第11話 回復して
翌日。
熱はすっかり下がっていた。
優奈の看病のおかげであることは言うまでもない。
「すっかり回復したようだな」
朝。
机に座ると、柚月(ゆづき)が無愛想な顔で立っていた。
「体調に関してはそこそこ! ……まあ、メンタルは察してくれ」
「そこまで空気の読めない俺ではない」
自分の席に座る柚月。
しばらく逡巡するような表情を見せた後、口を開く。
「それで、大丈夫か?」
「……ああ、まあ、なんとか」
視線を横に流す。
恵美の机の上に置かれた菊の花の花瓶が目に入る。
正直、まだまだ辛い。
心臓の奥がじゅくじゅくと痛む。
だけど、いつまでも引き摺るのはよくない。
多分恵美も、それは望んでない。
それはわかってる。
だけど、こればかりには当分どうにもなりそうになかった。
「ただちょっと、吹っ切れたような顔してるな?」
「俺が?」
「一昨日のお前に比べたら、な」
驚く。
なんだかんだ付き合いの長い友人は、俺の些細な変化にも気づいたらしい。
「……ちょっとは、吐き出せたから」
「そうか。それはなによりだ」
言って、柚月は「ふ」と笑った。
多分、俺じゃないと見逃してしまう笑み。
先日の事故を境にしても接し方の変わらない柚月には感謝している。
他のクラスメイトたちは、不慮の事故で恋人を亡くした俺との接し方がわからないのか、話してもぎこちなかったり、未だに遠巻きに見られたりしている。
「やっほー秀人、調子はどうー?」
いや、違うな。
もう一人いた。
俺の友人である篠田 美鈴(しのだ みすず)
金髪のロングヘアに耳にはピアス。
着崩した制服に腰にはカーディガンを巻いている。
いわゆるギャルというやつだ。
恵美の生前。
俺、恵美、柚月、美鈴の4人で連むことが多かった。
「調子はぼちぼち! 悪いな美鈴、心配かけて」
「いいってことよー、今は大変な時期だろうからさっ……何か私たちに出来ることがあったら言ってね!」
「私、たちって。俺まで巻き込まんでくれ、美鈴」
柚月がやれやれと額を抑える。
「なによう、柚月も秀人の友達でしょ? 友達なら力になってあげないと!」
「時と場合による」
「もー、相変わらず硬いなー! こういう時は、”ああ、わかった”でいいじゃんよー」
「できない約束はするものじゃないからな。まあ、それなりのことはする」
仏頂面で落ち着いている柚月と、人生をノリと勢いで生きてそうな美鈴。
一見凸凹なふたりは幼馴染。
いわゆる腐れ縁の言うやつらしい。
「ごめんな、ふたりとも」
思わず、謝罪を口にしていた。
柚月も美鈴も、恵美が死んでショックを受けているだろうに。
こうしてなんでもない風に、恵美がいた時の空気を作ってくれるのはシンプルにありがたい。
でも同時に、申し訳なくもあった。
「およ、何がー?」
「その、気を使わせちゃって」
美鈴がぱしんと俺の肩を軽く叩いた。
「そんなこと気にしなくていいじゃんよー」
珍しく真剣な色を表情に浮かばせて、美涼が言う。
「起きたことは仕方がないからさ、受け入れるしかないじゃんよ。私も悲しいし、柚月もあの日はご飯食べれられなくなるくらいショック受けたけど」
「おいこのタイミングでそれを言うか」
柚月が居心地悪そうに頬を掻く。
「とにかく、いつまでもくよくよしててもアレだからさ……たくさん泣いてたくさん苦しんだあとは、”いつも通り”に戻るのが私はいいと思うんだ」
にへへと、屈託なく笑う美鈴。
その目元には僅かにクマが残っている。
柚月が飯を食べられなくなったのと同じように、美鈴は……なんてことを、勝手に想像した。
美鈴の言うことは正しい。
ある一定の折り合いをつけたら、俺も前を向くべきなんだろう。
だけど。
まだまだ俺には、”いつも通りに”なるまでには時間がかかりそうだと思った。
「というわけで秀人、今日の放課後、カラオケでもどう?」
「カラオケか……」
そういえば最近、行ってないな。
悪くない放課後の使い方だと思った。
歌って忘れよう、ではないが。
ずーんとした気分を少しでも上げるには良いかもしれない。
──その時、教室にひとりの少女が入ってきた。
優奈だった。
視線を下気味に、いそいそと自分の席に着く。
誰も挨拶を投げかけないし、彼女自身も誰とも会話をしない。
まるで空気だと思った。
その時、始業を知らせるチャイムが鳴った。
「……悪い、カラオケ、今日はやめとくわ」
自然とそう返していた。
「ありゃ、そっかそっか……」
ちょっぴり。
いや、美鈴はかなり残念そうな表情をした。
でもそれは一瞬で、けろりとテンションを戻して言う。
「じゃー、行きたくなったら行こうねカラオケ!」
「ああ、またきっと」
自分の席に戻っていく美鈴の後ろ姿を見送って、一息つく。
その時、ふと視線を感じて振り向く。
優奈がこちらを見ていて。
視線が数瞬だけ、交差したような気がした。
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