最果てのクロニクル

ガミル

第1話 騎士となる者たちへ

 「――それでは、新たに誕生した誉れ高き騎士諸君に日輪の女神ソルディルシアの祝福があらんことを――して、騎士なる者の制約とは――」

 

 レーリアス聖王国。卯月アヴリアの初めを迎えたばかりのこの国の首都、聖都エルヴンガンド――その中央区にあるプリアナス大聖堂で、新米騎士達の叙任式が静かに執り行われていた。

 

 「長ぇな。いつまでしゃべってるんだよ、あのおっさん」

 

 「おい、やめろアルバ。式典の最中だぞ。少しは口を慎むんだ」

 

 壇上で若き見習い騎士達に向かい演説を行う壮年の司教を横目で見つつ、騎士学校を卒業仕立ての二人の見習い騎士がボソボソと小声で何やら話している。

 

 一人は、ボサボサな癖毛を掻きながら白塗りの高級そうな長机に肘を立て、めんどくさそうに悪態を付いている。年の頃はその外見から判断すると、周りの見習い騎士達を見渡す限りでは最も幼く、14、5歳といったところ。重力を無視したように跳ねた焦げ茶の髪と少し吊り目な琥珀色の瞳が特徴的で、身長があまり高くないのも相まって、なんとなくやんちゃそうな印象を受ける少年だ。

 

 その少年の右側に座っているもう一人は、少年の肩を軽く小突いて注意をしながら、額に冷や汗を浮かべていた。その顔だちは少年と呼ぶにはやや大人びており、大きな切れ長の蒼眼と短く切り揃えられた黄金色の直髪は、さながら物語の世界から飛び出してきたの様に映る。また背丈も同年代の者と比べて中々に高く、隣に座る少年と比べてもその差は歴然だった。――容姿端麗とはよくいったものである。

 

 「いや、止めないね。あのなぁガイト、重要なのはこの後行う模擬戦しあいだろ? あれでオレたちの今後が左右されんだから。だからさ、こんなところで下らん話を聞いて、気が滅入ってる場合じゃないんだよオレは!」

 

 「おい!バカ、声が大きい!」

 

アルバが両手を握りしめ憤慨する様子を見て、ガイトは慌てて口を覆うも時すでに遅し。


 「――なぁにが下らん話だってか?なぁ、お二人さんよォ?」

 

 野太い声が聞こえたかと思うのも束の間、二人は後ろからいきなり太い腕に首を捕まれた。


 「ぬわァァァ!おやっさんが何故ここにィ!?」


 「うわァァァ!違うんですよガーラルド教官。これは全部このバカが――ッ!?」


 「誰がだ!教官と呼べ、教官と!……ったく、難儀なもんだぜ。まさかこの俺が叙任式の警備とはな。人員不足とはいえ、本部の連中も何を考えているんだか。 しかも、騒がしいバカがなんと二人もいたもんだ。……ハァ、全くこんなアホ共が騎士学校の主席と次席なんて、この国の未来が心配で他ならんね。――あー、司教殿、ちょっとこいつ等借りていきますぜ」

 

 心底呆れた表情で肩をすくめる顎鬚の大男――ガーラルドは教壇に立ってポカンと口を開けた司教に一言告げると、堂内が騒めく中、二人を大聖堂の外部まで運んで行った。

  


***



 「――さてと、お前たち。ここに連れてこられた理由は分かるか?」

 

 ガーラルドに大聖堂の外部へ引きずられて連れてこられたのは、この大聖堂に隣接する、ひどく寂れた円形闘技場コロッセオであった。隣の大聖堂と比べてみても見劣りしないくらい広い施設だが、遠目でも分かるぐらいにそこら中がコケや植物の蔓に覆われ、荒れ果てている。かつては、ここで闘士と魔獣の死合いが盛んに行われるほど華やかであったらしいが、今ではその隆盛さは微塵も感じられない。それと何故か、そこら中から不快な匂いが立ち込めている。

 

 「いや、全く分かんねぇっす。つか、何処なんだよここ。やけにカビ臭いぞ?」

 

 「それよりも納得がいきません教官。この馬鹿は当然として、何故、僕までこんな陰気な所に居なければいけないのですか!」


 「……んだと、この野郎!大体こんな事態に陥ったのもガイト、お前がいきなり大きな声を出したからだろうが!」

 

 二人の見習い騎士――アルバとガイトがお互いの騎士服を掴みあい、いがみ合うのを見かねたガーラルドは二人へ向かって激しい檄をとばした。

 

 「うるせぇぞ!こんな狭いところで喧嘩するんじゃねぇ、このバカ者共が!   いいか、貴様らには司教殿の有り難ーい演説が終わるまでここで粛々と罰を受けてもらう。分かったか?分かったらとっとと返事をしろ!」 

 

 「「はい、すいませんでしたッ!」」

 

 ところで、『罰』とはなんなのだろうか?と、アルバとガイトが頭をかしげていると、隣でガーラルドが「そろそろか……」と何やら呟き始めた。

 

 「おやっさん、その、『そろそろ』ってなんなんすかね?――何かすごーく嫌な予感がするんだが……」


  アルバが額から流れる汗も気に留めず恐る恐るといった様子で、ガーラルドに質問を投げかける中、先ほどからアルバの左側で腕を組んでいるガイトがこめかみに手をやりながら重々しい口を開いた。


  「――あの、教官。先ほどから立ち込めていた悪臭がどんどん濃くなっている気がするのですが……僕の気のせいですよね?」


  「ほう。よく気づいたなガイト。流石、騎士学校を主席で卒業しただけのことはある。――実はこの『プリアナス地下闘技場』なんだが、長い間放置されていたせいか、ここの辺り一帯にな、魔獣共が繁殖しているらしいのだ。これをお前たちに駆除してもらいたい。――なぁに、くさってものお前らだ。たかが、魔獣数十匹など楽勝だろ?」


  フフッ、と悪どい笑みを浮かべてそう言い切ったガーラルドに対し

 

 「魔獣退治だぁ!?そんなの衛生兵の仕事じゃねぇかよ!」

 

 「そうですよ!こいつはあまりに大暴じゃないですか!大体、模擬戦はどうするんですか!開始までそう時間もないんですよ!」


  二人の見習い騎士は食ってかかっていった。全力で。当然である。二人だけで魔獣を数十頭も相手にするなど、並みの兵士からしたら中々の自殺行為である。

 ――もっとも並みの兵士だったらの話であるが――。


  そして、その反論に対しガーラルドが出した結論は、それはそれは非情なものだった。


  「……ちなみにだが、叙任式後の模擬戦で使用するフィールドはだ。つまり、お前たちが魔獣を討伐できなかった時は模擬戦そのものがなくなるということを覚悟しておけ。そしてそのような最悪の事態が起きた場合は――どうなるか分かっているな……?」


  ギラリとガーラルドの双眸が光り、二人を射した。そのいかつい風貌も合さり、とてつもない威圧感を感じる。――失敗したら、どうなるかは考えないでおこう。


 (絶対、成功させなければ……やばい)


  二人は心のなかで固くそう誓うのだった。

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