剣を地面へと突き刺した。そして刺した剣をすかさず動かし、魔法陣を作り上げると、自身の血を数滴垂らし、すぐさま詠唱を開始した。

 

 「――大地に眠ゆ土の精霊よ。我が血と引き換えにその身を顕現させたまえ

――目覚めよアウェイクン砂壁巨兵デザァ・ゴゥレム!」


  

 それは間一髪だった。 獅王鵺の尖爪と大牙がガイトを肉塊にするために捕らえようとした瞬間、両者の間に魔獣を背にする恰好で巨大な土人形が出現した。横幅はあまりないが、全長だけなら、魔獣を遥かに圧倒していた。


  「――ハァ、ハァ……。相変わらず魔氣オドの消耗が激しいな。だから、なるべくなら使いたくなかった、『精霊魔法エレメント』は……ッ!」

 

 ――精霊魔法エレメント――触媒魔法と違い、剣や杖などの道具は使わず、自分自身を対価に精霊の力を一時的に借り受けて行使、召喚する魔法の総称である。体内の魔氣オド濃度が高いほど、強力な精霊を行使することができるが、大抵の人間は格下の精霊を呼び出すに留まるか、そもそも精霊魔法自体を扱えない場合が多い。

 そのため、今現在、中級クラスの『土巨兵』を扱えているガイトは、人間の中でも上位に位置する魔導士ウィザードであることが伺える。


 呼び出された土巨兵は、臨戦態勢の獅王鵺へと向き直るとその長細い両腕を構えて、魔獣を迎え撃つ体制を整えた。刹那、獅王鵺は土巨兵へ向かって突進した。土巨兵もそれを必死に抑え込もうとするものの、完全に押されてしまっている。獅王鵺の馬力が想像よりも強大なことと、ガイトの魔氣が尽きかけているのが大凡の原因である。


「マ、マズイこのままでは……!」



――バシュゥ――ンッ――

 

 ぎりぎりで耐えていた土巨兵は獅王鵺の猛攻の前にとうとう消滅してしまった。

 ――ガイトを護るものはもう存在しない。

 

 自身を阻む障害物が無くなった獅王鵺は、満身創痍でしゃがみ込んだガイトへ向けて喜々とした咆哮を発すると、その身を喰らわんといった形相で暴走列車の如く駆けて行った。

 

 

 (万事休すか……)

 


「……全く、爪が甘いんだから。主席さんよう」

 

 ガイトが諦めて静かに瞑目した直後、——ガギィン――と何かがぶつかるような鈍い音が聞こえた。思わず自身の体に触れるが、異常はない。

 そして頭上からは聞き覚えのある声が降ってきた。




 ガイトがゆっくりと目を開けると、目の前には両手で鉄剣を構え、獅王鵺と肉薄になっているアルバがいた。



「さぁて、真打登場といこうか。覚悟しな、巻き角野郎」













 



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