第14話 カルボナーラ
公園から10分くらい歩いて、俺と優奈はとあるイタリアンのお店にやってきた。
「んぅ〜〜……おいひい……!!」
お店おすすめの一品である濃厚クリームのカルボナーラを頬張る優奈。
落ちそうになったほっぺを押さえる仕草がとてもあどけない。
「ほんと美味しそうに食べるね」
「うん、だって美味しいんだもん!」
世紀の大発見だよ! とでも言わんばかりに優奈の目は輝いていた。
美味しいっ美味しいっ、もっちゃもっちゃとパスタを頬張る姿は小動物を彷彿とさせる。
普段は大人しくて目立たない優奈の意外な一面に、不覚にも視線が吸い込まれてしまっていた。
「どしたの、秀人君?」
「なんでも」
悟られないように自分のパスタを食べる。
俺が頼んだミートソースパスタもこの店のおすすめ商品だ。
濃厚なミートソースと、旨味がしっかり染み込んだ挽肉が良い食感で……。
──ひーくん! このトマトパスタ、すっごく美味しい!
脳裏に声が響く。
懐かしい、元気な声。
──ひーくんのカルボナーラも美味しそう! 一口ちょーだい?
ああ、くそ。
なるべく思い出さないようにミートソースを頼んだのに。
この店は昔、恵美と一緒に来た店だ。
一人暮らしで外食が多かった俺にとって、自分が行ったお店でおいしかった店に恵美を連れて行って反応を見るのが密かな楽しみであった。
あの日も、恵美は終始パスタを称えていて存分に舌鼓を打った。
とても、喜ばれた事を今でも思い出す。
ちょうど、今の優奈みたいに。
「秀人君?」
フォークが止まった俺を、優奈が怪訝そうに眺めている。
「あ、ああ、悪い、ちょっとぼーっとしてた」
俺の反応に、優奈は少し考えるような仕草の後、「そっか」と残してカルボナーラもちゃもちゃに戻った。
無言の心遣いに、胸のあたりが温かくなる。
同時に、気を遣わせちゃってるなと申し訳なさを感じた。
「秀人君のミートソースも美味しそうだね」
「この店のパスタはなんでも美味い。一口いる?」
「いいの!?」
「食べ盛りの自分を信じて大盛りにしたんだけど、思ったよりも多くてさ」
「あっ、じゃあ、少しもらうね」
新しいフォークで3口分ほど小皿に取り分けてやる。
「んぅーーっ、ミートソースも美味しい!」
「だろだろっ?」
「私のカルボナーラも少しあげるね」
「やっ、そんないいよ、気遣わなくて」
「いいから食べてっ、やっぱり、美味しいは共有したいじゃん」
「あー、なるほどそれは三理ある」
「裏返したら頭良さそうな造語作り出したね」
「理科三類は宇宙人だらけ」
優奈からカルボナーラを貰ってもちゃる。
濃厚なクリームと。ベーコンの塩味が絶妙なハーモニーを織りなしている。
ああ、あの味だ。
恵美と一緒に食べた日の、あの味だ。
「……恵美も、カルボナーラが好きだったんだ」
気がつくと、俺は呟いていた。
「正確には、俺が食べてたカルボナーラを恵美が食べて、そこからハマったって感じなんだけど」
俺の独白に、優奈は無言で耳を傾けてくれている。
「よく来たんだ、この店。恵美もパスタが好きでさ、全メニュー制覇するぞーって意気込んで……あと一品だったのにさ」
徐々に視線が下がっている。
空気を重くして申し訳ないと思っている。
自分でもなんでこんな事を言い始めたのか、わからない。
店に来て、恵美との思い出が溢れてきて辛くなって吐き出したかったのか。
……いや、それとも。
俺は俺で、恵美の死を受け入れようとしているのかもしれない。
いつまでも立ち止まっているわけにはいけない。
辛いことがあっても、思い切り悲しんで泣いたあとは、ちゃんと前に進まなきゃ。
そういう考え方は、他ではない恵美から学んだ。
「そっか」
顔をあげる。
優奈の目尻で、何かがきらりと光った。
「えらいね、秀人君は」
俺の心のうちを、全て見透かしたように優奈が言う。
「……そうかな?」
「そうだよ」
ふんわりと、優奈は笑った。
見る人全てを安心させてしまうような柔らかい笑顔。
「ちゃんと、前に進もうとしてる」
「……そう、なのかな」
「そうだよ」
ぽんぽんと、頭を撫でられる。
撫でられてばかりだな、ほんと。
「……その、ありがとう」
「んーん、どういたしまして。さっ、冷めないうちに食べよ!」
再びパスタもちゃもちゃタイムに戻る。
でも、どうしたことか。
パスタの味がよくわからなくなっていた。
色々な感情が渦巻いて、味覚を認識する機能がバグってしまったのかもしれない。
ただただあるのは恵美との思いがもたらす寂寥感と。
優奈に対する、感謝の念だった。
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