第2話 闘技場にて

 「さぁて、では俺は式典に戻るから、後は任せたぞ問題児共。……ああ、そういえば『得物』がなかったな。ガイト、お前にはこいつを貸しておく」  

 

 ガーラルドは、闘技場を颯爽と去ろうとしたが、ふと踵を返すとガイトに使い古された長剣を渡した。

 

 「……教官、これは……もしかして」

 

 「そうだ。俺が普段愛用している魔印剣ルーン・ブレードだ。少し古いが、中々の業物だ」

 

 手渡された長剣を見る。所々、刀身に錆びが見られるが、肝心の魔導刻印ルーンに欠けはなく、綺麗に刻まれている。問題はなさそうだ。

 ルーンの状態は、道具を触媒にして魔術を発動させる触媒魔導士カタリストでもあるガイトにとっては、剣の錆び具合よりも重要なところである。

 

 「ありがとうございます、ガーラルド教官。大切に扱わせて頂きます」

 

 「カハハッ。では、頑張れよ」

 

 ガーラルドは不敵に笑うと、背中を見せ、闘技場の出入り口へ向かって歩き始める。すると、去ろうとするアーガルドの背中に向かって今まで蚊帳の外だったアルバが、心底驚いた様子で叫んだ。

 

 「――あれれー?おやっさん、オレのは~!?」

 

 アルバのその問いにアーガルドは、面倒くさそうに後ろ髪をボロボロと掻くと


 「アル坊、お前にはこいつをくれてやる」


 そう言いながら、アーガルドは腰に差してある何の変哲もない鉄剣をアルバに投げ渡した。


 「――んだよ、ただの直剣じゃないか。もうちょっとマシな武器くれよ」 


 アルバが不服そうに口を尖らせると、アーガルドは面倒くさそうに肩を叩きながら答えた。


 「アル坊、お前には最悪があるだろうが。そいつが気に入らねぇてんならとっとと呼び出すんだな。――ほらグズグズしてると魔獣が出てくるぞ!」

 



――ドゥヴァアアオゥゥッッッ!!―― 


 次の瞬間、静寂に満ちていた闘技場内に怒号にも似た獣達の鳴き声が鳴り響いた。


 「噂をすれば、だ。――ふん、鳴き声はまだ遠いな……さぁて今のうちにとっととずらかるか。では、健闘を祈ってるぞバカ共。俺は先に失礼する、またあとでな。

 ――後、くれぐれも油断はするなよ。」

 

 ボソッとこぼした後、感情の篭っていない抑揚のないトーンで励し、最後に捨て台詞を吐くと、ガーラルドは今度こそ去っていった。残されたアルバとガイトは、四方八方から鳴り響く鳴き声に対し警戒態勢を取りつつも、ぼやきを漏らす。

 

 「――走り去って行きやがった……」

 「――ああ。速かったな。本当に……」

 

 それほど、その去り具合は無理やり押し付けられた感が満載であった。


 

 「なぁ、ガイト。どんな奴が出てくると思う?」

 「さぁな。だが、ここは廃棄された闘技場と聞いた。その寂れ具合からすると、おそらく大半はここで飼いならされていた獣が魔障に当てられて魔獣になったケースだろう。――流石に最初から闘う目的で連れてこられた魔獣などは今や存在しないと思いたい」

 

 アルバがガイトにそう投げかけると、ガイトは神妙な顔をしながら自分の見解を明かした。するとアルバは頷きを返し、前方へ向かって人差し指を差す。

 「そっか。つーことは、つまり家畜の類が魔獣になったってことだな。――例えばあれみたいな」


  ガイトはアルバに目をくれると、彼が指差した方向へと視線を移した。


 そこにいたのは、小豚によく似た生物だった。緑色の苔に似た体毛を垂らしており、口先からは酷く不恰好な牙を二本覗かせている。両目はつぶらだが、赤黒く血走っており、体中からは薄汚れた湯気のような瘴気を噴出している。以上の風貌からその生物が魔獣足ることを知らしめていた。

 

 「――魔障豚ウリムルか。フッ……なんだ、たかが下等魔獣一頭じゃないか。僕一人で十分だな。ハッハッハ。アルバ、お前は休んでていいぞ。すぐに終わらせてやる!」

 「……余裕ぶってるとこわりぃが、どうやら一頭だけじゃなさそうだぜ?」

 

             ――ゾロゾロ ゾロゾロ――

 

 最初の一頭が全貌を露にすると、その後ろから二頭、三頭、そして気がつくと数十頭の魔障豚の群れがアルバ達を取り囲んでいた。

 その荒い鼻息とその体から放たれる獣特有の悪臭には思わず顔が歪む。

 

 「にしても、くせぇなこいつら。んじゃガイト、オレはあっちで休んでるかちゃちゃっと終わらせちゃってくれ。――一人で十分なんだろ?」

 

 あまりの臭気に鼻を摘みながら、ガイトに煽り文句をたたき付けると、アルバは闘技場の入り口左側にあるテラスで寝転び始めた。

 

 「フン。当たり前だ。たかが、家畜が群れようと僕なら一振りで片が着く。――剣よ、我が身に宿る魔那マナに従え……ッ!」

 

 ガイトは、アルバからの煽りを軽口で流すと、ガーラルドから預かった長剣を鞘から抜き出し、横向きにすると空いた左手で剥き出しの刀身を撫で始めた。その動作に呼応するかのように長剣は軽く振動し、刀身に刻まれた魔呪刻印はそれに同調して赤く発光していく。そして、発光が最大限まで高まったとき、ガイトは頭上に向かって剣を翳し、唱えた。

 

 「――発現せよ。……轟け!『炎血の稲妻スドルク・フロガ』!!」

 

 翳された剣から眩い光が溢れ出し、やがてそれが紅蓮の稲妻群へと姿を変えると、ガイトの周りを取り囲む魔障豚の群れに降り注いだ。

 ピギィーと、豚たちの悲鳴にも似た鳴き声が響き渡る。鳴き声が聞こえなくなる頃にはガイトの周りに生物の気配はなく、ただ、焼き焦げた肉の残骸が残されるのみとなった。

 

 「ほーう余裕だな。流石『主席』だな。やるじゃんか」


 「これくらい当たり前だ。後、戦闘試験トップのお前が言うと皮肉にしか聞こえん」

 

 アルバが右手で頬杖を突きながら棒読みで賞賛の言葉を投げかけると、ガイトは短く溜息を吐きながら、悪態をついた。

 

 「にしても、これで終わりかよ。以外にあっけなかったな」


 「いや、僕はこれで終わりだとは思わない。――さっきの咆哮を聞いただろ、あの耳を劈くような。魔障豚ウリムルはあんな鳴き声ほうこうは出さない。もっと別の――おそらくは大型の魔獣がいると考えたほうがいい。……それに、ガーラルド教官の去り際の言葉も気になるところだ」


  (――くれぐれも油断するな――か)


  アルバは、アーガルドの言葉を思い出す。

 

 「そうだな、それじゃ――」

 

     ――ドゴォォ――ン――ヴ……ン  ――ドォヴァォゥウッッ――!!!   


  ――辺りを探索して見るか。

  アルバがそう言葉を紡ごうとしたその時、闘技場正面の扉門をぶち破り、巨大な赤色の魔獣が現れ、耳を劈く咆哮と共にアルバ達目がけて突進してきた。

  

 

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