第15話 帰り道


 パスタを食べ終えてから外に出ると、もう空はすっかり闇に包まれていた。


「家まで送っていくよ」

「ええっ、いいよそんな」

「お返しの続きってことで」

「それならパスタ代出してもらったし、」

「いやいや、その程度にチャラにはならんから。というか普通に夜暗い中、女の子を一人で帰らせるのは気が引ける」

「んん……じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺が引かない姿勢を見せてようやく、優奈は観念したように俺の隣に並んだ。

 

「まあ、途中までは一緒なんだけどね」

「それは確かに」


 トコトコと、家へ向けて歩を進める。


「優奈は、家族と一緒に住んでるの?」

「そうだよ。お父さんとお母さんと、妹と弟と!」

「なるほど納得」

「何が納得?」

「いや、下がいると面倒見が良くなるのは傾向としてあるなと」

「そ、そうかな? あんまり自覚はないんだけどな……」


 優奈は照れ臭そうに、メガネの両縁を手で押さえた。


「秀人くん、兄弟は?」

「俺は一人っ子」

「そうなんだ。両親は何してるの? 一人暮らしだけど、転勤が多いとか?」

「両親はクレープの移動販売店車で日本中を走り回ってる」

「クレープの移動販売車!? すごい!」

「凄いか?」

「少なくとも身近にいたことないよ、そんな人。……まあ、身近に友達がいないだけなんだけど」


 両指をつんつんしながら、がっくり肩を落とす優奈。

 どよーんと、唐突なぼっちムーブを醸し出している。


「でも、意外だったよ」

「何が?」

「いや、優奈ってその、クラスでは一人でいて大人しい印象だったからさ、実際に話してみたら全然違ったというか」

「うううっ、やっぱり私は友達がいないぼっちという認識だったんだね!」

「いやいやいやっ、そんな心の傷を抉るような意図で言ったわけじゃないから!」


 およよよと目に手を当てて号泣のジェスチャーを披露する優奈と、慌ててフォローする俺。


「くすっ、冗談だよ」


 優奈が悪戯っぽく笑った。


「ぼっちなのは、私が一番自覚あるし……そもそも、自分からぼっちになってたからね」

「自分からぼっち?」

「目立つの、嫌いなんだ」


 優奈は俺の二歩前に進んで呟くように言う。


「人の視線とか、周りに注目されるのとか……そういうのが昔から苦手で、自分から人を避けてきたの」


 その背中は、どこか哀愁が漂っていた。


「相手が自分をどう思っているのとか、結構考えちゃうからさ。一人とか二人とかだったらまだいいんだけど、それが増えてきたら、わあああってなっちゃって」


 あははと、優奈は乾いた恵美を浮かべて頬を掻く。


「その気持ちは、俺もわかる」


 俺も、中学までは優奈と同じようにぼっちの陰キャだった。

 無口で、内向的で、いつも教室の隅で本を読んでいるタイプだった。

 当時の俺は女子とLIMEを交換することはもちろん、言葉を交わすこともできなかった。


 恵美と出会って、付き合って、それから少しずつ変わっていった。


 変わっていったと言っても根本的な部分が消えたわけではない。

 こうして優奈と気負いなく接することができるのも、根の部分で通ずるものがあるのだろう。


「秀人くん?」


 声をかけられてハッとする。

 少し思考が沈んでいたらしい。


「ああっ、ごめん、ぼーっとしてた」

「へんなの」

 

 口に手を当てて、優奈は笑った。


「まあ、そういうわけで、たくさん人がいる時にはだんまりなんだけど……」


 ふっと、優奈の表情が雲がかかる。


「仲良くなった人とは……意外と喋れるかな」


 誰かを思い出すように。

 その表情には憂いの色が窺えた。


 優奈の言う”仲良くなった人”は、特定の誰かを指しているように聞こえた。


 そんな気がした時、


「あ、ここ私の家だから」


 いつの間にか、優奈の家についていたらしい。

 築の浅そうな一軒家だ。


「送ってくれてありがとう。あと、パスタごちそうさま」


 ぺこりと、優奈は行儀良く頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとう」

「んー? 何のお礼?」

「色々と?」

「そっかそっか」


 優奈は笑って手を小さく振る。


「それじゃ、またね」


 優奈が身を翻す直前、


「優奈」

「ん?」


 俺はスマホを取り出して、言った。

 

「LIME、交換しない?」

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