第12話 黒い心

 放課後。

 カラオケを断ったはいいものの、特に予定があるわけでもなく俺はそのまま家に。


 帰ることなく、街をぶらぶらした。


 特に理由はない。

 なんとなく、そういう気分になっただけだ。


 学校から家まで徒歩20分ほど。

 その間にある繁華街を歩く。


 歩き始めて10分くらいで後悔した。


 どこも恵美との思い出だらけだったから。


 恵美と学校帰りに寄ったクレープ屋さん。

 

 テスト終わりの打ち上げと称してワイワイ騒いだカラオケボックス。


 二人で寄りかかって眠ったベンチ。


 どこを歩いても、恵美との思い出が蘇る。


 ”いつも通り”に戻るのが私はいいと思うんだ。

 美鈴の言葉が反響する。

 

「……ああ、くそ」


 やっぱり無理だ、と思った。

 そう簡単には、戻れない。


 何ヶ月、何年、何十年。

 ひょっとしたら一生、この暗鬱とした気持ちは心の中に棲みついて、離れないかもしれない。


 そんな予感があった。


 繁華街にあふれる声が、妙にくっきりと耳に入ってくる。


「これからどこいく?」

「お腹すいたし、ご飯食べに行こっか。駅前にできた新しい居酒屋とかどう?」

「あ! そこ、私が行きたかったところ! うれしい〜ありがとう〜」


「お母さん見てみて! 今日先生と作ったの!」

「あらあら、綺麗なお花ねえ」


 どこを向いても、視界のどこかしらに幸せな光景が繰り広げられている。

 それらを目にするたびに、心のうちでドス黒い感情が煮えていることに気づいた。


 なんだこれ。

 なんなんだ、これ。


 自分がわかりやすく周囲の幸福を妬んでいることに気づき、余計に自己嫌悪に陥る。


 今まで表面に出ていなくて、内の部分に隠れていた黒い感情。

 俺は、こんなに嫌なやつだったのかと吐きそうになった。


 思考が捏ねくり回したイヤホンみたいにこんがらがる。

 重油でも纏わりついたように足が重くなる。


 気がつくと、スマホに手を伸びていた。


 ──しんどくなったら、いつでも話聞くから……遠慮なく言ってね?


 LIMEを起動したところで、気づく。


「そういえば、LIME知らなかったな……」

 

 不思議な感覚だった。

 あれだけのことがあって、優奈とは連絡先を交換していない。


「そうだ……アプリなら……」


 迷いのない動作で、俺はKOKORON-心音-を起動した。

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