第13話 公園にて
KOKORONEでは、一度通話したヒーラーにチャットメッセージを送ることができる。
俺は優奈に、”ちょっと会えないか”という旨のメッセージを送った。
秒で返信が来た。
”今、どこにいますか?”
その10分後。
「秀人くん、大丈夫!?」
公園のベンチでぼーっとしていた俺の元へ、優奈が肩で息をしながらやってきた。
「……なんでそんな息切れしてるん?」
「あぅ……えっと……げほっ……」
息が完全に切れてしまっているのか、優奈が言葉を詰まらせる。
「ちょい待ち」
俺は自販機でお茶を買って、優奈に手渡した。
「はい、これ」
優奈は無言でお茶を受け取った後、一気に飲み干して「ぷはぁっ」と息をついた。
「……ありがとう秀人くん、生き返ったよ。今度何かしらの形でお返しするね」
「待て待て、これ以上俺のお返し負債を増やさないでくれ」
優奈が俺にしてくれたアレコレを考えると、お茶一本じゃ1/100にもならない。
「それで、なんでそんな全力ダッシュ?」
「えっと、それは……」
気まずそうに一旦言葉を切った後、優奈はぽつりと言った。
「……このタイミングで会えないかって、何か辛いことでもあったのかなって心配になったら、居ても立っても居られなくなって……」
「ああ、ごめん……心配かけて」
「やっ、そんな謝らないで、全然気にしてないから」
ぶんぶんと手を振る優奈。
その綺麗な額にじんわりと滲む汗を見て、胸に罪悪感が芽生える。
「それで、どうしたの?」
「あー……えっと……辛いことがあったというか、なんというか……」
俯いて、打ち明ける。
「街歩いてたら、その……恵美との色々な思い出がそこらじゅうにあってさ……」
言いながら、こんなこと優奈に言うのもお門違いだよなあという気持ちも芽生えていた。
だけど、止まらなかった。
「俺以外の、道ゆく人々はすごく楽しそうで、幸せそうで……そんな光景を見ていたら、なんかモヤモヤしてきて……」
吐き出すうちに、ああ、なんて俺という人間は器の小さい嫌な人間なんだろうなと思った。
肺が真っ黒になるような自己嫌悪に苛まれたその時、
ふわりと、頭に何かが触れる感触。
顔をあげる。
繊細な掌が、俺の頭に添えられていた。
「気にすること、ないよ」
そう言ってゆっくりと、優奈が俺の頭を撫でてくれた。
表情には、憂いの色が浮かんでいる。
「まだ、三日しか経ってないもん、仕方がないよ」
慈しむような声。
よしよしと、俺の頭を撫でてくれる手のひら。
さらり、さらり。
髪を梳く感覚が心地よくて。
優しくて。
気を抜くと、涙がこぼれそうになった。
「……ありがとう」
「ん、どういたしまし」
ぐうぅ〜。
「……ん?」
「あっ……」
俺を撫でていた手が離れる。
優奈がお腹を押さえて顔をリンゴみたいに赤くした。
「優奈……?」
「えっ、えっとね、これはね! 違うの、その、や、違うくはないけど!」
わたわた。
おろおろ。
前髪が忙しなく揺れる。
その慌てように俺は思わず吹き出してしまった。
「わ、笑わないでよ、もぅ〜」
「ははは、ごめんごめん」
優奈がぽかぽかと軽いパンチを繰り出してくる。
あ、そうだ。
俺は思いつきをそのまま口にした。
「優奈」
「ひゃいっ」
「ちょっと軽く食べに行かない?」
「えっ?」
ズレた赤眼鏡を整えていた優奈が目をまん丸くする。
「この前のお礼させて欲しいなって、迷惑じゃなければだけど」
「全然全然! 迷惑とかじゃないよ! でも……いいの?」
子犬が様子を伺うように尋ねてくる
「いや、むしろご馳走させてくれ。じゃないと、罪悪感で死ぬ」
「大袈裟だよー」
くすくすと口に手を当てて笑う優奈。
「食べれない物とかある?」
「なんでも食べる! でも、ピーマンはテンション上がらないかなぁ」
「あー、わかるかも。苦いもんな」
「良薬は口に苦しって言うから、ピーマンは食べ物じゃなくて薬だと思うんだ」
「だいぶ嫌いだなそれ。パスタとか好き?」
「パスタ!」
優奈の声が弾けた。
「パスタっ、好き! 特にカルボナーラ!」
きらきらと瞳を輝かせて迫る優奈。
突然のテンションアップにたじろぐ。
「カ、カルボナーラ、美味しいよな」
「うん、うん!」
赤べこだったら折れるんじゃないかと思うくらい優奈が勢いよく頷く。
「じゃあ、行こうか」
「うんっ」
立ち上がって、俺は優奈はパスタ屋さんに足を向けた。
……そういえばと、気づく。
恵美が死んで以来、初めて自然に笑えたかもしれない、と。
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