第7話 看病しにきました

「お、音羽さん……?」


 音羽さんの突然のお宅訪問に眠気がブラジルあたりまで飛んでいった。

 

「何……しにきたの?」


 途切れ途切れの声で訊くと、音羽さんは一瞬視線を彷徨わせてから、


「看病、的な?」

 

 がさりと、何やらぎっしり入ったコンビニ袋の掲げて見せた。


 色々とツッコミどころはあるんだけど、とりあえずなんで家知ってるの。

 と、尋ねる前に音羽さんが慌てたように言う。

 

「あ、ごめんねっ、立ってたらしんどいでしょ? とりあえず、お布団戻ろ」

「え、あ、うん……」

 

 思考が追いつかぬままベッドへの送還を要請された。


 回れ右。

 その時、ふらりと意識が遠のく。


 重心が後ろにズレて──。


「危ない!」


 ガサガサッとコンビニ袋が音を立てる。

 音羽さんが抱き締めるように俺の両脇を抱えた。


 ごめん……ぼーっとして。


「ふー、危ない……大丈夫? 怪我はない?」


 頭に浮かんだ謝罪を口にする前に労るように尋ねられ、申し訳なさが倍増する。


「だいじょう……ぶ」

「じゃないね、うん。肩貸してあげるから、一緒ベッド行こ?」


 言われるがまま、音羽さんの肩に体重を預ける。

 なんとも言えない安心感。


 まるで負傷兵の気分だった。

 

「音羽さん、なんで……看病?」


 ベッドに戻って尋ねると、音羽さんはきょとんした。

 

「なんでって……秀人くん、風邪ひいて休んだって聞いたから、今頃しんどい思いしているだろうなって……昨日の事もあったし、心配になったの」


 優しいが過ぎないか?

 下心も疚しさも感じられない純の優しさに、感謝の念と申し訳なさが同時発生する。

 

「なんか、ごめん……心配させちゃって」

「ううん、気にしないで。はい、スポドリ」

「ありがとう、神様」

「大袈裟」


 くすくすと、音羽さんが口に手を当てて笑う。


 スポドリを流し込むと、身体が久々の塩分に歓喜した。

 飲んだだけで、0.1ポイントくらい体調が良くなったような気がする。


「ありがとう、音羽さん」

「優奈でいいよ。私も、秀人くんって呼んでるし」

「ああ、わかった……ありがとう、優奈」

「どういたしまして、秀人くん」


 にっこりと笑顔を浮かべる音羽さん、改め優奈。

 女の子と笑顔と、女子を下の名前を呼ぶことにドギマギするような耐性無しじゃなくて本当によかった。


「熱はどう?」

「んー……体感だけど、朝よりは下がった、かな?」

「食欲は?」

「旺盛ではないけど……朝から何も食べてないから、空きっ腹ではある」

「うんうん、じゃあとりあえず、熱測っておこっか」


 優奈はどこからか見つけ出した体温計を俺に手渡した。

 

 ピピッ、ピピッ。


「38.0……高いね」

「0.5度下がった」

「ゆっくり休んで、あと1.5度下げよ。それじゃ、準備してくるね」

「準備?」

「夜ご飯、作ろうと思って。お粥なら食べられる?」

「ちょっと待って、ちょっと待って」

「あ……もしかしてお粥アレルギー?」

「いや、ピンポイントすぎるでしょ……何というかちょっと、至れり尽くせりされ過ぎて、申し訳ないというか」

「私のことは気にしないで、やりたくてやっているだけだから」


 そんな、聖人みたいな……いや。

 たまに、いる。


 見返りを求めず、ただただ純粋優(じゅんすいゆう)のみ行動原理として動く人が。


 ただ、だからと言って「じゃあ全部お願いします」といくわけにはいかない。


「米くらいは、自分で研げるから」

「あ、ちょっと」


 起きあがろうとして、秒で後悔した。

 どうやら熱で本格的に頭が回っていなかったらしい。

 

 普通に立ちくらみを起こして、バランスを崩す。


「わ、わ」


 優奈が慌てて俺を抱きとめてくれた。

 甘ったるい匂い。


「……大人しく、しててね?」

「……はい」


 にっこりと、子供に言うことを聞かせる母のような笑顔を向けられて、俺は大人しく布団をかぶるのだった。

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