第3話 前哨戦 其の1
「なんか、凄まじいのが出てきたな――って、おいこっちに来るぞ!」
「
――その風貌はさながら地獄の魔獣といったところか。
「あっぶねぇ……! おいガイト、ぼやぼやすんな!こいつ――かなりヤベェぞ!」
地獄の魔獣――
「すまない、アルバ。……だが、どうする!?二人がかりでもコイツの相手をするのは至難の業だぞ……!?」
「んだよ、臆してんのか『主席』さんよォ?確かにこんな巨大なヤツは初めてだが、大型の魔獣なんざ、数え切れんくらい倒してきただろうが。――大丈夫だ。オレ達ならこんなデカ物、楽勝だろ?」
「フン、たまには良いこというじゃないか、アルバ」
「まぁ、お前がいようがいなかろうが、あれぐらいオレ一人でも十分なんだけど な」
「……相変わらず一言余計な奴だ……」
獅王鵺の猛攻を避けながら、軽口を叩き合う。幸い、ガイトの魔印剣から放たれた
――窮地じゃないが余裕もない――それがこの現状だ。
「ック……アルバ。ぼさっとしてないでお前も戦え!」
ガイトが飄々と攻撃を避け続けているアルバに対し怒りを露わにすると、彼は大層めんどくさそうな口調で呟いた。
「バレたか――ったく仕方ねぇ。だけどいいのか?折角のお前の見せ場がなくなっちまうぜ。……後、教官の評価もな」
隣でぼやきながらも二撃目の
「なんだと……!? そこまで言うならやってやるさ! 手柄を横取りされたって後で吠えずらかくなよ!」
(あ、相変わらず、変なところで単純な奴……)
思いのほか簡単に絆されたガイトを見て、アルバは少し呆れた。
「さぁ来い、
ガイトは気合いを入れるために頬を二回程叩いた後、高らかとそう宣言すると目の前で視界を奪われて暴れ狂う怪物と再度、対峙した。焦点が合い始めた双眸を見る限り、魔法が解けるのも時間の問題だ。さてどうする。
次の一手を考えなければ。ガイトがそう思案していると、想定していたよりも早く目くらましから解放された獅王鵺の尖爪が的確にガイトの右腹部を抉り裂こうと狙ってきた。咄嗟に剣を構えたものの、反応が一瞬遅れたガイトは、右腕上部に深い切り傷を負ってしまった。
「――クッハァ……耐性が付いていたのか!? 僕としたことが油断したッ!これでは、触媒魔法が使えない。――クソッ、どうする!?」
血まみれの右腕を左手で押さえながら、ガイトは叫ぶ。利き腕を制御不能にされたため、魔印剣も今や唯のオブジェクトと化している。
眼前には、獅王鵺がガイトを切り刻もうと迫っている。今はまだ視界が安定していないが、それも時間の問題だろう。正に絶体絶命といった状況だ。焦りと苛つきのあまり、おもわず下唇を噛む。唇の端から血が滴るが、今は気にしない。
(――考えろ……。剣が使えない状態、左手だけで何ができるかを。……フッ。といっても、片手じゃできることなんて限られてるか――)
ニヒルな笑みを浮かべた後、ガイトは何かを決意したかのような表情を浮かべて、左手を強く握りしめた。
「仕方ない。あのバカにバレるのは癪だが、『奥の手』を使うか」
ガイトは、ボソリとこぼすようにそう呟くと、右手の平で遊んでいる呪印剣を地面へと突き刺した。そして刺した剣をすかさず動かし、魔法陣を作り上げると、自身の血を数滴垂らし、すぐさま詠唱を開始した。
「――大地に眠ゆ土の精霊よ。我が血と引き換えにその身を顕現させたまえ
――
それは間一髪だった。 獅王鵺の尖爪と大牙がガイトを肉塊にするために捕らえようとした瞬間、両者の間に魔獣を背にする恰好で巨大な土人形が出現した。横幅はあまりないが、全長だけなら、魔獣を遥かに圧倒していた。
「――ハァ、ハァ……。相変わらず
――
そのため、今現在、中級クラスの『土巨兵』を扱えているガイトは、人間の中でも上位に位置する
呼び出された土巨兵は、臨戦態勢の獅王鵺へと向き直るとその長細い両腕を構えて、魔獣を迎え撃つ体制を整えた。刹那、獅王鵺は土巨兵へ向かって突進した。土巨兵もそれを必死に抑え込もうとするものの、完全に押されてしまっている。獅王鵺の馬力が想像よりも強大なことと、ガイトの魔氣が尽きかけているのが大凡の原因である。
「マ、マズイこのままでは……!」
――バシュゥ――ンッ――
ぎりぎりで耐えていた土巨兵は獅王鵺の猛攻の前にとうとう消滅してしまった。
――ガイトを護るものはもう存在しない。
自身を阻む障害物が無くなった獅王鵺は、満身創痍でしゃがみ込んだガイトへ向けて喜々とした咆哮を発すると、その身を喰らわんといった形相で暴走列車の如く駆けて行った。
(万事休すか……)
「……全く、爪が甘いんだから。主席さんよう」
ガイトが諦めて静かに瞑目した直後、——ガギィン――と何かがぶつかるような鈍い音が聞こえた。思わず自身の体に触れるが、異常はない。
そして頭上からは聞き覚えのある声が降ってきた。
ガイトがゆっくりと目を開けると、目の前には両手で鉄剣を構え、獅王鵺と肉薄になっているアルバがいた。
「さぁて、真打登場といこうか。覚悟しな、巻き角野郎」
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