第6話 体調不良と、訪問


 ピピッ、ピピッ。


「……マジか」


 体温計に表示された”38.5”という数字を見て絶望を口にする。


 頭が重い。

 身体が熱い。

 

 ものの見事に体調を崩してしまったようだ。


「水……」


 食欲はない。

 でも、水分は補給しなければ。

 泥のように重い身体を起こす。


 俺が暮らすアパートの間取りは1LDK。

 一人暮らしにしては広めの間取りで快適。

 しかし、体調不良の今においては台所までの距離が恨めしい。


 冷蔵庫を重たい扉を開け、スポドリ的なものがないかと探す。

 飲みかけの『神の水だより』しかなかった。ガッテム。


 今は水じゃなくてなくてスポドリだよりをしたいが致し方がない。

 こういう時、もしもの備えを怠る自分の性格を恨めしく思った。


 とりあえず飲めるだけ給水してから、ベッドへ足を向ける。

 途中、何かに躓いてずっこけた。

 

 身体が痛い。


「片付けも……しないと……」


 ──ほらぁ、私の言った通り片付けしないから〜。


 頭の中で声がリピートして、心まで痛くなった。

 何をやってるんだ、本当に。


 ベッドに潜り込む。

 学校に風邪で休む旨を連絡し、天井を向いた。


「身体と精神って、繋がってるんだな……」


 3年付き合った彼女、恵美との死別。

 そのショックに蓋をして、無理をした結果がこれだ。


 むしろこのくらいで済んだのは昨日、音羽さんが吐き出させてくれたからだろう。

 と、そこで図書準備室での一幕を思い出し、肺がむず痒くなった。


 同級の女子に抱き付いてギャン泣きって……ああううあああぁぁぁ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 余計に熱が上がった気がする。


 誰もいないのに、思わず布団を被った。


「改めてお礼、しないとな……」


 本当に、音羽さんのおかげで助かった。

 何かしらの形でお返ししないと。


 ふと昨日の、音羽さんの別れ際の言葉を思い起こす。


『しんどくなったら、いつでも話聞くから……遠慮なく言ってね?』


 その言葉に、これからも甘えそうになる。

 だけど、甘えっぱなしはダメだと思った。


 それは、恵美に対する罪悪感。

 しかし一方でボロボロになったメンタルをどうにかしなければという気持ちもあった。

 

 自分の性格的に、このまま闇堕ちして廃人のようになってしまう可能性も否定できない。

 誇張ではなく、気を抜くと本当にそうなってしまう予感があった。


 それくらい、恵美がいなくなった喪失感は果てしないものだった。

 胸にぽっかりと穴が空いたどころの話じゃない。


 胸そのものが無くなってしまったような虚無感。

 自分が今、生きているのか死んでいるのかすら曖昧になるような感覚。


 ああ、そうかと、今更ながら実感してしまう。

 俺は恵美を、心の底から好きだったんだなと。


 じゃないと、こんな……こんなにも……。


「……恵美」


 呟くと、脳裏に色々な記憶が蘇ってしまった。


 当時は楽しくてキラキラと輝いていた思い出が。

 今となっては灰色となった光景が。


「……っ」

 

 布団を頭まで被った。

 声を押し殺して泣いた。


 体調不良も相まって、精神状態は最悪中の最悪だった。

 人は何か辛い時があった時、アドバイスとして「時間が解決してくれるよ」とかけられることが多い。


 嘘なんじゃないだろうか?


 人生で味わったことのない、この強烈な悲壮感は、焦燥感は、寂寥感は。

 この先もずっと自分を呪いのように雁字搦(がんじがら)めにし続けるのではないだろうか?


 そう考えると恐怖でしかない。

 自分を保てる気がしない。

 

「こんなに……静かだったっけ」


 嗚咽と自重が混じった声で呟く。

 一人暮らしの1LDKは、やっぱり俺には広過ぎたのかもしれない。


 寂しい。

 誰かにそばにいて欲しいと、思った。

 


◇◇◇



 ……──ポーン。 ピン、ポーン。


 いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 

 聴き慣れたインターホンの音で瞼を持ち上げる。

 宅配だろうか?


 真っ先に浮かんだ可能性を否定する。

 特に何かを頼んだ記憶はない。


 誰だろう?


 起き上がる。

 未だに熱い身体に鞭打って玄関へ。


 ぼーっとした頭のまま、よく確認せずドアを開けると、


「なっ……」

「こんにちは、秀人くん。大丈夫じゃ……無いですよね」


 制服姿の音羽さんが、立っていた。


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